禁句 ~『暑い』と言ってはいけません~
この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません!
あまりの暑さについうっかり書いてしまいました。
寒すぎるネタで、どうぞ涼んでいって下さい。
その日、つくば市にある気象庁気象研究所にて、奇妙な研究結果が発表された。
表題は「『暑い』という発言と体感温度の関連性」。
口で『暑い』と言うことと体感温度には明確な関連があり、間接的な電気代の増加など、影響事項を全て足し合わせれば数兆円規模の経済損失に繋がっているという。
その発表はネタとしてネットを中心に一時期話題となったが、国民にはあくまでネタとしてしか理解されず、やがて忘れ去られた。
しかし国の未来を憂う一部の政治家、研究者たちにより着々と研究が進められ、その二年後、とある刑法という形で彼らの努力は血しぶきのような大輪の花を咲かせることになる。
消費税大減税、戦後最大規模の経済対策などといった派手な政策発表が続く中、隠れるように公示されたその法律には、一部の弁護士などが警鐘を鳴らしたものの世間からは見向きもされず、いつの間にやら施行される運びとなっていた。
「『暑い』と言ったら罰金百万円」。通称AIB法。その年、日本は世界の法律史に黒い歴史を刻むことになる。
AIB法が施行された年の七月某日。東京。天気、快晴。予想最高気温35度。その日は、年最初の猛暑日を記録した日だった。
「あ~、暑い。暑くて暑くて死んでしまうぜ。ったくよ~」
アルバイトをしながら学生の頃から音楽活動を続けていた青年、啓介は汗でべっちゃりと濡れたタンクトップとハーフパンツといった出で立ちでフラフラと歩いていた。
彼が向かう先は、銀行。そこには、彼が血の滲むような過程を経てついに手にしたメジャーレーベルとの契約金が振り込まれているはずだった。
暑い暑いと連呼しつつも鼻歌まじりで最寄りの銀行の自動ドアを通過し、ATMで口座の額を確認する。
-16,589,273円。
「……は?」
啓介は自分の目を疑った。
彼にとっては少なくない金額が振り込まれているはずが、まさかのマイナス。
借金の引き落とし? いや、違う。彼はその派手な外見に似合わず倹約家であり、借金と名のつくものは友人や肉親相手ですらしたことはない。
「おいおいおい、機械の故障か何かかあ? くあ~っ! 契約金で念願のエアコン買おうと思ってたのについてね~!! くっそ! この暑いのに何てこった。腹立つ!! ああもう!! 暑い暑い暑い!!」
散々暑い暑い連呼した啓介は、いつの間にか自分の両腕が屈強な二人の男にホールドされていることに気づいた。
二人の男は共に2m近くはあろうかという背丈。毛皮の着ぐるみに身を包んではいるが、その上からでもなお筋骨隆々であることが腕や盛り上がった輪郭から伝わってくる。
「い、いきなり何すんだよあんたら! ……ってゆーか何で着ぐるみなんだよ!? 暑くないのか? いや、暑いよな!? この暑いのに何考えてんだ!? 頭わいてんのか?」
「……残念です」
二人のうち一人が、本当に心の底から残念そうに、呟いた。
「この銀行に入る前ならまだ、腎臓一つで済むはずでした」
もう一人が後を引き継ぐ。
「は? 残念? 腎臓? お、おいおい、何言ってんだよ。このクソ暑いのに勘弁してくれよ」
「……本当に、残念です。どうぞ、我々や国を恨んで下さい」
「いや、だから、残念って何だよ!? ちょ!? どこに連れて行く気だよ!? や、やめろ、やめてくれ!! うわあああああああああああああああっ」
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翌年、日本各地で幕末に大流行した「ええじゃないか運動」が、140年の時を経て再び異様な熱狂とともに復活した。
「(暑いと言っても)ええじゃないか! ええじゃないか!!」の大合唱と共に、AIB法は焼き捨てられ、国民は自由をその手に取り戻した。
しかし、そこに至るまでに失われた財産と命は、ついに戻ってくることはなかった。
(終)
寒くなっていただけたでしょうか?
毎日暑いですね。本当に頭がおかしくなってしまいそうです。
というか、おかしくなっています。
今の自分なら扇風機を嫁、エアコンを愛人と呼べます。
それでは、良い夏をお過ごし下さい。