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逆ハーレムフラグ叩き折ってみました。

逆ハーレムフラグ叩き折ってます。自分の評価になんてかまってられません。

作者: 水瀬柳

前作が思わぬ反響をいただいたことで調子に乗りましたw

上の「逆ハーレムフラグ叩き折ってみました。」のシリーズ名がリンクになってます。よろしければそちらもあわせてどうぞ♪

 やってきました、中等部入学式! 私はのこの日のために生きてきた!

 あ、別に痛い子じゃないですよ? ただ自分がやってた乙女ゲームと酷似した世界で生きている身としてはここからが正念場なのだ。

 私、篠井しのい彩香あやかは某乙女ゲームのメイン攻略対象・篠井雅浩まさひろの血の繋がらない妹だ。ゲームだと彩香は実の妹だったけど、現実には遠縁から引き取られてきて、養子縁組を固辞したのであらゆる意味で他人。養子縁組を拒否したのは、ゲームの世界ではやっぱり攻略対象の一人であり雅浩兄様の従兄である久我城くがじょう克人かつとと彩香が婚約してるという設定があったからだ。なぜ中一で婚約なんてしてんの、という点にはあえて突っ込むまい……。

 でもほら、克人兄様が攻略されちゃったらどうせふられるわけだし、色々面倒じゃない? と思った私は全力でそのフラグを叩き折ったわけです。いくら篠井姓でも末端に引っかかってる程度の家柄だ。本家の養女ならともかく籍を入れなければ婚約なんて案は出てこないだろうとふんだら案の定。克人兄様との婚約なんてまったく話題に出ませんでした。あの時は幼稚園児だったというのによくやった、私。


 ゲームの内容に関してざっくり触れると、メインの雅浩兄様を筆頭に幼稚園から大学まである、この藤野宮ふじのみや学園の関係者八人の中から相手を選んで恋愛しましょう、というものだ。もちろん、逆ハーレムルートもある。――そう、あるんだよ。だから、私は気合いいれてるんだ。

 だって、雅浩兄様も克人兄様も、すごく優しいしなんでもできて自慢の兄様達なんだから。前世だかなんだか知らないけど、二十歳過ぎまで生きた記憶がある私はかなり妙な子供だったのに、たくさん遊んでくれたし、勉強を教えてくれたり各種習い事の予習復習に付き合ってくれたり、本当によくしてもらってる。こと、雅浩兄様は篠井の両親よりも私を気にかけて大切にしてくれている。

 なので、恋愛感情はまったくないけど大好きな兄様達が逆ハーレム要員にされるのだけは我慢ならないんだ。二人にはちゃんとそれぞれを一番大切って思ってくれている人と幸せになって欲しいから。

 故にヒロインがどれだけ素晴しかろうが、兄様達が逆ハーレムでいいと思おうが、私が許さないっ。普通に恋愛するならとめませんけど、逆ハーレムルート行くなら全力でフラグ叩きおりますからね!


 そんなこんなで、私が中等部一年になったこの年、雅浩兄様とヒロインさんが高等部一年、克人兄様が高等部三年という配置でゲームのスタートです。


 さて、入学式当日の今日、実はこの日が逆ハーレムルートに入るかどうかの選択をする時なんだ。

 入学式直前に正門付近にあるオブジェの所でヒロインが攻略対象のうちの誰かと立ち話をしたら、その人攻略ルート。女友達と話してたらお友達ルート――みんなと仲良くはなるけど恋人未満で終わる、別名八方美人ルート。迷い込んだ猫と遊んでいたら逆ハーレムルート――全員とお泊りイベント起こす別名尻軽ルートだ。

 ちなみに、兄弟姉妹で学園に在籍している生徒も多いから、入学式や卒業式は微妙に日程がずれている。今日は午前が中等部、午後が高等部の入学式。今の時間だと中等部生は式とオリエンテーションが終わって解散し始めていて、高等部生は式の開始前で待機中。高等部生は午前中の間にオリエンテーションをすませているから、式が終わったらそのまま解散になる。私は雅浩兄様と一緒に帰りたいと駄々をこねて、篠井の両親と一緒に高等部の入学式を見学する予定。もちろん、今も雅浩兄様を探すという名目でこの場所にいる。

 オブジェ付近をちょろちょろしていると……いた。それらしき人を発見。真新しい制服が汚れるのもかまわず地面に膝をついて猫をかまってる。

……ほほぅ?

 思わずうろんな目になっていたら、突然肩を叩かれた。

「わひゃっ?!」

「ごめん、驚かせちゃった?」

 思わず変な声をあげた私がふりかえった先には雅浩兄様がいた。

「何を一生懸命見て――あぁ、猫か。彩香も触ってみたい?」

 いえ、私が見てたのは猫と遊んでる人の方です。とも言えないので、少し悩むような間をあけてから首をふった。

「ううん、やめておく。せっかくの新しい制服が汚れちゃったら悲しいし」

「それもそうか。――そういうの気にしないあたり、やっぱり藤野さんは外部生らしいって言えるのかな」

 確かに、お金持ちの家でそれなりの旧家でもある家では人前で汚れた服を着ているのは恥だとされる。ジャージとか作業着的なものを着ている時はかまわないんだけど、制服を含むフォーマルな格好の時服に汚れがついているのはアウト。動物の毛だらけなんてもっての外だ。

 だから、その辺りを頓着していないイコール一般家庭からの進学者イコール外部生、となるわけです。さすがに一般家庭から藤野宮の中等部に入る子はめったやたらいない。主に学費的な意味で。

 っと、それより情報収集しないと。あの人が本当にヒロインさんかわからないもんね。

「雅浩兄様の知ってる人?」

「知っているというか同じクラスだよ。さすがにまだ話したことはないけど、高等部からの外部生で理事長の親戚らしいね。下の名前は美智さんだったかな?」

「詳しいね……?」

 思った以上の情報量に首をかしげると雅浩兄様が小さく笑う。

「外部生で理事長の親戚だから、先生方も気を使ってるみたいでね。それとなく気にしてやって欲しいって頼まれたんだ」

 うん、確定。確かにヒロインはそんな設定だった。

 よし、徹底して邪魔してやるから覚悟しておけよ!

「雅浩兄様は高等部になったし忙しくなっちゃうね。……私、迷惑かけないよう、いい子になるね?」

 早速、さみしいけどわがまま言わないもん、と言った調子で雅浩兄様を見上げる。雅浩兄様は少し驚いたみたいだったけど、すぐに優しい笑みを浮かべて頭をなでてくれた。

「彩香はもう充分いい子だよ。そんな事言わないでたくさん甘えてくれないと困る。彩香と一緒にいるのは僕にとって一番楽しい時間なんだからね」

「雅浩兄様大好きっ」

 雅浩兄様の言葉が嬉しくて、つい満面笑顔で抱きつくなんて事をしてしまう。嬉しい時は倍のテンションで伝えるのが私の信条だし、こういう子供っぽい甘え方をすると兄様達は殊の外喜ぶんだ。

「僕も彩香が大好きだよ。かわいい甘えん坊さん」

 ゆるく返された抱擁に甘えて一層くっつくと、雅浩兄様が笑う気配がする。

 うん。絶対逆ハーレム要員になんてさせないからねっ。


 この一幕の目撃者達から私がブラコンだという噂が広まったけどね……。

 そのくらいで負けないっ。泣くもんかっ。


――――――――


「篠井さん、今日の放課後なんですけど、よろしければテラスでご一緒しません?」

「ごめんね。私、克人兄様に用事があるの」

 誘ってくれる声に即答して、鞄に荷物を詰め込む。そろそろ期末テストが近いこの時期、もちろん一緒にテスト勉強イベントがある。これを潰すには学内でも兄様達にまとわりついてるしかない。

 歩きで出せる範囲で最速の歩調で高等部に向かい、克人兄様を探す。雅浩兄様は英会話とダンスのレッスンがあるからまっすぐ帰ったはずだしね。

 教室の後ろのドアからちょこんとのぞくと……むぅ。先をこされた。すでにヒロインさんが克人兄様に話しかけてる。

 どうしようかと思ってたら、私に気付いたクラスの人が克人兄様に声をかけてくれた。

「久我城、従妹ちゃん来てるぞ?」

 その声にふりかえり、ヒロインさんに何か言ってこっちに来てくれる克人兄様。

「今日は何の用事で会いに来てくれたんだ?」

 楽しそうな声に少し考える。声には出してないけど、少し困ってるみたいだなぁ。……まぁ、ここの所かなりしつこくつきまとってるししかたないかな。

「……ええと」

「うん?」

 少し考えて今回は諦めることにした。克人兄様は先に約束した人を優先するし、あまりごり押して私を避けるようになられたらフラグ潰しどころじゃなくなる。あくまでもメインは大型イベントだしね。

「勉強でわからない所があったから教えて欲しかったんだけど、克人兄様忙しそうだからやめておくね。邪魔してごめんなさい」

 引き下がるとちょっと意外そうに、でもほっとした気配でうなずかれた。

「助かるけど、大丈夫か? 帰り少し遅くなるけど、彩香の家によろうか?」

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。自分でもう一度頑張ってみるし、それでもわからなかったら雅浩兄様に聞いてみる」

「そっか、夜なら雅浩もいるから大丈夫だな。――ごめんな。次は必ず付き合うから」

「うん、ありがとう。でも、大丈夫だからあんまり心配しないでね?」

 頭をなでてくれる手の感触がくすぐったくて逃げようか悩んでいたらそれよりはやく抱きしめられてしまった。

「わわっ?!」

「彩香の頭が良くなるように俺のやる気をわけといた。頑張れよ」

「っもう! そんなんじゃ頭良くなったりしないもん!」

 暴れるとすぐにほどけた腕から逃げて小さく舌を出す。まったく、人の気も知らないでのんきなもんだよ。

 顔が火照ってるような気がするのは……気のせい気のせい。精神年齢は三十過ぎてるんだから、高校生にからかわれてどうするの。


 克人兄様が捕まらなかったし中等部に戻ろうと歩いてる途中、渡り廊下に近いテラスの側を通りかかった時だった。

「……でも、あれはないよね」

「あぁ、篠井さんでしょ? 確かにあれはちょっとね」

 陰口現場に遭遇とかお約束イベント発生。参ったな。ここ、見つからないで通りすぎるにはちょっと見通しがよすぎる。かといって引き返すとなると、一度三階まで上がって隣の校舎経由して降りて来ないとむこうに出れないし。話題が変わりそうなら待つかな。

 正直、あの声は初等部の頃から私を嫌ってる人達だし別に何言われても気にならない。嫌ってくる人に好かれたいなんて思わないもんな。

「毎日のように兄様兄様って、友達作る気ないんじゃないの?」

「じゃない? そりゃ篠井はいい家だけど、私達とは格が違うから関わりたくないって事じゃないの?」

「何様よねぇ? ……でも知ってる? 篠井さんって、篠井の子供じゃないんだって」

「え? 何、どういう事?!」

「なんでも、分家の分家の分家? ともかく、そういう所からもらわれて来たらしいわよ。しかも、篠井の家の養子にしてもらえなかったとか」

「やだ、何それ? みじめすぎない?」

 思わせぶりに情報披露するならもっと正確なものを出せよ……。しかもその言い方、篠井の両親は遠縁の子供を預けられても養子に取らない薄情で無責任な人間だって言ってるようにも聞こえるんだけど? 万一兄様達の耳に入ったら魔人降臨ですよ? 二人とも、私が篠井の籍に入っていない事を悪し様に言われると本気で怒るから……。

「篠井先輩も久我城先輩も、かわいそうよね。あんな何処の馬の骨ともわからないのにまとわりつかれて」

「本当よねぇ」

 いや、だから篠井の分家筋の出でどこの誰ともわかってますけどね? 兄様達にあこがれてるなら私の悪口は学園内で言わない方がいいと思うの。誰だって身内の悪口なんて聞きたくないもんだからね。

 ま、終わりそうもないからあきらめて校舎を迂回するかな、と動きだしかけた時、肩を叩かれて飛び上がりかけた。

「……っ?!」

 さすがに今声をあげたらまずいと口をおさえてふりかえったらそこにいたのは魔人――もとい、雅浩兄様。ものすごくいい笑顔で私の髪をなでてくれた後唇に指を当てて、静かに、と合図してくる。でもなんかすんごいオーラ背負ってませんか……?

 思わず本気で怯えた私がかくかくとうなずくと雅浩兄様はテラスに近付いた。

「あんなのが同じクラスだなんて、しかもエンブレム持ちだなんて、みんな見る目が……」

「僕の可愛い妹がどうかしたかな?」

 雅浩兄様の朗らかな声に、テラスで声にならない悲鳴が上がった。

「確かに彩香は甘えん坊で僕と克人にくっついてきたがるね。でも、それで君達に何か不利益があったのかな?」

 口調はご機嫌そのものって雰囲気なんだけど……。離れてても後ろ姿だけでわかるくらい、怒りのオーラが出てるって何事ですか?

「それに、うちの親が子供一人養子に取る事すらできないほどの甲斐性なしだと言っていたけど、それは君達のご両親も同じ意見だと思っていいんだね?」

「…………え?」

「彩香が篠井の実子じゃない事はそこそこ有名な話なんだよ。ただ、暗黙の了解でみんな子供達には話さないでくれているんだけどね」

 あぁ、そういう話でしたね。でも雅浩兄様、ここまで届く冷気は引っ込めてくださいませんか?

 こっそり顔を出して様子をうかがうと、クラスメイトの二人が椅子にへたり込んで雅浩兄様を見上げていた。

「つまり、君達がそれを知っているって事はご両親がその悪意にあふれた意見を君達に教えたという事だよね?」

「……ち、ちが」

「何が違うのかな? それとも、君は何一つ事情を知らないのに事実を捏造して篠井を侮辱しても許される程立派な家の生まれだった? 寡聞にしてそういう家のご令嬢とは存じませんでしたが、お名前をうかがってもよろしいですか?」

 だから怖いってーっ! 無関係な私まで硬直しちゃうからっ。

 絶対わかっててやってる。あの二人が家の格では篠井にかなわないかことも、藤野宮に進学する上でもっとも難しい内部推薦で合格した生徒だけがもらえるエンブレムを持っていない事も、そしてたぶん雅浩兄様か克人兄様に憧れるあまり、二人に可愛がられている私をおとしめたかっただけで何も考えていなかったという事も。全部承知の上で、わざと篠井に対する暴言だと決めつけたんだ、この人。

 ……うん、この人本気で怒らせる事だけはしないと心に誓ったよ。

「それ程の家の方ならエンブレムも当然お持ちですよね? うち程度の家の、分家の出でしかない彩香ですらもらえたんですから」

 雅浩兄様の言葉にもはや言葉も出ない二人が、そろそろ本気でかわいそうになってきた……。それに、無関係な人達までなんか青ざめてきてるんですけど……。

 だいたい、雅浩兄様が本気だすと大の大人ですら迫力負けするんだから、人の悪口言っておとしめて自分の努力不足から目をそらしているような子供が太刀打ちできるはずもない。怒ってくれる気持ちは嬉しいけど、あんまり徹底的にやり過ぎてもまずいだろう。そろそろとめるかな。

 ……怖いけど。わって入るのすごく怖いけどっ。

 覚悟を決めて、さもたった今来ましたよって顔で近付く。

「雅浩兄様?」

 声をかけるとまわり中の視線が集まる。……うん、居合わせちゃたギャラリーさんもいたからね。

「彩香? こんな所でどうしたの?」

 不思議そうに尋ねてくるけど、邪魔する気? ってオーラが出てませんか?

「私は克人兄様の所に行った帰りだけど、雅浩兄様こそどうしてここに? 中等部に用事?」

 すぐとなりまで近付いて聞いてみる。今朝は特に何にも言ってなかったし、なんで雅浩兄様がこんな場所にいたのか不思議だったのも本当だ。話題そらすのにもちょうどいいだろうと思っての質問に、雅浩兄様は苦笑いで私の頭をなでてから答えてくれた。

「彩香を探してたんだよ。今日は終わりの時間が同じくらいだったから一緒に帰りたくてね」

「本当? 一緒に帰ってくれるの?」

「うん。そのために探してたんだから」

「ありがとうっ。雅浩兄様大好きっ」

 嬉しいのも本当だけど毒気抜きも兼ねて抱きついたら、魔人オーラが消えていつもの優しい雅浩兄様に戻ってくれた。

「じゃあ帰ろうか。彩香、荷物はこれだけ?」

「うん」

「持ってあげるから拾わなくていよ」

 抱きつく時投げ捨てた鞄を拾ってくれた後、ちらりとへたり込んでる二人に視線を送る。

「そうだ、この人達は知り合い?」

「永沢さんと飯泉いずみさん? 同じクラスの人だけど?」

「永沢さんに飯泉さん、ね。これからも彩香と仲良くしてくれると嬉しいな。よろしくね?」

 ちょ今すんごい冷気がてかこの状況でそれ露骨な脅しですね名前覚えたぞ覚悟しとけや的なあれですね怖いです雅浩兄様魔人モード解除してお願い。

 とても素敵な笑顔の雅浩兄様に二人が真っ青になってうなずくのを見届けると、雅浩兄様は満足そうに笑って私をうながして歩き出す。

 ――怖かった。


 充分離れてから隣を歩く雅浩兄様を見上げる。

「雅浩兄様、ちょっとやり過ぎ」

「彩香の事だよ? 君が怒らなくてどうするの」

「言わせておけばいいんだよ。ああいうタイプはさえずることしかできないんだから」

 さらっと言い捨てると雅浩兄様は不満そうなため息をつく。

「どうしてそんな大人びた事を言うかな。傷付かないわけじゃない癖に」

 中身が三十路だから子供の戯言くらいぬるいんだけどね。さすがにこれは言えないし、なによりも。

「雅浩兄様が怒ってくれたからいいの」

「……え?」

「私の分まで――ううん、それ以上に雅浩兄様が怒ってくれたのが嬉しかったから、いいの。私は大丈夫だよ」

 前世? では家族と縁が薄かった私にとって、当然のように守ってくれる人がいるのはすごく幸せな事に思える。

「雅浩兄様が――篠井の両親も、克人兄様も早苗姉様も久我城の小父様と小母様も、みんな私の事大切にしてくれるから。雅浩兄様達がいてくれたらそれで充分なの」

 本当幸せ者だよなぁ、なんてかみしめてたからだろう。隣を歩く雅浩兄様が嬉しいようなさびしいような、複雑な表情でため息をついた事に気がつかなかったのは。


――――――――


 夏休みに入ると、私は学園にほとんど用事がない。部活や委員会があれば別なんだけど、今年は兄様達にまとわりつく予定なので参加してないんだ。そして、その空き時間で兄様達が登校するときはもれなくついて行った。二人は生徒会役員だからサマーフェスティバルにむけて週に二〜四回登校するからね。

 たぶん、何割かはヒロインさんとの約束だったんだろうけど、けっこう防げたと思う。何度か鉢合わせしてすんごい目で睨まれたし。でも子供の凄みなんて怖くないですよっと。

 ちなみに用もないのに兄様達について登校する理由は、家に一人でいるのがさみしいから、と言い張った。篠井の両親は二人とも仕事をしてて忙しいから昼間は留守なのも助かった。……ただ、去年まではしれっと家でだらだらしてたから不自然だったらしく、家族にまで不審な目で見られてますけどね。雅浩兄様には本気で友達いるか心配されてるみたいだし、ブラコン疑惑にぼっち疑惑まで追加されました……。心配しなくてもちゃんと友達いるからね? いじめられてもないから先生に相談しなくていいからね? 話聞いて心配した担任に呼び出されるとか迷惑だから!


 そんなこんなで私個人の評価ががた落ちしている以外には特に大きな問題もなく、勉強と各種習い事に精を出している間に夏休みもほとんどが消化された。

 ただ、気になるのは二人ともだいぶヒロインさんに攻略されつつある事なんだ。大きいイベントは潰してるんだけど、細かいものまではなかなか阻止できないし……。最近では、友達と約束があるから、と追い払われる事も増えてきた。

 困ったなぁ、と思っていたら、篠井の両親も何か思う所があったらしく夕飯の席で話題にされた。――私もいるけどいいの?

「雅浩は最近学園が忙しいのか?」

「それほどではないけど、急にどうして?」

 そんな会話から、最近雅浩兄様が各種習い事を休む事が増えたとか、帰りが遅くなってるとか、ちまちまつつかれてる。女子高生じゃあるまいし、とは思ったけどこれで篠井の両親が厳しくなってくれたら私も助かるから黙ってご飯を食べてる事にした。貝になろう。

「そんな細かい事まで言われるとは思わなかったかな」

「義務を果たしていれば言うつもりはなかったがな。成績も下がったろう。何をしてるのか確かめたくもなる」

 正論です、篠井の父様。恋って盲目らしいよね。克人兄様も他の皆さんも、役目やら勉強やらおろそかにし始めてる――というか、ヒロインに攻略されればそれだけ他がおろそかになるってどんな呪い? ヒロインさんも本当に相手を思うならそこは注意しようよ……。まわりから反感かって敵増やすだけだから。もっと頭使わないと。

 まぁ、だから私はあのヒロインさんは逆ハーレム楽しみたいだけの馬鹿だと思ってるけど。中等部の私にも耳に入るくらいにはヒロインさん影で凄まじく悪口言われてる。なんで雅浩兄様達の耳にはまったくはいらないのか不思議でならない。――まさかの乙女ゲーム補正?

「それに……。彩香さんとの約束まで反故にしたそうね? それだけ大切なお友達なら家に呼んで私達にも紹介して?」

 あれ、まさかの篠井の母様参戦? 笑顔だけど暗に恋人できたなら紹介しろ、そうできない程度の相手なら家族をないがしろにするなって言ってない……?

「……それは」

 うん、雅浩兄様旗色悪し。苦った顔にもなるだろう。確かに篠井の両親は雅浩兄様が本当に好きになった相手なら家柄とかうるさい事は言わないだろうけど、本家の跡取りである以上、分家からも認めてもらえないと厳しい。そして、私が本家預かりになることですらもめたくらいだ。ヒロインさんがすんなり認めてもらえるとは思えない。

 そうでなくともお家訪問したら逆ハーレムルート脱線してその人攻略ルートになっちゃうもんね。ヒロインさんがうなずくわけがない。

 てか、食事中にご飯が美味しくない話題よくないよ。せっかくの篠井の母様お手製ビーフシチューの味がわからない。

「彩香さんがうちの養子にならないのに賛成した時、雅浩さんは自分が彩香さんを誰より大切に守るから篠井の籍で守らなくても平気だって、そう言ったわよね? その約束を反故にする覚悟なのかしら?」

 篠井の母様怖い笑顔の裏で激怒ですかブリザードどころでない騒ぎとか勘弁私無関係助けて席立ちたいーっ。

 なるほど、雅浩兄様の魔人モードの源流は篠井の母様だったんだね。初めて知った。知りたくなかったけど。

 というか、あの時雅浩兄様と克人兄様が口添えしてくれたのは知ってたけど、そんな約束してくれてたとは知らなかったな。

「そういうつもりじゃ……」

「ならどんなつもりなの? あの日、彩香さんはそれはさみしそうにしていたわよ? 前から約束していたし、雅浩さんに来ていただくのだからって、たくさん練習した発表会だったのに?」

 ……いや、日舞の発表会はそこまで重大では……。確かにすごく気合い入れて練習したのは確かだけども。初めて目立つ位置で踊らせてもらえる事になって、見て欲しかったのも確かだけど。普段あれだけつきまとわれてたらたまにはと思うだろうし、たぶんあれ、ヒロインさんが怪我したか調子悪くなって倒れたか、そんなイベントとかぶったせいのはずだし。

 さすがになんかいたたまれないぞ。

「私は別にそんな気にしてないよ?」

「そう?」

「うん。どうせ私が小学生の間だけだと思ってたし」

 思ってた事を口にしたら部屋の空気が凍りつきました。……なぜ?

「彩香……。それはどういう意味でだ?」

「どうって……」

 篠井の父様の質問に目をまたたく。

「雅浩兄様も高等部になれば忙しくなるし、私の相手してくれるのはそれまでだろうなって思ってたから、別に。一生側になんて無理なの分かりきってたし、しかたないなって感じかなぁ」

「つまり、彩香さんは昔から雅浩さんが守ってくれるのは最初だけだと思っていたのね?」

「そういうとなんかすごく酷い人みたいだけど、でも、気まぐれでも短期間だけでも雅浩兄様にたくさん優しくしてもらって私すごく幸せだよ? だから、別に大切な人ができたらお終いでもかまわないし、それで雅浩兄様嫌いになったりしない。幸せなのは変わらないよ?」

 本当に私に充分すぎるほどよくしてくれたから、雅浩兄様に本当に好きな人ができて、その人が雅浩兄様だけを好きになってくれるなら私の事なんて放り出してくれてかまわない。今回は相手がなんだから反対するけど、その覚悟は最初からしてるんだ。雅浩兄様とはなれるのはさびしいし、たぶん辛くて切ないんだろうけどしかたのない事だ。そうでなくとも高校生くらいになれば妹の世話なんて面倒だというのはわかる。

 今のこの暖かい家族とずっと一緒にいたいけど、血が繋がっていないどころか本当は縁もゆかりもない私のために雅浩兄様達を振りまわすわけにはいかないんだから。

 ……って、あんま考えてると泣きそうだ。涙出てきたっ?!

 慌ててまばたきでにじんだ涙を誤魔化し、篠井の両親にむかって笑顔を作る。

「だから、私の事で雅浩兄様を責めないで?」

 私のお願いに篠井の両親はそろって深々とため息をついた。

「……彩香さんがそういうなら、今日はこの辺にしておきましょうか」

「ただ、雅浩はもう少し自分の立場をわきまえて行動するように。いいな?」

「はい。……ごめんね、彩香」

 なんだか神妙な顔になってしまった雅浩兄様に謝られて首をかしげる。

「雅浩兄様が謝るような事、なんにもないよ?」

「うん。でも、ごめん。ありがとうね」

 ……意味がわかりません、雅浩兄様。


 その後、なんだか悩む風情の事が増えた雅浩兄様にヒロインさんの素行調査を進めたのは、もちろん、逆ハーレム女の本性が素行調査で暴露されて欲しかったからに決まってます。


 次のおっきなイベントはサマーフェスティバル関連の流れかぁ。続いて文化祭、定期テスト、クリスマス、年末年始、バレンタイン、克人兄様の卒業パーティ……。

 …………先は長いなぁ。どんどんブラコンとぼっちの疑惑が酷くなるんだろうな……。

 ………………。

 ま、負けるもんかぁっっ!

お読みいただきありがとうございます♪

今回ものりに任せてやらかしましたw

 お楽しみいただければ幸いです♪

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― 新着の感想 ―
[一言] 前作がとっても面白かったので、今回物語の前半部分が詳しく書かれていて嬉しかったです。 反面、少し中途半端に終わっている気がしました。話のまとめかたは前作の方が上だと思います。 できるなら…
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