第二章 泗(過去)
真っ暗だ。
最近、悪い夢ばかり見る。
誰かを殺す夢。
誰かに殺される夢。
誰かを傷つける夢。
みんなに傷つけられる夢。
みんなに、いじめられる夢。
……これでは、現実と何も変わらないじゃないか。
夢だけは、安心できる場所だったのに。安全で安心で安定で安寧で――安らかに呼吸ができる、唯一の場所だったのに。それすら失ってしまった。何だか、一つ一つ、逃げ場所を奪われていく気がする。逃げ場所を失って、徐々に僕を追い詰めて――それで、誰が得をするというのか。
悪意は姿を見せない。
何故――こんなことになってしまったんだろう。
僕が何か、悪いことをしたんだろうか。意味が分からない。意味が分からないから、不安で、怖くて――腹立たしい。
みんな、死ねばいいと思う。
ずっとずっと考え続けて、分かったことが一つ。僕をいじめることに、大した理由なんてないってこと。要は、遊びなんだ。僕のことなんか、不満とか、いらつきとか、そういう色んなモノをぶつけるためのオモチャとしか思ってないんだ。
だとしたら、僕は何のために生きているんだろう?
僕は、何のために生まれてきたんだろう?
分からない。考えても考えても分からない。
自分で言うのも何だけど、僕は小さい時から大人しくて手のかからない『いい子』としてやってきた。親の言うことに逆らったことなんてなかったし、先生に対してもそうだ。テストだっていつもいい点だし、体育だって、特別苦手な訳じゃない。多分、僕は誰よりも頑張ってる。頑張れば、ほめてもらえるから。ほめて――もらえたから。
なのに、この仕打ちは何だろう。
頑張って頑張って頑張って――そのご褒美が、これか。
休み時間のたびにプロレス技かけられたり、後ろから急に背中叩かれたり、背中に『バカ』って書いてある紙張られたり、ベランダに出されて鍵かけられたり、ロッカーに閉じ込められたり、トイレの個室に閉じ込められて上から水かけられたり、登下校の時にみんなのランドセルを持たされたり、教科書隠されたり、靴隠されたり、水泳の時間にパンツ隠されたり、机に落書きされたり、顔に落書きされたり、女子のブルマが僕のランドセルから出てきたり――
痛い苦しい寒い冷たい辛い恥ずかしい情けない。地獄は広い。巡り尽くしたと思っても、次から次へと、新しい地獄が顔を出す。あいつら、バカなくせにこういうアイデアだけは次々に思いつくらしい。
きっと、人の悪意に底なんてないんだ。
いつだったか、江戸時代や中世ヨーロッパの拷問方法ばかりを集めた本を読んだことがある。熱した針を爪の間に刺したり、生きたまま股を裂いたり、串刺しにしたり――僕なんかじゃ想像もできないぐらいに、残酷で非道な拷問の数々が、そこには載っていた。その時には『昔の人はひどいことを平気でできたんだなあ』なんて思ってたけど――きっと、時代が違っても、例えそれが小学生でも、根本は変わらないんだ。人は平気で人を傷つける。自分が痛くないなら、そして自分の身の安全が保証されているなら、何しても平気なんだ。そういう風に――できているんだ。
だけど。
何で。
何で僕が。
何で僕ばっかり。
何で僕ばっかりが、やられなければいけない。
苦しむべきは、あいつらの方なのに。
死ぬべきは、奴らの方なのに。
もう、どうしたらいいか分からない。
……一度、ちゃんと先生に相談した方がいいかもしれない。