リシアと毒薬と寝不足な子羊(後編)
閑話後編になります。
幸運にも(?)リシアと運命的な出会いを果たしてしまったルーチェ君。
運命に翻弄される子羊君の明日はどっちだ!?
今、俺は憧れの人――リシアさんの部屋にいる。
理由は――色々と事情が(主に俺側に)あるけれど、一言で表すなら、ストーカーまがいのことをしてしまった俺への制裁のため。
リシアさんは机の椅子にかけながら足を組んで俺を見下ろしている。当然、俺は自主的に床に正座している。……というかむしろそれ以外の択がない。正直一択である。
「ベッドにかけてもらってもいいのよ?」
「いえいえいえいえ!そんな畏れ多い!」
「そう?」
………………。
いつもリシアさんが寝てるベッド……。
はっ!いやいやいやいや!ダメだろ俺!それはなんていうか人としてやっちゃダメだろ!!
可憐な笑顔で俺を見つめるリシアさん
俺は大変な魅力的な――コホン。畏れ多い提案を首を振って断る。
「はいどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
俺が自分の中の誘惑と戦っている間に、リシアさんは飲み物を出してくれていた。
こんな俺にも飲み物を出してくれるなんて何て優しい人なんだ。
俺はリシアさんの優しさを噛み締めながら注がれたコップに口をつけた。
中に入っている液体は口を通って喉へと落ちる。俺は喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。
――そして、その途端に額に浮かんでくる脂汗。
これは――
「どう?」
リシアさんが笑顔で問いかけてくる。
……正直に言うなら、大変前衛的なお味だった。この液体、マズいという一言にさえ収まりきらないほどのポテンシャルを秘めている。いっそ毒薬なんじゃないかと思うレベルだ。
笑顔のリシアさんとまだコップに半分以上残っている禍々しいオーラさえ感じる液体。
――でも、俺の答えは決まっている。
「おい――しかったですよ」
俺はコップの中身を全て飲み干し、笑顔で親指を立てる。
「そう!ありがとう!」
初めて見た時と同じ無邪気な笑顔を俺に向けてくれるリシアさん。
ああ、この笑顔が見られるのなら、これくらいの苦行はなんてこと――
「じゃあ、こっちも飲んでくれるかな?」
俺の言葉を聞いて、いそいそと机の引き出しを開け始めたリシアさん。そのリシアさんが手に握っていたのは、さっきのものと同じようなオーラを感じさせる液体が入った数本の小瓶だった。
そしてあろうことか、俺の目の前でそれらをブレンドし始めるリシアさん。
その顔にはさっきよりも一層輝きを増した笑顔が浮かんでいて。
それを見た俺は静かに自分の運命を悟るのだった。
――母さん。俺は生きて明日の朝日を拝めるのでしょうか。
俺が三杯目の液体(禍)を青い顔でなんとか飲み終えた所で、地獄のような時間も終わった。
……どうして俺は憧れの人の家で地獄を味わっているのだろうか。わからない。
「うん。合格ね。あなた名前は?」
「……るーちぇで、す」
「ルーチェ君ね。はいっ、これ私につながる結晶通信よ」
リシアさんはそう言って俺に通信用の結晶の片割れを投げ渡す。
俺は何が何だかわからないままにそれを受け取る。
「え、あ、えと……」
「また今度連絡するわ。そうね……多分来週くらいになるんじゃないかしら」
そのまま家の入り口の方へと移動したリシアさんが扉を開く。
「さ、そろそろ時間よ。うちにお帰りなさい」
俺は急かされるようにリシアさんの部屋から外へと出る。
そして、扉が完全に閉まる直前、リシアさんが少しの隙間から顔だけを出した。
「……ま、気に入ったし、今日の盗聴未遂は不問にしてあげるわね」
軽い音を立てて今度こそ完全に閉まる扉。
俺は冷たい夜の街に一人立っていた。でも、それもまた不快ではなかった。
なんだかんだ俺はリシアさんの連絡先をゲットしたのだ。お近づきになれた……と言ってもいいんじゃないだろうか。
吐く息が白く結露して夜の街へと溶けていく。まだまだ春は遠い。でも今日の街の空気はいつもより温かく感じた。
俺は抑えきれない頬の緩みを自覚しながら定宿への道を歩いていった。……どこか調子がおかしいお腹のことは考えないようにしながら。
……ちなみに、その日、宿に帰った後の俺は、何故か下痢と腹痛が止まらなかった。
それから、俺はよく眠れない日々が続いた。
と言っても悪い夢を見るとか、寝ている最中に突然目が覚めてしまうとかそういうことではない。
……リシアさんから連絡が来るんじゃないかと思って眠れないのだ。
その「来週」がカレンダー上の次の一週間を指しているのかそれとも7日後のことを指しているのか、それがわからない以上、どちらの可能性も考慮に入れた上で行動しなくてはならないのである。
もしかしたら、そんなに気になるのなら直接連絡を取ればいいと思う人もいるかもしれない。
だが、考えてみてほしい。
そもそも直接連絡ができるようなメンタルの人ならこのように思い悩むこともないのだ。
そう、言うなればこれは俺自身の問題。
これは自分の性格とリシアさんへの愛を試す試練なのかもしれない。
だから、俺はたとえ寝不足で翌日の仕事に若干の影響が出ようとも待機を止めないのだ。ハハハハッ!
軽度のヤケが入った乾いた笑いは止まらない。
リシアさんから連絡があったのは、チームメイトから心配を超えた呆れの視線が向けられるようになった頃だった。
喜び勇んでリシアさん宅へと向かった俺を出迎えたのは、やはり禍々しいオーラを放つ液体たちと指輪をはじめとした形からして禍々しい装飾品の数々だった。
そして始まる飲み比べ(ただし飲むのは一人)とファッションショー(既に本人に意識ナシ)。
特にファッションショーの方はヤバかった。なにせ、気が付いた時には(装飾品だけとはいえ)覚えのない怪しい品を身につけているのだ。
これによって眠気、腹痛などの肉体的な負担はもちろん精神力の方もガリガリと削られていく。もっとも、起きた時一緒に目に入るリシアさんの笑顔で精神力は全快するのだが。
そうだ。俺はこの笑顔を見るためにここに来ているんだ。
たとえ、胃が、喉が、脳が、全身がセットで付いてくる現実を拒絶していたとしても。
俺の心がそれを許しはしない。
それでも、俺はリシアさんのあの笑顔が見たくて通ってしまうんだ。
「うぉぉぉぉぉおおおお!!」
彼は雄叫びをあげ、禍々しいオーラをまとった品々に挑み続ける。
目の下に作ったくまを一層濃くしながら。
……この後、彼はリシアと接触してしまったことにより『悪夢』の状態異常を伝染されてしまい、また眠れない日々が続いてしまうのだが、それはまた別のお話。
――フレイルを襲った異変が収束し、「毛玉の『悪夢』」という名前がつけられた後。
とあるカフェのテラスに二人の女性の姿があった。
「……ほどほどにしときなさいよ」
おなじみの黒い服で椅子に腰掛けている女性の元へとやってくる赤系の服を着た同年代と思しき女性。
近づいてきた方の女性は黒衣の女性に比べると、赤い服w着た女性はミステリアスな雰囲気こそなかったもののどことなく親しみやすい、そういう部類の魅力があった。
「会ってそうそう失礼ね、何のことよ?」
「とぼけても無駄よ。ネタは上がってるんだから。……また一人新人を実験台にしてるでしょう!」
「流石、酒場の看板娘。耳が早い――と言いたいところだけど、人聞きが悪いわね。あくまで向こうから協力してくれてるだけよ」
黒服の女性――リシアはコップのコーヒーにひとくち口を付け、平然と言い返す。
対する赤い服の女性は怒っているような呆れているような口調でリシアへと詰め寄る。
「それもあんたの能力のせいでしょうが!」
「いやいやあんたも知ってるでしょ?私の能力はね――ちょっと面白いことが起きやすくなるだけよ」
検証班、リシア=トリフィン。又の名を『黒い運命』。彼女の持つ限りなくユニークに近いクラス『幸運の女神』。その特徴はただ一つ、無意識下での運命改変。
……今日も彼女の周りでは彼女にとって面白いことが起こり続けている。
閑話は一度これで終了。
次回からは第二章になります。
次の月曜日から隔日で投稿予定です。乞うご期待!