セルカと指輪と伝染する悪夢⑩
お読みいただき、ありがとうございます。
詳しくは活動報告に書きますが、次回より更新間隔が隔日では無くなります。
更新ペースは落ちますが、これからもお付き合いいただけましたら嬉しいです!
(土日に各一話の週二回更新となる予定です。今週末は無理ですけどねっ!明日と明後日ですからね!)
「だってそうだろ?こいつをドロップしたのは新種のモンスター。それも、不自然なまでに弱かったそうじゃないか。怪しいとあたしはそう思うね」
「『未知の呪い』……なんだかすっごく心踊る響きねっ!」
……あっ、これヤバイやつだ。
「正体不明の状態異常。それも安全性は保証済み……」
「これはもうセルカに実験してもらうしかないわねっ!」
「実験は構わないが、迷宮の中でやったりなんてしないでおくれよ。街の中なら何でもないような呪いでも、迷宮の中では命に関わることもあるんだからね。……まあ、この件に関してはあんたたちの方が専門家だろうし、釈迦に説法だとは思うけどね」
「いや、僕はやるとは一言も――」
「そうと決まれば善は急げね!今ここで指輪をはめてもらうわよっ!」
「あたしも見せてもらえるならありがたい。一応、こいつを鑑定した責任もあるしね。……そうだ、指輪は何指からはめたい?希望があるなら聞くが」
「そもそもはめることを拒否したいです」
期待の眼差しを向けてくる女子二人。
「……諦めろ」
アルがそう言って僕の肩を叩く。目の前に差し出される指輪。
……もう僕に選択肢は残されていなかった。
しぶしぶ、手持ちの道具類をアルに預けていく。もし、かかった者が錯乱する類の状態異常だったとき、道具をぶちまけないようにとの保険だ。ちなみに、実際にやらかしたこともある。
他にも――
四代目はアルの指示で濡れタオルを持ってきて(僕が吐瀉物をぶちまけたとき用)、
リシアは各種個性的なお味の薬品を取り出し(僕にとりあえず飲ませて効果があるかを確認する用)、
アルは大型かつ軽めの盾を構えている(僕が暴れだした時に叩きつけて取り押さえる用)。
準備自体は必要だし、そこを否定するつもりは無いんだけど……、なんだろう、このラインナップから一切僕への愛を感じられない。
そうは言っても時間は待ってくれない。準備も終わり、三つの視線が僕に注がれる。もう逃れることは不可能。幸いにも命は保証されてる。流石にこれ以上ゴネるのは男らしくないだろう。
右手の上に載せられた指輪を見る。……何度見ても禍々しい。左手で落とさないよう慎重につまみ上げる。そしておそるおそる右手の中指にはめ……た。
『……(ごくり)』
誰かの唾を飲む音が聞こえた。
…………………。
……………。
………。
あれっ?
なんとも……ない。
全員の顔を見回す。顔から期待が滲んでいる四代目。それに対して、困惑の表情を浮かべるリシアとアル。きっと僕も困り顔をしているに違いない。
さっきまでとはまた違う、乾いた沈黙が続く。
それからしばらくして、四代目も僕らの戸惑いに気が付いた。
「ん?どうかしたのか?」
「どうかしたって言うか……」
「むしろ、どうもしてないのが問題なのよね……」
「あ、あははー」
そう、何も起こってない、何も起こってないのだ。
普通、加護か呪いか、とにかくなにかを付与するタイプの装備品は、身につけてから五秒以内に効果が表れる。でも、今回は一分以上経過しているのに何の異常も感じない。四代目はそこまで知らなかったみたいだけど、こういう類の呪われた装備品を山ほどつけてきたことのある僕ら(というか僕)はすぐに気が付いた。
再び訪れる沈黙の時間。しかし、それも悪いことだらけではない。良いこともある。この間に、止まっていた僕らの頭が動き出した。
「どうする……?流石に、『何も起きませんでした、まる』じゃオチないよ……?」
「オチるとかオチないとか以前に、私が納得できないわよ!!」
「これは……もしかして実験失敗ってことなのかい……?」
「これだけ待っても何も起きないってことは、そういうことなんでしょうね。まあ、元々セルカは――」
リシアは、いまいちよくわかってない様子の四代目に説明を行っている。
……僕?そんなの……
嬉しいに決まってるじゃないですかっ!!ひゃっほう!!
まあね、この一週間ずっと怯え続けてたわけですけどね、それもね、バカらしくなってくるってもんですよ。ええ。
あれですよ、未知の呪いも僕の前には膝を屈せざるをえなかったってやつですよ。はっはっはっはっは。
勝者の笑みを浮かべる僕。ああ、勝利ってこんなにも嬉しいものだったのか。
「何ニヤニヤしてんのよ。気持ち悪いのよっ」
「ふふっ。負け犬の遠吠えも耳に心地良いわっ!」
「~~~っっ!まっまままっ負け、負け犬ですって!もう許さないわよ!セルカ、これから一週間、ずっとその指輪はめててもらいますからねっ!!」
「それくらい、いいで~すよ~~」
影響のない呪いの指輪なんて怖くもなんともない。不満げな三人を尻目に、降って湧いてきた休日を謳歌すべく、足を弾ませながら『ルチル』を後にしたのだった。
「どうも~」
やって来たのは、どっちかと言うと厳かな方の木造建築物、フレイル依頼窓口。
目的は今回の騒動のあらましを知っているであろうジト目さん。端的に言うと、無事に生きて帰ってきたことを自慢しに来たのです。はい。
ドヤ顔で入り口の扉に手をかけて建物内へと入っていく。しかし、意外なことに、声をかけてきたのはジト目さんの方からだった。
「これはセルカ様。ちょうど良いところに。」
「なんですか~ジト目さん?もしかしてジト目さんも僕に会いたかったんですか~?」
ちなみに、ジト目さんの本名を僕は知らない。本人に対して「ジト目さん」なんて呼び方をしているのもそのせいだ。……ちょっと心の壁的なものを感じて、僕は悲しい。
そういうこともあって、少しでもジト目さんとの距離を縮めるべく、毎日フランクに話しかけ続けているのだ。
……すいません、ちょっと盛りました。正直、そこまで考えては無かったです。でも、ジト目さんともっと仲良くなりたいと思ってるのは事実なわけで。そんな僕の無意識がそういう行動を取らせていたのかもしれない。
だから、僕が呼び掛けてきたジト目さんの元にスキップ気味に近寄って行ったのも、いたって自然な行動だったわけで。
だから、僕は気が付かなかったんだ。
――ジト目さんが見覚えのあるボタンに手をかけていることに。
僕が気付いたときには左足が空を切っていた。体勢を崩し、前方に倒れ込む。下へと落ちた視線の先に、床に開いた穴とそこに溜まった透明な液体を見たとき、僕は自分の置かれている状況を悟った。
そう、僕は一週間ぶりにジト目さんの罠にはまっていた。
前回とは違って移動中に落ちたため、かなり無様な感じに全身を打ち付けてしまった。
ジト目さんは片手に時計を構えて、こちらをじっと見つめている。とりあえず助けてくれそうな雰囲気は感じない。
……こんなことばっかりしてるから、僕とジト目さんとの距離は埋まらないんだろうなぁ。
心の中で呟きながら、僕の意識は闇へと沈んでいった。