セルカと指輪と伝染する悪夢①~プロローグ~
検証班――
その言葉はRPGやMMORPGにおいてある種の敬意をもって語られる。
簡単に言えば、自らそのゲームをプレイし数多の試行によってゲームの情報を解析、その結果を攻略サイトなどに提供する人たちのことである。
彼らは自分ではない誰かのためにあまたの試行錯誤をおこない、その成果を惜しげもなく晒す。
それは簡単なことではない。そこには、大きなリスクが生じる。
未知の敵。未知の場所。未知の罠。真っ先にそれらに挑み、そこから情報を持って帰る。普通にプレイするよりはるかに多くの時間と労力を要するのは間違いない。
今や、彼らのお世話にならなかった人の方が少ないだろう。もはや快適なゲームプレイは彼らの屍の上に成り立っているといっても過言ではないのだ。
しかしプレイヤー達は往々にして彼らの事を忘れてしまう。
彼らの血と涙の結晶を鼻で笑う者たちもいる。
自分達が当たり前のように利用している情報の裏に、自分と同じ血のかよった人間がいることを忘れてしまうのだ。
それでも彼らの歩みが止まることはない。そこに情報を求める人たちの声がある限り……
そして、ここにもそんな誇り高き検証班を自負する一人の男がいた。
お世辞にもガタイがいいとはいえない体躯は、凶暴なモンスターにかかれば一撫でで吹き飛んでしまいそうに見える。どこか幼さを感じさせる顔も、青白く染まっている。
正直、検証班どころか本当に冒険者をやっているのかさえ疑問を抱かざるを得ない姿であった。
だが男の着ている金属製の肩当てと胸当てをあしらったレザーアーマーを見る限り、なるほど、確かに冒険者に違いないのだろう。
とは言っても、見るからに不健康そうな男が冒険者装備をしているという違和感は拭い去りようもない。
そのせいだろうか、辺りを行き交う人たちの目も、呆れと諦めが2;1くらいの割合で配合されたどこか生暖かいものだった。
……正直に話そう。
生暖かい視線の理由は別にある。
それは、男が極彩色の冒険者装備で街の大通りの路傍に行き倒れていたからである。
たとえ路傍であろうとも、五色に彩られた服は嫌でも目立つ。そんな男が行き倒れて野ざらしにされているのだ。
しかし、彼を介抱しようとする人は一向に現れない。誰もが一瞬目を止めた後、何もなかったかのように歩き出す。
けっして街の住人が薄情なわけでも、彼が鬼のように嫌われているわけでもない。
この光景が何度も繰り返された、この街の日常なのだ。
彼の名前はセルカ=フリント。ここ自由都市フレイルの冒険者なら知らぬ者はいない程の有名人である。
名は体を表すということわざがあるが、冒険者たちは本名で呼び合うことを嫌う。
その理由はいろいろあると考えられている。本名を知られることで魔に魅入られると考えたのかもしれないし、仲間との連携に短い呼称が便利だったのかもしれないし、あるいはただ単に本名を覚えるのが面倒だからなのかもしれない。
今となってはその風習の起源を紐解くことは困難だが、とにかく冒険者という人種は二つ名を付けるのが大好きなのである。
そして、その二つ名が同業者以外の人々にも知られているということは、紛れもない一流としての証。
いかに、男が醜態を晒しているといってもそれは変わらない。
「虹色の変態」。それがこのカラフルな行き倒れのもうひとつの名前であった。
日が傾き、今や時刻は夕暮れ。家路を急ぐ人々、そこに集まる露店。大通りは今日一番の賑わいを見せていた。
まだまだ北風が身にしみる季節。それでも行き交う人々の表情もどこか温かいのはこの街の発する熱量のせいなのかもしれなかった。
そんな活気あふれる通りの一角。そこだけは気温も下がっているのではないかと錯覚してしまいそうな、人ごみの空白地帯が発生していた。
その中心であり発生源でもある男、セルカは意識を失ったまま微妙に悶えていた。
貧弱そうな体では長時間の野ざらしに耐えられなかったのか、額に脂汗を浮かべている。
日が暮れてしまえば、気を失う程泥酔した冒険者としておまわりさんのお世話になることは避けられないだろう。
そんなとき、どこからともなく色違いのローブを羽織った男女の二人組が現れる。
「まったく、しょうがないんだから~」
黒色のローブを着た女性がつぶやく。しかし、そのつぶやきには踊るような響きがあった。
その目は獲物を見つけた肉食獣のようにらんらんと光っている。
その視線に怯えたかのように、ビクッ、と震えるセルカ。
対して、男の方、灰色のローブを着た男性は、女性の三歩後ろに立ち、遠い目をしつつ、
「(なんか二人の後ろに虎とウサギみたいなオーラ?が見える……。あっ、ウサギ捕まった。首根っこ掴まれてお持ち帰りされとる……。)」
現実逃避していた。
その間にも女性は現実のセルカの襟を掴んでずるずると引きずってくる。男性も浅く溜息を一つ吐いて、その後ろを歩き出す。
「虹色の変態」は路地裏へと消えていく。
彼とともに引きずられていく長い長い影。
それだけが、女性に対する、せめてもの抵抗のようにも見えた。
街灯の光も、裏通りにまでは届かない。
建物の壁からわずかに照り返す夕日だけが路地の唯一の明かり。
大通りからは、かろうじて三人の輪郭が見えるくらい。意識のない男の影も路地裏の闇に溶けて、もう見ることは叶わない。
その時、不意に、闇の中で何かが光った。
一瞬瞬いたのは、男の左手にはめられた、禍々しいドクロを象った指輪。
この指輪がこの街に悪夢をもたらすことを、今はまだ誰も知らない……。
検証班――
その言葉はここフレイルにおいて、たぐいまれなるトラブルメイカーにして愛すべき変態達の呼び名であった。
初小説です。感想、指摘等ございましたら、遠慮なくおっしゃっていただけましたら幸いです。