第二章 参(現在)
――寒い。
峠をすぎる潮風が、頬を切る。この辺り、基本的に温暖で気温自体は高いのだけど、風が強いせいで体感温度はすこぶる低い。こんなことなら、上着を着てくればよかった。
震えながら、すでに決めてある場所を目指す。
バッグに入れておいた鉈を、取り出す。
滅多に人の通らない時間帯とは言え、絶対とは言い切れない。見られたら、言い逃れのしようがない。
危険防止のために設置された柵に近付く。その端の、もっとも崖の高度が高くなっている部分。すでに老朽化しているのか、強く押すすと、僅かに傾ぐ。もちろんその程度で折れてしまったりはしないのだけど――それも、今日で最後だ。
こんなこと、早く終わらせよう。
早く――そう、早く終わらせないと。
軽く溜息を吐き、覚悟を決める。
鉈を振り上げ、柵に振り下ろす。
がつっ、と乾いた音がして、軽い切れ目が入る。これでは足りない。二度――三度――何度も鉈を振り下ろし、柵の切れ目を大きくしていく。
――何を、しているんだろう。
北風に晒されて、弱気な自分が顔を出す。
こんなのは、ベストじゃないって分かってるのに。
こんなこと、しちゃいけないのに。
だけど……だったら……どうすればいい?
模範解答はどこにある?
誰か教えてほしい。正しい解答を教えて、導いてほしい。この状況を終わらせることができて、誰も悲しまない、誰も傷つかない結末があるのなら、自分は迷わずそちらを選ぶだろう。
だけど、そんなものは存在しない。
行くも地獄、帰るも地獄なら――いっそのこと、行くところまで行ってみようじゃないか。論理的じゃない、感情的ですらない答えに、自分で苦笑してしまう。
寒い中、鉈を振り回したせいで、指がかじかんでしまった。息を吹きかけ、激しく手をすり合わせる。切れ目は全体の五分の四程度になっている。これなら、軽く体重を預けたくらいで、呆気なく壊れてしまうだろう。もう充分だ。
鉈をバッグにしまい、その場を立ち去る。
取りあえず上手くいったのに――気分は、いっこうに晴れない。
当たり前だ。
この先に救いがないことなど、分かりきっているのだから。