表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/27

第四章 参(現在)

 火が、消えた。


『風車』から譲り受けたストーブは想像以上の年代物で、初めはスイッチの入れ方すら分からない程だった。だけど、これだけの旧式なら――きっと、うまくいく。

 今度こそ。

 今度こそ――成功させる。

 自信は確信に変わり、マイナスベクトルの行動へと奮い立てる。今度こそ、自分は死ねる筈だった。密室内における、ストーブの不完全燃焼における一酸化炭素中毒――これほど、自然で、成功率が高くて、かつ他に被害の及ぶ危険性の低いやり方があるだろうか? いや、ない。最後の切り札として今まで温存していたのだけど……こんなことなら、最初からこの方法を選んでおけばよかった。下手に下手な方法ばかり選ぶものだから、今まで失敗続きだったのだ。

 何が、いけなかったんだろう。

 屋上から飛び降りようとすれば、海人に邪魔される。機会を窺って屋上のフェンスに細工をすれば、その屋上に落書きをされて立ち入り禁止になる。岬の柵に細工をすれば、海人が引っ掛かる。自転車のブレーキを壊せば、またしても海人に邪魔されて――全く、自分はとことん運がないらしい。自殺のための方策で、大事な弟を危険な目に遭わせるなんて――軽傷で済んでいるからいいようなものの、これで海人にもしものことがあったら……いよいよ、自分は生きていけなくなる。自殺を覚悟した人間が何を言ってるんだ、という話ではあるのだけれど。

 しかし、あの子はあそこまでドジだっただろうか……? あそこまで、間の悪い子だっただろうか。年の割にはしっかりしてて、姉から見ても手のかからない子だと思ってたのは、自分の買いかぶりだったのだろうか? 心配に思う反面、苛つきを覚えるのも確かで。……あの子が余計なことさえしなければ、自分はとっくに楽になれていたのに――。

 そして不安要素がもう一つ。『風車』に宿泊している、大和という男――全国を旅しているという、得体の知れない人間である。言葉遣いは丁寧で、物腰は柔らかだけど……とにかく、何を考えているか分からない。連日の騒動で、何かを感じ取っている節もある。さすがに、事の真相を看破することなどできないだろうけど……用心するに越したことはない。急がなくては。

 

 今日は学校を早引きしてきた。できることなら、あんな場所には一秒だっていたくない。周りには敵しかいないのだ。

 怖い。

 怖くて仕方ない。

 身に纏う空気が重い。それに比例するように、吐く息まで重くなる。苦痛と恐怖で気が狂いそうだ。

 逃げないと。

 逃げないと。

 逃げないと。

 逃げ道は確保してある。後は、その方法だ。自分が自分の意思で逃げたと――自死したと、周囲に悟られないように、姿を消す。いくつもの案をノートに書き出し、夜も寝ないで頭を捻って――だけど、実行に移すのは思った以上に困難で。

 何もかもが、うまくいかない。

 何故これほどまでに、世界は意地が悪いのか。

 運もない。

 味方もいない。


 笑いたくなるほど――一人だ。


 でも、それももうすぐ終わり。終わるのだ。目詰まりしたストーブは不完全燃焼を始めている。確認することはできないけど、すでに一酸化炭素を排出しているのだろう。本当は、ガムテープで目張りをしたいところだけど、そんなことをしたら事故でなくなってしまう。本末転倒だ。ここは大人しくベッドで寝ておくのが得策というものだろう。

 ……何だか、下が騒がしい。そろそろ海人が帰ってくる時間帯だけど――もしかしたら、友達でも連れてきたのかもしれない。最後まで間の悪い子だ。これでまた邪魔されたら、どうしよう。玄関先にメモを残しておいたから、部屋に来ることはないと思うのだけど……。

 後ろ向きな考えを振り払い、ベッドに潜り込む。恐らく、もう目覚めることはないのだろう。

 これで、ようやく、終わるのだ。

 不思議と、怖くなかった。

 当たり前だ。今の自分にとっては、生きていくことの方が怖い。これで二度とイジメに遭わないで済む。そう考えるだけで、ひどく気が楽になった。

 何だかずいぶんと久しぶりに――安らかに、眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ