第四章 伍(過去)
死ぬしか、なかった。
もう限界だった。いや、限界なんてとうの昔に超えていた。
怖かった。
辛かった。
痛かった。
苦しかった。
希望なんてない。ある訳がない。同級生を助けたらイジメの標的にされて、担任教師に相談されたら拒絶されて、誰も頼りにできなくて、家族には心配かけたくなくて――
自分は、一体どうすればいい?
一刻も早く、楽になりたかった。
何度も、自殺を考えた。
イジメは継続中。相変わらず、教室には敵しかいない。イジメ行為は等比級数的に冷酷さ、狡猾さを増していく。人の悪意に限りなどない。教室に入りたくない。あそこは、地獄だ。皆が怖い。全てから顔を俯けて、必死の想いで一日をすごす。一日を、乗り切る。
学校から出れば、取りあえずは安心できる。家や、バイト先の『風車』には、敵なんていない。おばあちゃんもおじいちゃんも香織さんも、皆いい人ばかり。
だけど――本心を、明かす訳にはいかない。
迷惑になりたくない。
だから、ことさらに明るく振る舞う。学校でのマイナス分を補填するべく、たくさん喋って、たくさん笑って。
本当は、助けてもらいたい。救ってもらいたい。だけど、自分の問題に『風車』の皆を巻き込みたくない。それは、家族に対してもそう。お母さんも、海人も、自分の問題で心配をかけたくない。大切に思うからこそ、余計にそう思う。
だけど……だったら……どうすればいい?
辛い、怖い、逃げたい、死にたい。
だけど、皆には知られたくない、心配かけたくない、悲しませたくないでは――八方塞がりだ。
自分が死んで、全てを終わりにすれば――全てから、解放される。分かりきっていることだ。
だけど、残された人々はどうなる?
お母さんは、海人は、『風車』の皆はどうなる? 自分が死んだことで、悲しみ、悔しむに違いない。父親が溺死しただけでも、母親は相当に憔悴していたのだ。幼心に、自分はそのことにひどいショックを受けて――もう、二度と同じ悲劇は繰り返したくない。
だけど、だったら――
いや――
ならば、自分の死が自殺だと気付かれなければいいのではないだろうか? あたかも事故死したかのように見せかければ――ある程度は、死のショックも薄らぐというものだろう。そうだ。そうなのだ。もうこれ以上は耐えられない。自分はもう充分に頑張った。これ以上は、もう耐えられない。だったら、この辺りで幕を引いたって、誰も文句は言わないだろう。後は、いかに自然に、かつ周りに被害が出ないように死ぬか、であって……。
例えば、屋上のフェンスを破壊して、そこから落ちるだとか。
例えば、岬の柵を破壊して、そこから落ちるだとか。
例えば、自転車のブレーキを切断して、国道に突っ込むとか。
方法は無数にある。方法は――死に方は――無限にある。
全てがうまくいくとは限らない。多分、何度かは失敗するんだろう。だけど――期待は、希望は無限大だ。やっと、光が見えてきた。逃げ道は、あったんだ。だったら、後はそれを煮詰めていくだけ。
机に向かい、未使用のノートを開く。計画は慎重に行う必要がある。周りに気取られてはいけないし、それ以前に、自分以外の被害者を出してはならない。あらゆる可能性を考えながら、自分の死を、逃げ道を、希望を――ノートに書き記していく。
久しぶりに、前向きになれそうな気がしていた。