セルカと指輪と伝染する悪夢④
「いやーあれは凄かったわね」
「まさか二段オチだったとは恐れ入ったよ……」
迷宮でさえない街中でチームの三分の二が行動不能に陥るという驚愕の事態から二人が回復して数分後。
「にしても何があったらあんな写真撮られるんだよ、セルカ……?」
「何があったのかさっさと吐いちゃいなよ、ユー♪」
「……」
何故か、その原因となった写真の批評(の皮を被った僕へのイジリータイム)が行われていた。
いや、ちょっと待って欲しい。まあ、ジト目さんの機嫌を損ねてしまったせいで、やばい写真を貼り付けられてしまったのはいいとしよう。元はといえば僕が依頼忘れてのが悪いんだし(それでも、若干納得してないところもあるけど)。でも、意気揚々と集合場所に来てみれば、突然二人ともお腹をよじって倒れるわ、背中に爆弾(詩的表現)をくくりつけられていたことが発覚するわ、それをネタにいじられるわで大変だったんですよ!主に僕への精神的ダメージが!
っていうかよく考えたら、僕、この危険物ぶら下げながらここまで歩いてきたんだよな……。あのとき、結構上機嫌だったし、スキップぐらいしてたかも……。(※スキップどころか鼻歌まで歌ってました。)
早朝からスキップしながら全身を虹色でコーディネートした男。背中には二枚の自画像(廃液まみれ+投獄中)付き。
ヤバイ、確実にヤバイ。うん、ここまで来たら忘れよう。というか脳の奥底に封印しよう。見てない見てない見ていない。僕はなんにも見ていない。記憶にございません。全て役人さんがやりました。
……よし、記憶消去完了。
今日の朝?HAHAHA何を言ってるんだい?小鳥のさえずりと、かぐわしい小麦の香りに起こされて、紫色のスープと鉄錆色の雑穀パンを食べたに決まっているじゃないか!
……どうやら忘れることはできないらしい。
とにかく、朝から精神に致命傷を負わされた僕をいじるために、わざわざ足を止めて駄弁ってるワケですよ、このチームメイトたちは。
誤解なきように言っておくけど、僕が到着した時点で、もう既に迷宮に潜る準備は完了している。ついでに言うなら、ここは『リルム』につながる転移陣――の三歩前。あと三歩だよ!三歩!あと三歩前に進めば転移可能、お仕事かいしーってなって、完全に消去できないまでも、傷跡から目を逸らすことくらいはできる(はずだ)というのに……!
そうはいってもこの二人……というか特にリシア、目が輝いてます。完全にイジリ倒す気満々です。手負いのエサの身ではこの獰猛な肉食獣から逃げ切ることはできないことは明白。
要するに、詰んでいた。
はあ……。
……結局、たっぷり十分間にも及ぶ追求の末、洗いざらい吐いてしまった。なんか途中から二人の視線が妙に生温かったような気がするけど……、多分気のせいだよね?とりあえず、集合してから二十分少々。やっと、僕らは『リルム』へ向かう転移陣を起動させた。
転移魔法。一応基礎魔法に分類されているこの魔法は、一般に僕たちが使っている、火、風、水、土の属性魔法とは違うところがいくつか存在する。
中でも最大の相違点とされているのが「適性が存在しない」という点だ。
生きとし生けるもの全てが持っている「ステータス」。その中に「属性値」という項目がある。個人差+クラス補正+成長分で決まるらしいその数値の大小によって、その属性の魔法が手に馴染んだり、覚えやすくなったりする。そして、その「属性値」の項目に「基礎魔法」もしくは「基礎」の文字は無い。
「誰にでも使える」それが基礎魔法の利点なのだ。といってもモンスターが転移魔法使うところを見たことがあるわけじゃないし、本当の意味で”誰でも”使えるのかはわかんないけどね。
っていうか、そもそも僕らが転移魔法を使うときも、周囲のマナ+魔法陣、の補助なしじゃ発動さえできいわけで……。まったくどこが基礎魔法なのか教えて欲しい。
まあそんなことは置いといて、少しだけマナを吸われる感覚とともに転移魔法は起動する。マナを吸収し、淡く発光する魔法陣。対照的に、マナを吸われた周囲は暗転してゆく。
そして、完全に周囲を知覚できなくなった時、転移魔法は完成する。
目を開けたとき、僕らが立っていたのは淡く光る透明な通路だった。
通路の外側はありえないほど高密度のマナで満たされている。この空間に太陽は存在していないのか、圧縮されたマナが放つ仄かな明かりだけが唯一の光源となっている。
光の届かない深海を渡る通路。誰かが「マナの海をたゆたう回廊」なんて表現したらしいが、その表現がしっくりくる。「回廊庭園」という通り名も、転移の際に現れるこの回廊がもとになっているそうだ。
『……』
全員無言で回廊を歩いていく。何か喋ってはいけないという決まりがあるわけじゃない。それでも毎回ただただ無言で歩いていく。なんていうか、ここでは、静謐な空気それ自体が重みを持ってここに存在している。そんな気がする。体じゃなくて心にかかる重みを感じながら前へと進む。先人たちの言葉を借りるなら「禊」みたいなものなのかもしれない、聞いてみたことがあるわけじゃないけど、たぶん他の冒険者たちも同じ。きっと僕たち冒険者にとって必要な儀式なんだと思う。
いつの間にか、無限に続くかのように思われた禊の時間も終わりが近づいていた。一歩一歩足を進めるごとに、感じていた重みが消えてゆく。ちょうどそれは海中から水面に浮上する感覚に似ていて。胸に吸い込む空気が変化する感覚とともに僕らは目的地に辿り着いた。
そこに広がっていたのは目に痛いほどの緑。ここが緑の氾濫する迷宮『リルムの社』。本日の僕たち「検証班」の仕事場だ。
僕たちが立っているのは、迷宮側の転移陣の上。このままだと、後からやって来る人たちの迷惑になってしまうので、目の前にあるアーチ状の門の所まで前進する。
転移陣があるのは、大体三十人を収容できそうな部屋。通称「転移部屋」。実はここ、既に迷宮の中である。迷宮本来の入り口は別にあるのだが、既にそこを通行する人影は絶えて久しい。長らく利用されなかった本来の入り口は溢れ出る緑の侵攻に屈し、その威容は見る影もない。
もちろん、それでも困らないからこそ現状が維持されているわけなんだけど……、ごく稀に、本当にごくごく稀に、その仕様ゆえの不都合が発生することもある。
……例えば、こんなふうに。
僕の目の前、つまり実質的なこの迷宮の入り口に、三匹の獣がたたずんでいた。
……まじで稀なハズなんだけどなあ。転移直後の遭遇……。
武器を構える間もなく、三匹のキツネ型モンスターがこちらに向かって突進してくる。
前二匹、後に一匹とフォーメーション的なものを組んでいる。前の二匹のうち、向かって右の方のキツネだけ目が赤い。おそらくリーダーなのだろう。
リーダーが先陣切って突っ込んでくるとは、キツネのくせになかなか骨のあるやつだ。その気概に免じて、僕たちが本当のチームワークってやつをみせてやろうじゃないか!
目配せなんかをするまでもない。僕たちの心は一つだ。僕たちは呼吸を合わせて、向かってくる三匹のうち……最も貧弱そうな後ろの一匹に飛びかかった!
前の二匹は交錯する一瞬、僕たちの姿を見失う。その隙に、いつの間にか全員が手に握っていた鈍色の球体で後ろの一匹を殴る。三人で囲んで殴る。前の二匹が振り返る頃には、タコ殴りにあった一匹はマナの粒となって空中に溶け、その場には目を怪しく光らせた三人の悪魔が笑っていた。
約一分後。
繰り広げられる一方的な殴打の嵐。その後に残っていたのは、苔むした石畳に転がる三つの球体だけだった。