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リシアと毒薬と寝不足な子羊(前編)

 大変遅れました。お待ち頂いていた方申し訳ありません。

 というわけで第二章――ではなく閑話になります。前後編で終わり次第本編へと入る予定です。後編は約一週間後にする予定です。

 とある冬の日。

 突然降って湧いたような陽気に猫も杓子もが浮かれ出していた日。

 それは、やはり浮かれていた1人の新人(ニュービー)が哀れな一匹の子羊と成り果ててしまった日でもあった。



 一目見たとき、運命だと思った。


 その日、俺はいつものように朝早くから迷宮への入り口、回廊庭園にやってきていた。

 俺たちは早く一流の冒険者になるため、迷宮にも一番乗りで出発している。だから、いつもならここで誰かに会うということもないのだが、今日は少し遅れてしまったせいか先客がいた。

 一組の男女が目印の石像の下に立っていたのだ。

 でも、男の方はすぐに目に入らなくなった。

 女性があまりにも魅力的だったからだ。


 花畑の中で楽しげに笑う黒い女性。

 漆黒の外套を纏った彼女はミステリアスな雰囲気を持っていて、でもそれでいてどこか無邪気で。

 その女性は魂を抜かれてしまうような魅力に満ちていた。


 俺は名も知らぬ彼女を横目で窺う。……ちなみに、横目なのは彼女が眩しすぎて直視できなかっただけであって、けっして俺がヘタレてしまったからではない。

 そして、不意に俺と彼女の視線が合った。視線の向こうで彼女は俺に向かって微笑む。

 俺は自己最高記録を大幅に更新するほどのスピードで顔を逸らす。

 自分でもはっきりわかるくらいに頬が熱い。


「――おい」


 脳裏から彼女の頬んだ顔が焼きついて離れない。


「おいルーチェ、行くぞ」


 気がついたときには、チームメイトが怪訝そうな顔で俺を見つめていた。


「あ、ああ」


 もう一度チラッと彼女の方を見る。俺は後ろ髪を引かれながらも、魔法陣の光の中へ消えていった。



 俺、ルーチェ=リュートは誉れ高き冒険者――の卵だ。

 目標は修行を積んで偉大な冒険者になること。……が、今は新たにもう一つ目標ができてしまったりしている。

 まあ。とにかく俺はその目標のために最近この街にやってきたのだ。


 朝、運命の出会いがあった日、いつもの5割り増しで奮闘して街へと帰ったその後。

 いつもなら明日のためにも早めに帰って速攻で寝るのが習慣なのだが、今日は大事な用事が発生したので、俺は冒険者たち御用達の酒場へとやってきていた。


 むさ苦しい熱気がこもった店内。

 店いっぱいに満ちる酒の匂いに辟易としながら、俺は一番近くのテーブルに座る人物に勇気を出し……コホン、堂々と声をかけた。


「あ、あのー」


「最近ここに来た坊主じゃねえか、珍しいな。どうしたんだ1人で?」


「い、いえ、一つお聞きしたいことがありまして……」


「何だ?今日は気分がいいから特別に教えてやってもいいぞ、ガハハハ」


 赤ら顔で機嫌が良さそうに笑う中年の冒険者。彼に肩を叩かれて、別の意味で顔が赤い新人冒険者は更に顔を赤くしながら言葉を叫んだ。


「すごく黒くて綺麗な冒険者の女の人のことを教えてください!」


「は?」


 そう言って勢いよく頭を下げる新人。そして困惑して固まる中年の酔っ払い。真っ赤な二人の冒険者たちの間にはどこか間の抜けた空気が漂っていた。




「ありがとうございました!!」


 新人の冒険者が嬉しそうに表の扉をくぐって外へと出ていく。


「おう、いいってことよ」


 中年の冒険者は扉が閉まったのを確認すると、看板娘に追加の酒をオーダーする。

 既に準備していたのか、間髪を入れずにドンとテーブルに置かれるジョッキ。が、それを運んできた娘の方はその場を去らずに冒険者に話しかけた。


「さっきの子、見ない子だったけど何の用だったの?」


「見てたのか。人探しだよ、人探し。それも名も知らぬ想い人を探してるんだとよ」


「へぇ~、そりゃまたロマンチックじゃない」


「おっと、相手の名前なんて野暮なことは聞くなよ?そいつは男の秘密ってやつさ」


「え~、気になるなぁ~。ま、でもここはその男の秘密って奴に免じてあげる」


「――おーい、ねぇちゃん!二杯追加!」


「はいよー」


 意味深に中年の男に目配せをして、また忙しなくテーブルを離れていく娘。


「(しかし、あの真面目な坊主が惚れたのがよりにもよって検証班の『黒い運命』だったとはな……。これが『運命』の効き目って奴か)」


 これから起こるであろう出来事に思いを馳せ、酔っ払いは遠い目で新人の冒険者が去っていった方を見つめる。


「(まぁ、これも経験ってな。一つ頑張れや坊主)」


 やがて酔っ払いは新しいジョッキを傾け、近くに居た同業者と取り留めのない話に興じ始める。そして、翌日二日酔いで帰った男の頭からは、昨日会った新人冒険者のことはすっかり抜け落ちていた。



 俺が親切な冒険者から彼女のことを教えてもらってからちょうど一週間が経った。

 ……長くも短い一週間だった。

 バクバクと鳴り続ける心臓の音。

 俺の目の前には一枚の薄い木の扉があった。

 扉の横の郵便受けには「リシア=トリフィン」とこの家の主の名前が彫られている。


 彼女――リシアさんはこの街では知らぬ者はいないほどの有名な冒険者なんだそうだ。

 冒険者の間ではリシアさんのチームは検証班と呼ばれていた。

 検証班。非常に高い実力を持ち、未開の迷宮に挑む人達。

 誰かの後ろではなく、皆の前を歩く人達。

 それはある意味で俺の目指しているものそのものだ。

 彼女をを見初めた自分の目は間違っていなかったと誇らしく思う気持ちと、そんな人に自分が釣り合うわけがないと思う気持ち。

 彼女と運命的な出会いをしてから今日の日まで、俺は二つの気持ちの間で悶々とした思いを募らせる日々を過ごしてきた。

 もちろん何もしなかったわけではない。

 少しでもリシアさんに近づこうと、これまで以上に迷宮探索を頑張った……と思うし、ほんのちょっとだけ早く帰って街でリシアさんの姿を探してみたり、慣れない酒場に行ってリシアさんのことをもした。

 でも一向に縮まらないリシアさんとの距離。……というかむしろ俺のチームメイト達に距離を置かれているような気さえする。気のせいだろうが。


 しかしそれも今日までだ。

 何を隠そう、俺は今リシアさんの家の前にいるのだからな!

 勇気と少しおかしいテンションを携えて、夜の闇の中、俺は背徳感と高揚感で高鳴る心臓を抑えて、おそるおそる扉に耳をつけて中の様子を――


「何をやっているの?」


 突然後ろから聞こえた声。

 反射的に振り返った俺の目に映ったのは、あの時と同じ黒い服をまとった俺の憧れの人だった。


「あっ、あぁぁぁあわわわ」


 一瞬で顔から血の気が引いてゆく。だってこの時間なら家の中に居るはずじゃ……。

 首を振って憧れのリシアさんの顔とリシアさんがいるはずだった家を交互に見る。

 ……あ、よく見たら家の明かり点いてない。


「お、この子はあの時の……なるほどなるほど」


「え?」


「いやいや、なんでもないよ~。それより何してたのかな~ここ私の家なんだけど~?」


 リシアさんは気さくな口調で表札を指差す。

 大変よろしくない行為をしていた事への罪悪感やら話しかけてもらえてちょっと嬉しいやらで、混乱と沸騰を続ける俺の頭。


「あ、あえ、えとそれは……」


 当然そんな状態ではまともな受け答えなどできるはずもなく。


「そうね、とりあえず上がって。中で話は聞くわ」


 だから、あろうことか扉を開けてストーカーまがいのことしていた現行犯を家に上げるという非常識的なことを提案された時も


「は、はい……」


 俺は何が何だかわからないうちに頷いてしまっていた。

 突然の急展開に、目を回すほどに加速していく混乱。


 ……当然、彼自身が、その時自分を見つめるリシアの目が怪しく光っていたことに気づくこともなかった。

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