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第三章 弐(過去)

「……何見てるんですか、さっきから」

 別に気にしなければいいのだけど、思わず声をかけてしまう。

「へへ、見たいか?」

「あ、別にいいです」

「なんだよー。聞いた矢先に矛先を引っ込めるなよー」

 普段は男らしく、頼りになる先輩なのに、この話題になると途端に腑抜けのようになってしまう。ちなみに、ここでいう『この話題』というのは、もちろん――

「見ろよー。先月、洋子の誕生日だったんだけどさ、写真屋に行って、特別に撮影してもらったんだ。カワイイぞー? どのくらいカワイイと思う? ちょっと想像してみろ。想像したか? いや、今お前が想像した十倍はカワイイ! 見ろよ、この姿。妖精みたいだろ? 衣装は他にも色々あったんだけどな? アイドル風とか、着物とか、何と水着まであったんだけどさ。やっぱ洋子のイメージからしたら妖精だろってことで、最終的に俺が選んだんだ。まあ、つっても洋子だったら何着ても似合うって話なんだけどさ。いや、これは親の贔屓目じゃなくてな? 客観的に見てもカワイイものはカワイイんだからしょうがないよな! だからさ、正直言えば、俺は全パターンの衣装で撮影してほしかったんだけどさ、ひろみの奴が、『そんなことしたらいくらかかると思ってるの!』って、また怒るんだよ。んなこと言ったって、洋子の四歳の誕生日は今日しかねえんだぞ! って、俺もよっぽど言い返そうと思ったんだけどサ、まあ、冷静に考えたらアイツの方が正しいと思って泣く泣く引き下がったんだけど――って、おい、聞いてるか?」

「あ、はい。『先月、洋子の誕生日だったんだけどさ』までは聞いてました」

「冒頭じゃねーかよー。導入部分だ、導入。その後の俺の一分間スピーチをどうしてくれる!」

「……あー、でも、その話聞くの、三回目なんで」

「何度でも聞けよー。俺の話より、俺の洋子より、お前は何を優先するってんだっ!」

「仕事です。……あの、今、勤務中なんで」

「仕事、仕事、仕事、か! お前は企業戦士か! 過労死確定か! あのな、こんな平和な町の交番に勤務してて、何をそんなに働くことがあるってんだよ!」

「駅前で車上荒らしがあったばかりじゃないですか。一昨日潮見峠であった当て逃げ事件もあるし、あと、笠原マートでの万引きと、二丁目であった下着ドロの報告書も仕上げないと――他にもやることは山ほどあるし――正直、娘さんの写真眺めてデレデレしてる時間はないと思うんですけど」

「でな、先週幼稚園でお遊戯会があったんだけどさ、その時の洋子がまた、別世界みたいにカワイくてな?」

「あ、無視ですか。別にいいですけど。とりあえず俺は忙しいんで、仕事の邪魔しないでください」

「待ーてーよー。そう、むくれるなよ。思春期かお前は。俺だって仕事はちゃんとするよ。今はちょっとしたリフレッシュタイムじゃねえか。仕事の合間に、先輩と軽くコミュニケーションとるのも大事なことだぞ?」

「『ちょっと』や『軽く』だったら、俺はいつでも付き合いますけどね。先輩の場合、『ちょっと』で済んだ試しがないじゃないですか」

「つれないなー。ひろみと言い、椎名のおばちゃんと言い、俺の周りにいる人間は、なんでこうつれない人間ばっかなんだよ!」

「ボケにはツッコミが必要不可欠ですからね」

「あ、そうそう。先週非番の時にな――」

「自分に都合の悪いことは聞こえないんですか。便利ですね」

「お前、これ見てみろ」

 と言い、先輩は制服から黒い手帳を取り出す。

「あ、警察手帳ですか。奇遇ですね。俺も持ってます」

「違う違う。手帳なんかじゃなくて……これだ!」

 しばらく胸ポケットを探っていた先輩、にわかに目を輝かせ、何やら紐状の物体を取り出す。

「見ろコレ! すげーだろ! 洋子が紙粘土で作ってくれたんだ!」

 それは、ペンダントだった。

 直径三センチほどのヘッド部分は、なるほど、確かに手作り感に溢れていて――問題は、その粘土細工が何をモチーフにしているか、なのだけど……

「……ヒトデ、ですか」

「はい、チョーップっ!」

 先輩の手刀が首筋を襲う。痛い。

「へえ、職場内暴力ですか。唐突ですね、何もかも。何なら、表に出ますか? こう見えても俺、空手の有段者ですよ?」

「そう怒るなよー。お前は、冷静なくせに気が短いのが玉に疵だよな」

「ご忠告ありがとうございます。今のチョップの理由を説明して頂けると、なお有り難いんですが」

「いや、俺も洋子にこのペンダント貰った時に、同じこと言っちゃったんだよ。『ヒトデか?』って。そしたらアイツ、全力のチョップを繰り出してきやがってさ――まあ、そんなの全然痛くなかったんだけど――これを見て『ヒトデ』って勘違いする奴ァ、もれなくチョップを喰らう運命にあるんだよ」

「そんな運命、自分のところで断ち切ってください。洋子ちゃんのチョップと先輩のそれとじゃ、殺傷力が全然違うんですから」

「で、だ。これ、何に見える?」

「また無視ですか……。先輩のチョップに対して、『破壊力』ではなく、『殺傷力』と表現した行間を読んでほしいところなんですが」

「ヒント、『ヒトデ』ではありません」

「なるほど、正常なレスポンスを期待するのは無駄のようですね。ヒントを自称する割に情報量ゼロですし。……しかし……ヒトデでないとするならば……星、ですか?」

 仏頂面の先輩、無言で親指を突き出してくる。突き出された指は、かけていた眼鏡にべったりと指紋を残して。

「……そういう、地味で嫌らしいペナルティはやめてもらっていいですか。正直、カチンときました。先輩が先輩じゃなかったら、半殺しにしているところです」

「ヒントその二。うちの家族と仲が良くて、お前もよく知っている店に関係している」

 何てマイペースな人だろう。マイペース・オブ・ザ・イヤーとして県警の方から表彰されないかな。口に出すのは無意味だと分かったので、心の中でそんな下らないことを考える。

 ……にしても、この形状で――五つの突起が、ほぼ均等に、三角形の形で突き出ている――先輩と仲がいい店と言えば……。

 そこまで考えて、一つの天啓が頭に舞い降りた。奇跡と言ってもいい。


「――『風車(かざぐるま)』、ですか――」


「正解! やっぱり、新畑(あらはた)は頭がいいなぁー。俺なんて、洋子に言われるまで気が付かなかったってのに……」

 父親でも分からないものを、赤の他人に解かせないでほしい。

「これな、あの民宿の名前をモチーフにして作られたんだけどさ、これがビックリ! 何と、ロケットペンダントになってるんだよ! ……まあ、この仕掛けは、器用なひろみが作ってくれたんだけど……でもさ、ほら、見ろよコレ! この部分を開くと、洋子の写真が入ってんだよ! 凄くねえ!? これがあれば、どんな仕事も頑張れるってもんだよな!」

「だったら、精一杯頑張ってくださいよ。とりあえず、今目の前にある仕事を、ね」

「写真って言えばさー、まだあるんだよ! 殺人級にカワイイ写真が!」

 なおも熱心に語る先輩を横目に、軽く溜息を吐く。こうなると、この人はしばらく止められないことが分かっているからだ。

 正義感が強く、真っ直ぐな性格で人望に厚く、基本的に仕事熱心で、普段は本当に尊敬するべき先輩なのだけど――四年前に娘が出来てからというもの、毎日がこんな状態だ。自分の子供を愛するのは素晴らしいことだし、あまり子供が得意でない自分から見ても、先輩の愛娘は『カワイイ』子だとは思うのだけど――

 問題は、この子供自慢が長女だけにとどまらない、という点にあって。

「……なるほど。で、さっきから洋子ちゃんの話ばっかですけど、海人くんはどうなんですか?」

『海人』というのは、数ヶ月前に生まれた先輩の息子で、『洋子ちゃん』の弟にあたる。当然のことながら、先輩はこの子のことも溺愛している。

「――よく聞いてくれた。よく聞いてくれたな。お前はアレだな。心の友だな。そう! この海人がまた、スゴイんだよ!」

 できれば、聞きたくない。長くなるのは目に見えている。だけど、遅かれ早かれ、息子の話題に移るのは分かっているのだ。だったら、さっさと話題を移して、少しでも早く話を切り上げてもらうのが賢明というものだろう。

「アイツ、まだ四ヶ月なんだけどさ。こっちの喋ってることが分かるみたいなんだよ! 信じられるか!? まだ四ヶ月なんだぜ? 天才だよ、天才。もうちょっとしたら、しゃべり出すんじゃねーかな。こりゃ、将来はノーベル賞確実だな――」

 先輩の話はまだまだ続く。ちなみにこの話を聞くのは、もう五回目だ。

 ――こりゃ、今日も仕事にならないな……。

 本当は――本当に、真面目で仕事熱心な人なんだけど……。全く、子煩悩もほどほどにした方がいい。もっとも、仕事ばかりで家庭を顧みないよりは、まだ健全な気もするけど。

 先輩の話を聞き流しながら、書類仕事に戻る。何の変哲もない、平凡で平坦――そして、平和な昼下がりだった。

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