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我らたいあたり検証班  作者: あおいしろくま
セルカと指輪と伝染する悪夢
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セルカと指輪と伝染する悪夢⑥

 ……約二〇分後。


 僕たち「検証班」は、ぎゅうぎゅうに身を寄せ合って、茂みの影に身を潜めていた。。


 あっ、第一章完結って書いてあった?……無理ですよ無理。あんな順調に行くわけないじゃないですか……。

 どうせあんなの夢のまた夢ですよ……。


 ちくしょうっ!!どうしてこうなったあぁぁぁぁーー!!


                         



 時をさかのぼること約七分。


 それに最初に気づいたのはリシアだった。


 「っ!!止まって」


 小さく、しかし鋭い声を上げるリシア。

 明らかにこれまでと違う声色に、僕ら二人はすぐに静止し、周囲への警戒レベルを最大に引き上げる。いつも、ここよりはるかに危険度の高い未踏破迷宮に潜っている僕らにとっては、体に染み付いた自然な動き。しかし、その動きがこの『リルム』で行われることには違和感があった。

 本来、僕らにとって『リルム』のモンスターははっきり言って弱い。不意打ちを食らっても素手で楽々返り討ちにできるくらいには。

 正直、今日、リシアのこんなに真剣な声を聞くことはないと思っていた。


 おかしなことは他にもある。


 このチームの中で最も索敵能力が高いのは(一応)スカウト系のクラスであるリシアだ。

 だから、リシアが最初にモンスターを察知したことは不自然なわけじゃない。

 だけど、僕らが確認したリシアの視線の先には何もいなかった(・・・・・・・)


 僕らの前にあるのはいわゆる丁字路。その真ん中の道と言えばいいのだろうか、直進すればちょうど突きあたりで左右に分かれる位置取りだ。

 石畳で舗装された道の左右は生垣で仕切られ、所々植物が道にせり出して死角を作り出している以外に、モンスターが隠れられるような場所は無い。

 

 本来、索敵能力というのは隠れている敵に気づく能力みたいなもので、全く見えないモンスターの存在を感じるみたいなものではないらしい。

 さらに言えば、リシアのクラスはあくまでスカウト「系」、その索敵能力は本職には及ばない。

 にも関わらず、リシアは姿の見えない何かがいると感じた。これはかなり奇妙なことだ。


 ……思えば、この時気づくべきだったのかもしれない。僕が抱いていた、ぬるい未来予想なんてものは完全に幻想であったことを。

 これから、昼寝どころか夜もまともに眠れないような事態に巻き込まれてしまうことを……。



 すぐさま、リシアは鞄から一枚の紙を取り出し、僕ら二人に向かって目配せする。

 !!それに気づいた僕らは、三人で右前方にある茂みに移動する。

 敵がどんな探知手段を持っているか分からないので慎重に。かつ、できるだけ素早く。

 リシアが持っていたのは、お手製の隠れ身の符。本人の隠蔽魔法と共に用いることで、隠蔽をより強固にすることができるという代物だ。……その代わり、使い捨てで準備にもそこそこ手間がかかるけど。あれはそんなにホイホイと使えるようなものじゃあない。それを出したってことは、リシアが「本気で隠れる必要がある」と判断したことにほかならない。

 

 僕らが潜伏することになった茂みは思いのほか小さかった。全員が死角に入るようにできるだけくっついて身を隠す。

 そこへ、リシアが符に描かれた魔法陣を媒介し魔法を発動する。

 その顔にはわずかな焦りの色が窺える。もしかしたら、敵の接近を感じているのかもしれない。 

 魔法の発動は隠しきれないほどのマナの乱れを引き起こす……らしい。人間には全く分からないけど、モンスターの中にはそういうマナの流れに敏感なものもいるらしく、上位のモンスターの中には、「見えない聞けない臭わない」中でも、マナを使った瞬間居場所が割れて襲ってくるなんて奴もいる。

 もし、敵がそんな感知手段を持っていた場合、魔法を使えばむしろ居場所を教えるはめになりかねない。もちろん敵が近づいていれば発見される可能性も跳ね上がってしまうだろう。

 そして、どんなに焦っても魔法完成までにかかる時間は変わらない。


 敵の姿は見えない。でも、道の向こうを確認することもできない。

 今この瞬間にも、リシアを本気にさせたモンスターが数歩先まで迫っているかもしれない。それでも、身じろぎ一つせずこの場で潜伏し続ける。

 

 嫌な汗のにじむ数秒間。

 緊張が最大に達したとき、リシアの魔法が発動した。

 

 周囲の湿度が上がったような感覚とともに、見えない靄のようなものが辺りに薄く広がってゆく。ひとまず、無事に魔法が発動したことに少しだけ安堵する。

 同時に感じるまとわりつくような不快感。この「なんとなく嫌な感じ」をもたらし注意をそらすというのがリシアの持つ隠蔽魔法の効果だった。

 この魔法には視界に入ったものを見失わせるような劇的な効果はない。そのうえ、自分も影響下に入ってしまうという欠点がある。しかし、一度発動してしまえば、維持し続けなくてもしばらくの間効果が持続するという利点もある。まだ接敵していないこの状況で使用するには十分だ。


 魔法を発動し終えても、依然として茂みに潜み続ける三人。一番道に近い場所にいるリシアが息を潜めつつ、丁字路の方を窺う。


 

 そのまま、約一分が経過。



 ……どうやら、敵はまだ姿を表していないらしい。まだリシアが警戒を解いていないということは、ここから遠ざかっているというわけではないんだろう。どんだけ遠い所にいるやつに気づいたんだよ……リシア……。

 と、不意に、丁字路を窺うリシアの顔がこわばり、目が大きく見開かれる。残る二人の間にも緊張が走る。

 

 ついに姿を現したんだ……奴が。リシアがこんなに警戒してるんだ、この迷宮でよく知られているようなモンスターであるはずがない。

 鬼系か、粘液系か、それとも場所的に上位の植物系か。どれにせよ生半可なやつじゃあないだろう。

 見たい!という欲望をこらえて、じっと息をひそめる。


 それからどれくらいの時間がたっただろうか。

 リシアが通路へと体を出した。続いてアル、僕と茂みから出る。


 「……新種、あれは新種だったわ!!」


 小声でリシアがまくし立てる。その声は興奮を隠せないでいた。


 『新種~~?』


 ……しかし、僕らのテンションはそんなに上がってはいなかった。

 このチームの頭脳兼ツッコミのアルが冷ややかな眼差しで告げる。


 「……いやいや、見間違いじゃないのかい?新種なんて……」


 新種――読んで字のごとく、新しい種。今まで発見されてこなかった生き物のこと。冒険者たちの間で新種と言えばモンスターの事を指す場合がほとんどだけど。


 そして、踏破済みの迷宮で、新種のモンスターが発見されることはほとんどない。

 当然といえば当然だ。

 いくら冒険者が危険な職業だといっても、いきなり未知の敵と戦えなんて無茶を言われたりはしない。その迷宮の地形、生息モンスター、気候。それらを入念に下調べをしてから、迷宮に赴く。……ごく一部の例外は存在するけど。

 本来、その下調べに穴があることは許されないのだ。それこそ、重箱の隅をつつくかのように隅々まで調べ尽くされて初めて、迷宮の踏破は宣言される。そこから得られた、情報という一本の松明を頼りに冒険者たちは迷宮へ潜るのだ。それだけ「踏破済み」の看板は重い。 

 見間違いの類がないことも大きい。本当に新種のモンスターかどうかは、見るべき人がそのモンスターの結晶を見ればすぐに分かる。そもそも間違えようがないのだ。

 ましてや、初級者が多く人の出入りも激しい『リルムの社』で新種発見なんて、下手をすればここ百年無かったことかもしれない。

 「踏破済みの初級迷宮で新種」なんてことは、それこそ都市伝説みたいなものなのだ。


 そんな中でのリシアの発言。

 反応が冷たくなってしまうのも仕方がない。


 「信じられないなら見てみればいいじゃない」


 『???』


 「たぶん、あの遅さならまだそこの通路にいるはずよ!」


 そう言って、てくてくと丁字路の方へ歩き出すリシア。


 ……いやいやいや、さっきまでめっちゃ警戒してたじゃないっすか!なんでそんな軽い感じで歩いて行ってるんですか!

 内心で激しくツッコミつつも忍び足でその後を追う。


 僕らの十歩ほど前を歩いていたリシアは、丁字路の曲がり角で止まり、こちらに向かって手招きをする。

 思わず、隣のアルと顔を見合わせる。アルの顔には「また面倒くさそうなことになった」と、でかでかと書いてあった。すごい嫌そうだ。……きっと、僕も同じ顔をしているのだろうけれど。


 丁字路にたどり着いた嫌そうな顔をした男二人も、丁字路から顔を出して、通路の先を覗き込む。



 そこには、ピンク色の毛玉がふらふらと浮いていた。

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。空中をあてどなく漂う毛玉。

 

 毛玉はそのまま横の壁に衝突して……地面に落ちた。

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