セルカと勇者と花の迷宮⑥
『はあ!?』
部屋の中に二人分の叫び声が響く。
「……どういうことですか。」
「いや、その『他称勇者』フローリアで見つけたんだろ?だったらまたそこに行きたいとか言い出すかも知んねえじゃねえか。今、フローリアに行けるのはお前らだけだろうが。それにな」
「わかってるじゃないマスター!私たちに任せてもらえば万事オッケーよ!……さあ、これからどうしてくれようかしら」
「……約一人はオッケーらしいぞ」
そこには、早くも目を輝かせて今後の計画を立てている我らが姫が1人。それを見た僕ら二人は揃って肩を落とす。
「扱いはお前らに一任する。何か困ったことがあったら、そこの無愛想な受付嬢を通して俺を呼びつけてくれて構わない。あと、一応言っておくが――くれぐれも粗相がないようにな」
『……』
僕たちは不承不承、約一名は嬉々としてマスターの言葉に頷く。
「うむうむ。お前らならそう言ってくれると信じてたぞ。じゃ、行くぞ」
マスターはしたり顔で席から立ち上がる。
「行くってどこにですか?」
「ん、なもん決まってんだろ。その『他称勇者』のとこにだよ」
というわけで、マスターに連れられてやってきた同じ建物内の一室。
何故か先頭に立っている僕は、さっきの部屋より少しだけ豪奢な気がする取っ手をできるだけ丁重にゆっくりと引く。
やはり高価なつくりなのだろう。扉は音も立てずに開いた。
その先には――
「――ああ、絶対にバレてたよ……あの無表情な人にも気付かれてたっぽいし、さっきの男の人はすごく威圧感があって怖いし。せっかくみんなを撒いてこの街まで来たのに、すぐバレてちゃ意味ないじゃないか……。もしかして剣に使ってた隠蔽のスキルが見破られたのかも。スキルを使っても剣一本隠せないなんてやっぱり才能ないのかな……。そうだよ、どうせ元々僕には勇者なんて無理なんだよ。この前も――」
頭を抱えてぶつぶつと独り言をつぶやくアブナイ『他称勇者』の姿があった。
僕はやはり音を立てずにそっと扉を閉める。
見てはいけないものを見てしまった……。そうだ、うん。僕は何も見てない。見てないったら見てな――
「もう、何戻ってきてんのよ(ガチャ)」
あっ、ちょ――
「だいたい、ミーナとネリアがあんなことをしてくるのは僕が勇者だからでーーえ?」
開いた扉越しで顔を見合わせる僕たちと他称勇者。その時、確かに時が止まった。向かい合ったまま凍りつく僕らと他称勇者。
一番最初に動き出したのは、やはりと言うべきかリシアだった。
「あなた」
「……」
「あなたよあなた。私の顔もう忘れたの?さっき迷宮で会った冒険者よ」
「あ、ああ」
「私はリシアよ。あなたは?」
「ぼ、僕ですか?」
「そう、あなた」
「僕の名前はハルトですけど……」
他称勇者はそこまで言って、ハッと自分の口を手で塞ぐ。隣を見ると、ジト目さんのジト目がより冷たくなっていた。多分あれが勇者の本名なんだろう。にしても迂闊な勇者だ。僕でもあんなことはしないよ。……多分。
「ハルトね、わかったわ」
「…………何も聞かないんですか?」
「聞かないわよ?……それとも何か聞いてほしいことでもあるのかしら?」
「!!いえ、ないです!全然、まったく」
「ならいいわ。で、ハルト。あなたに話さなければいけないことがあるの」
リシアの言葉を聞いた勇者の顔がこわばる。その顔は誰が見てもわかるほどに緊張していた。
……というかこんなにわかりやすくて大丈夫なんだろうか?
「立ち入り禁止の迷宮への不法侵入の件なんだけれど、お咎めなしだそうよ」
「へ?」
「もっと違うことかと思った?」
戸惑う勇者にリシアは控えめに微笑む。
いつもならあまり見ることはない表情。しかし、僕は……というより僕らはその微笑みの裏でリシアが哀れな子羊を求めて牙を研いでいることを知っている。
そんなリシアの様子を見て、僕は昔リシアに言われたことを思い出していた。
『セルカ、面白さに一番大切なことってなんだと思う?』
『わからないなぁ。なんなの?』
『ギャップよ、ギャップ。一口にギャップと言ってもいろいろあるけど、そのギャップが面白さを生むのよ』
かつてそう言っていたリシア。
あの時の言葉と今の猫をかぶったような態度。無関係とは思えない。
「あ、ええ、その件ですよね。その件……」
心なしか勇者の態度も軟化してきたように感じられる。
「他の街から来たということですし、うっかり迷い込んでしまうのは致し方ないですからね」
「あ、ありがとうございます」
リシアの柔らかい物腰に明らかにほっとした様子を見せる勇者。
……でも、そういう時こそ気を付けないと――
「ただ――」
「ただ?」
「その腕前を見込んで、一つお願いがあるの」
「お願い、ですか?」
「そう。あくまでお願い。でも、私はハルトに受けて欲しいと思ってるわ」
「……(ゴクリ)」
今やリシアの独壇場となっている部屋に唾を飲み込む音が響く。
「さっき私たちが出会った迷宮があったでしょう?あそこの検証を手伝って欲しいの」
「……はい?」
「私たちとしても早く済ませてしまいたいんだけど、とにかく人手が足りてないのよ。ハルト、あなたできるんでしょう?その力を私たちに貸して欲しいの」
リシアは懇願するように上目遣いで勇者の顔を覗き込む。
覗き込まれた勇者の顔はどんどん赤くなっていく。
反面、僕も含め、みんなの眼差しがどんどん生暖かいものになっていく。
そして、勇者はついに顔を少しうつむかせながら小さな声で答える。
「その……僕でよければ」
『(こいつ、ちょろい!)』
その瞬間、僕たち全員の心が一つになった。
「やったあ、ありがとう!」
リシアは戸惑う勇者の手を取ってぴょんぴょんとその場を跳ね回る。
……そして、勇者がリシアの口元が邪悪に歪んでいることに気づくことはついぞなかった。
「それではまた明日お待ちしております。」
無愛想な受付嬢が派手な服を着た冒険者に挨拶をする。派手な冒険者もそれに応え、いつもより多い連れとともに街の人ごみへと消えていく。
フレイル依頼窓口、あるいは単に依頼窓口と呼ばれている建物の前には大柄な男と無愛想な受付嬢の二人だけが残された。
「……本当によろしかったのですか?あのような対応で。どこか正式な場所でおもてなししたほうがよかったのでは?」
「チッチッチッ、甘いな。いいか?勇者は今、この街にはいないことなってんだ。いない人間をもてなすわけにはいかんだろ?」
「ですが……。」
「ま、なるようになるだろ。あいつらに任せときゃな。それに、あいつらはお前担当の冒険者だろ?信じてやりゃいいいじゃないか」
「……。」
無愛想な受付嬢はほんのわずかに顔を横へ背ける。その姿は人によっては照れくさそうに見えたかもしれない。
「……さ、俺もそろそろ会議に戻るとすっか」
「お気を付けて。」
見送りをうけて、大柄な男も街の中へと歩き出す。
「正直あんまり気乗りしねんだが
――それが今の俺の仕事、だからな」
すっかり夜の闇へと包まれた街。その雑踏の中へと消えていく男の背中からは細く長い影が伸びていた。




