セルカと指輪と伝染する悪夢⑦
……状況を整理しよう。
ここは初級迷宮『リムルの社』。
右斜め前方にいるのは、アルマース。「検証班」の困り顔担当。
左斜め前方にいるのは、リシア。「検証班」のドヤ顔担当。
足元には見たこともないピンクの毛玉。
足元の毛玉はピクリとも動かない。
……とりあえず、手元のブレイカー(モンスター処理ボール)を毛玉に落としてみる。
毛玉は光の粒となって消えていった。
……ひとまず、ここから分かることは二つ。
一つ、毛玉らしきものはモンスターだった。
二つ、壁に衝突して墜落した時点で、毛玉は瀕死or死亡していた。
以上の二点だ。
……まあ、整理してみたところで意味なんてわかんないんですけどね!
あんな見た目のモンスター見たこともないし、あんなに弱っちいモンスターも見たことないんですけど!?
壁にぶつかって即死ってどういうことなの……?
微妙に弛緩した空気が流れる。呆然とその場に立ち尽くす僕たち「検証班」。
ある意味、当然といえば当然なんだけど、一番早く復帰したのはリシアだった。
「ふ、ふふっ。た、確かに新種だったでしょ!」
らしくもなく、おもいっきり目が泳いでいる。
「その新種、あっけなく自滅してるやんか……」
「壁に当たった時も、『ドンッ』っていうより『ぽてっ』って感じだったよね……」
二人の視線は冷たい。依然、目を合わせられないリシア。
『(じぃー)……』
降りかかる無言の圧力。数秒の攻防の末、耐えきれなくなったリシアがごまかすように口を開く。
「……と、ともかく新種は新種よ!見たこともない奴だったでしょ!……流石にこんなに弱いとは思わなかったけど……」
「確かに新種だろうさ!あそこまで貧弱なモンスターなんて、見たことも聞いたこともないわ!!」
「そうだよリシア。いきなりすごい真剣に隠れ出すし、他の迷宮から強いモンスターでも迷い込んだのかと思ったじゃないか!」
アルのいう通り、ごく稀に他の迷宮からモンスターが紛れ込むことはある。僕もリシアが新種だなんて言い出す前はそのパターンだと思っていた。
「だって、なんだかビビッときたんだもん。こう、意識が強制的に惹きつけられる……みたいな?」
『……意味わからん(わ)!』
……数分後。少し冷静になった僕たち三人は、冷えた頭で、今は亡き毛玉(仮)について考えていた。
「普通に考えて、あんなモンスターが今まで発見されなかったのはおかしい」
「そうだよね、とーーーっても弱かったし」
「弱くて悪かったわねっ」
「……そう、あの毛玉は弱かった。弱すぎると言ってもいい」
「何よっ!二人して私をいじめたいのっ?」
「……話は最後まで聞いてくれ。自分が言いたいのは、あの毛玉があそこまで弱かったのにも理由があるんじゃないかってことだよ」
「理由?」
「そう、理由。だっておかしいとは思わないかい?とんでもなく貧弱なモンスターにリシアの勘が過剰に反応したこともそうだし、第一、壁にぶつかっただけで死ぬようなモンスターが今まで発見されなかった、それだけでもあり得ないことだよ」
「たしかにそうね……」
「で、そうなると考えられる可能性は二つ。元々とてつもなく弱かったか、何らかの事情で弱っていたか、だ」
「事情ってどんなことよ?」
「例えば、リシアが発見する前に他の冒険者たちと戦闘、手負いの状態で自分たちの前に現れた。とかね」
「でも、普通あそこまで弱らせといて見逃すってのはありえないわよね……?」
「自分もそう思う。ま、自分たち以外にあれを目撃した人がいたらすぐ話題になるだろうし、もしそうならすぐにわかるだろうね。モンスターには自己修復能力もあるし、その他の要因もちょっと考えづらい」
「ってことは、もう一つの方が正解ってことかしら?」
「まだ断定はできないけどね」
「(ハッ!こ、これは割り込みチャンス!
さっきまで全く会話に入れてなかったけど、それも、これで終わりだっ!)
アルマース君よ、さっき『弱いのにも理由がある』とかなんとかドヤ顔で語ってましたよね?言ってましたよねぇ?自分の言ったことをさらっと撤回するなんて、底の浅さが知れ――」
「……あれっ、なんか落ちてるわよ?」
「あっ本当だ。これは……指輪?かな……?」
「……」
毛玉が溶けた場所の足元にかがんで、何かを拾う二人。
……悲しい。ええ、完全にスルーされましたよ。二人ともなにちゃっかり『この話題は終わった』感を出してるんですかっ!やっと回ってきた発言の機会だったというのに!!
……ポジティブに考えよう。
そ、そうさ。リシアに絡まれて、無駄に精神にダメージを負わずに済んだ。そう考えよう。リシアに絡まれることに比べたら、ちょっと発言がスルーされるくらいどうってことないさ!!
二人から背を向けて仁王立ちになってみる。……まだ、背中が煤けている気がする。
そうだ!ちょっと声を出して笑ってみよう。笑うことは最高の気分転換だって、偉い人も言ってたし。
では、試しに――
「あ、あははー」
……だめだ。なんか虚しさが加速してしまった。何やってるんだ感がハンパない。もっと偉そうな感じで……。
「うぉっほっほっほっほ」
何故か年齢が上がってしまった。ちょっと老け込んだ気分。なんだかハゲてきそうなので却下。
次は――
「……なんかこの指輪、かなり禍々しいよね……」
「んーそうみたいね――って、こ、これはっ!!」
「リシア、この指輪を知ってるのかい?」
「いいえ、知らないわよ?」
「知らないのかよ!?その割には、すごい思わせぶりな反応だったけど……」
「いや、この指輪の装飾を見た瞬間、頭の中にビビっときたのよ。そうね……毛玉の時に感じたものと近いわ」
「マジっすか……」
「ええ、マジね。この指輪、なにかあるわよ」
「新種からドロップしたのは間違いないだろうし、この指輪も初出ってことになるんだろうね。……虚弱体質になる呪いとかかかってないといいけど」
「セルカを実験台にすれば万事解決ねっ」
聞こえない。僕には何も聞こえないよっ!そう、僕はポジティブの化身。いつでもどこでもポジティブに生きる男さっ!!
だから……、だから、リシアがわざわざこっちに回り込んできて、満面の笑みで指輪を差し出してきてても、僕にはなんのことだかさっぱりわからないんだからねっ!
「だめだよリシア。その指輪は持って帰って専門家に鑑定してもらわないと」
「え~つまんなぁい~」
た、助かった~。アル、やっぱり君は僕の味方だったんだね!降臨した救世主の方へ振り返る。
……ん?口パクで何か言ってる?なになに……
「あ・さ・の・お・れ・い・だ」
いい終えてから口の端をつり上げて笑う僕の救世主。
どういうこと?何も礼を言われるようなことをした覚えはないんだけど……そして、その笑顔を見ていると何故か悪寒を感じるのですが。
僕の頭の中を疑問符が埋め尽くす。そして、ニヤけ面を顔に貼り付けたまま、今度は声に出してアルが話し出す。
「そう言わないで。それにほら、どうせセルカに着けさせるんだったら、帰ってからにした方がセルカの反応をじっくり楽しめるでしょ?」
「!!なるほど、アルは天才ねっ!」
「あ、アルー!!き、貴様、なんてことを言ってくれてるんだ!!」
こ、このままでは生贄に捧げられてしまう!!それだけはなんとか回避しないと……
「よしっ、そうと決まればさっさと依頼終えちゃいましょ」
「そうしようか。あの毛玉の謎も、結晶調べてもらうまでは何とも言えないしね」
意気揚々と迷宮の奥へと進んでいく二人。
「い、いや、まだあの指輪が危ないものだと決まったわけじゃない。ちょっと見た目がお茶目なだけかもしれないし!」
少し大きめの独り言を呟きながらその後をついていく虹色の男。
迷宮からすればオーバースペックな三人の冒険者。彼らはさらにペースを上げて迷宮の攻略を進めた。
……『早く帰って昼寝でもしたい』そんな男の願いは、男の思い描いていたものとはちょっと違う形で叶えられることになる。