セルカと指輪と伝染する悪夢⑭
ゴールデンウィーク二本目になります。
色々迫ってきてるので気合で執筆ペースを上げていきたいと思います。
……というか、そう言って自分を追い込んでおきます。
と、いうわけでゴールデンウィーク中にもう一本あげます(断言)。
相変わらず、評価・感想・ツッコミ等お待ちしております。
チュンチュン、チュンチュン。
「うぅ~~、っうぁ?」
最近一段と増えたストレスのせいだろうか?昨日ほぼ丸一日寝たと言うのに、窓から差し込む太陽の光がやけに黄色い。
なんとかベットから這い出して棚の時計を見やると、そこに表示されていたのは「10時30分」の文字。
「!?っ」
慌ててベットの方へ戻り、枕元に置いてある結晶通信を確認する。
……良かった~。リシアやアルからは何も連絡は入ってないみたいだ。
でも、ちょっと待てよ。よく考えたらこれはおかしい。今日は普通に仕事がある。休みの日とかではない……はずだ。10時半起床は立派な遅刻。いつもなら朝食に遅れた人には通信で連絡を取ることになっている。それなのに、今日はこんなに遅い時間になっても連絡一つ無い。
となると考えられるのは……罠かっ!!
リシアあたりが寝坊した僕をイジるためにわざと連絡してきていない、ってところじゃないのか?
すごくありそう……。
僕の脳内で高笑いするリシア。その上、今回に限っては完全に僕が悪いから言い訳も出来ない。
はぁ……憂鬱だ……。
急いで身支度を済ませて、いつも朝食をとっているお店へ向かう。僕をイジるためということなら二人ともまだお店に居るはず。
行きたくない。とても行きたくない。でも行かなきゃもっと嫌な目に遭う。どっちつかずな感情に鈍る足先。
それでも現実は無情で、すぐに目的地に着いてしまう。
「……ごめんください」
「おや、虹の坊やじゃないか。今日はもう来ないのかと思ってたよ」
おかみさんのあいさつに出迎えられて店の敷居をまたぐ。そしてそのまま店内を見渡す。
しかし、混み合う時間帯を過ぎて人もまばらな店内に、待ち構えているはずの二人の姿は無い。
「二人が来ていませんか?」
「今日は二人とも見てないねぇ。なんだい、一緒じゃないのかい?」
「ええっ!?来てないんですか!?」
「だから、さっきからそう言ってるじゃないか」
来てない……?放置して先に行ったとかでさえなく?
なら……二人は今どこにいるんだ?
「はぁ、はぁ、はぁっ」
僕は、さっきとは対称的に激しく息を切らせながらフレイルの街を走り回っていた。
集合場所の広場、鑑定屋、薬屋、そして依頼窓口。心当たりのある場所を回っても二人の姿は無い。それどころか、鑑定屋と薬屋の主人、それにジト目さんの三人までもがその姿を消していた。他の知り合いに聞いてみても、今日、彼女たちを見かけたという人はいなかった。
ここまでくれば、流石に僕でも気づく。「昨日僕と一緒に居た人達が消えている」んだ。
駆け巡る悪寒。最悪の想像が僕の脳裏をよぎる。これが悪い夢であってほしいという願望と、もしこのまま本当に見つからなかったらと思う焦燥が、ない交ぜになって僕の中に渦巻く。
せり上がってくる吐き気を懸命に堪えながら走り続けて、でも誰一人として見つからない。
街中を駆け回って、最後に辿り着いたドアの前。その横にある郵便受けには「リシア=トリフィン」と刻まれている。
ここはリシアの住んでいる家の前。リシアの性格的にここで僕を待っている可能性は低いと思って最後に回していた。ホントはもっと早くにここへ来るべきだったのかもしれない。でも、ここにも居なかったら、それはもう本当に何かに巻き込まれてしまったと認めざるを得ないような気がして。僕はそれを認めたくはなかったんだ。
藁にもすがるような思いで、チャイムも鳴らさずにドアをぶち破り家の中へと雪崩れ込む。
そしてリシアの寝室。ここまでにリシアの姿はなかった。ここにも鍵がかかっていたけれど、玄関と同じく強引に突破。
「リシア!!」
突入した部屋の端、簡素な飾らないベットの上にはーー布団を蹴飛ばし、だらしなく寝間着をはだけさせたリシアが……普通に寝ていた。
「うっ。……すぅすぅ」
悪夢でも見ているのか少し苦しげだけど、その様子が、変に安らかな寝顔よりも逆に平和な感じがして。
「はあーーー」
僕はため息を一つついた。
「リシアーー」
リシアを起こすべく、僕はこの部屋に入った時と同じセリフで声をかける。……抑えきれない頰の緩みを自覚しながら。
僕はリシアを起こした後、アルの家に向かい、そこでも同じように眠りこけているアルを発見。そのあとは、手分けして姿を消していたみんなの自宅を回った。案の定全員が眠ったまま起きてきていないだけだったみたいで、正直僕の心配を返して欲しいところなんだけど、それでも皆が無事でよかった。
「それで、今日六人全員が、その……寝坊したってのはどういうことなんだよ?まさか偶然だなんて言わないよな?」
それからしばらく経って、時刻は宵の口。昨日と同じフレイル依頼窓口に再び六人が集まり、第二回目の会議が行われていた。
火蓋のを切ったのは四代目。口にしたのはこの場にいる全員の疑問を代弁したものだった。
「もしかしたら……」
「何か心当たりがあるのか?」
「昨日セルカで実験した睡眠薬がありましたわよね?あの中に含まれてる成分に、一部遅効性のものもあったのですわ。それが蒸発して影響を及ぼした……のかもしれないですわ」
「オーリエ……そういうことは事前に説明して欲しかったです……。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいな!確かにあの薬には遅効性の成分が含まれていましたわ。でも、直接触れたわけでもない人にまで効果がでるようなものではないはずですわ!ましてや翌日になんて……。自分で実験した時も、翌日に寝坊したりなんてことはありませんでしたわ」
「でも、こうして実際に被害が出ちまってる」
「そうですわね……。流石にこれが偶然だなんて言うつもりはありませんわ。何故なのかは分からないですが、昨日の薬の影響が今日まで続いてしまった。ということなのでしょうね。……残念ですが、あの薬はお蔵入りですわね……」
『……』
「もう、皆様、そんなに暗い顔しないのですわ!あっ、そうですわ。これを一本づつサービスしますから今日寝る前に飲んでおいてくださいね。うちの睡眠予防薬です。明日も効果が続いているのかわからない以上、用心はしなければいけませんわ。これもどれくらい効果があるのかわからないですから、もしもの時のために、各自でこの六人以外の人に目覚ましを頼んでおきましょう。さあ、今日はみんな早く寝ましょう、明日のためにも、ね?ささ、解散ですわ、解散!」
そう言って全員を部屋から押し出すオーリエさん。
「それでは。また明日元気でお会いしましょう〜〜」
オーリエさんはそのまま僕たちを見送った。その顔は笑顔だったけど、どこか寂しそうに見えて。
それから他のメンバーとも別れて家に帰って、寝支度を済ませ、オーリエさんの言葉通りいつもより早めにベットに潜り込む。
結局、今日はいつも通りのお仕事はできなかった。冒険者というか社会人として気にするべきはそこなんだろうけど、でも、思い出すのはオーリエさんのことだった。
……以前、僕はオーリエさんの実験を手伝ったことがある。そのときは、今回なんて目じゃないくらいひどい目にあったし、二度とあんな思いをするのはごめんだけど、薬に対してのオーリエさんの情熱は本物だった。
オーリエさんのことだ、きっと昨日までにも何回も何回も安全実験を行っていたはずだ。それで安全を確認してからの、最終確認になるはずだった、効き目を検証する臨床実験。そこで起こったトラブル。確かに、いつ効果が現れるかわからない薬を売るわけにはいかないのだろう。僕でもそれは分かる。でも……。
僕は状態異常のプロだなんて言われることがある。
確かに、僕はこの街で一番状態異常について詳しいだろうし、耐性も持っているだろう。でも、本来「プロ」っていうのはそういうことじゃないはずだ。尽きせぬ情熱とたゆまぬ努力、何よりその矜持が「プロ」であるってことなんだと思う。
僕の場合は、生まれ持ったクラスと、運良く出会えたこの鎧のおかげで、結果的に状態異常と戦えているだけだ。
でも、オーリエさんは違う。なんてったって主に扱っているのが毒薬だ、反発もあるだろうし、売り上げ的にもよくはないはずだ。それでもずっと真摯に薬に向き合い続けている。
僕よりも、オーリエさんの方がよっぽど「プロ」なんだって思う。
だから、僕はオーリエさんを応援したいし、できることなら手伝ってあげたいって、そう思うんだ。
……痛いのと苦しいのはごめんだけどね。