その熱に溺れるほど近くに
R15…散々悩んでつけました。その程度です。
朦朧とした意識のなか、ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえてきた。
やがて扉が開き、背の高い男性が入ってきた。
「どうだ?」
「啓ちゃん!お帰りぃ。まだね、40度あるの。きてくれたんだぁ。嬉しい!」
今日、私は熱を出して会社を休んだ。
朝から頭がふわふわしていて、なんだか酔ってるみたい。
「高いな。」
相変わらずのぶっきらぼうな口調で、啓ちゃんは感想を言った。
「昼にね、解熱剤飲んで少し下がったんだよぉ。でもまた上がってきたみたい。」
「そうか。何か食べられそうか?」
大きく首を振るとクラクラするので、小さく「ううん」と横に振る。
「ダメェ。なんにも食べたくないもん。」
「なんだか今日は、ずいぶん甘えた喋り方だな。」
目を丸くして、啓ちゃんはベッドの脇に胡坐をかいた。
そして、カバンと一緒に持っていたコンビニの袋から、ポカリと冷えぴたを出し、私に渡してきた。
「これ、貼ってぇ。」
箱から一枚とって、啓ちゃんに渡す。
啓ちゃんはそれを受け取り、薄い透明なビニールをはがすと、立ち上がった。
前髪が邪魔にならないように、両手で持ち上げ目をつぶり、くるべき冷たさに備える。
ぴた。
触れたものは、予想に反して温かかった。
あれ〜?
冷えぴた温い。
目を開けると、そこには啓ちゃんのどアップ。
「熱いな。」
額から唇を離し、啓ちゃんは呟いた。
ただ額に唇で体温測定されただけなのに、やたらドキドキして体温が上昇した。
普段はもっと、あれやこれや致しているはずなのに。
死にそう…。
私を殺しかけたことにきづかず、啓ちゃんは冷えぴたをはった後、キッチンに去っていった。
胸が苦しい。
もっとそばに居てほしい。もっともっとそばに来てほしい。
「瑞希。」
「え?」
眠っちゃったんだ。
ベッドからは、キッチンが…啓ちゃんが見えなくて寂しくなっちゃったんだもん。
寝起き、恥ずかしい…
俯いていると、
「飯、食え。作ったから」道理で美味しそうなにおいがすると思った。
で、でも寝起き…
「寝起きの顔、恥ずかしいよぉ。」
力なく言うと、
「俺の方が恥ずかしいから平気だろ。」
何が?
と思い、顔を上げると、ピンクのフリフリエプロンをつけた啓ちゃんがいた。
「か、可愛い。」
「可愛いって言うな。」
怒ったような顔をして、ぶっきらぼうに言葉を放つ。
そして、お茶碗からスプーンでひと匙すくうと、私の目の前にぴたっと止めた。「卵がゆ。」
「『あ〜ん』って言って、啓ちゃん。」
啓ちゃんはたじろいで、固まった。
「『あ〜ん』って言って」
もう一度言うと、顔を赤くした。
「あ…」
言ってくれるのかと思って口を開けると、
「アホ!言えるか!」
と、口にスプーンを突っ込まれ、お茶碗を押しつけられた。
ぐすん。
病人なのに。
もそもそと卵がゆを食べてる私の横に、照れて赤い顔の啓ちゃんが座った。
ベッドがギシッと傾ぐ。
お互いに何も言わず、視線も合わさず。
でも、伝わってくる。啓ちゃんが心配してくれているのが。
ぶっきらぼうだけど、啓ちゃんは優しい。
今日だって忙しいはずなのに、こうして来てくれた。
当たり前のように、ご飯を作ってくれた。
私にふれて、熱を確かめてくれた。
「啓ちゃんは、ご飯は?」
啓ちゃんの背中に問いかける。
「お前が寝たら食べるよ」
「卵がゆ、全部食べれた。美味しかったよ。ごちそうさまでした。」
啓ちゃんが振り向いて、お茶碗とスプーンをその手に収めた。
「良かった。もう寝ろ。」
「起きたとき、啓ちゃん、居る?」
「居るよ。ずっとそばに居る。」
今度は絡み合ったままの視線に、しばし酔い痴れる。
「啓ちゃん。ありがと。」「ああ。」
啓ちゃんは、視線をそらすと立ち上がり、お茶碗とスプーンを流しへと運んだ。
そして水を注いだマグカップを持ってくると、
「薬。」
と言って枕元の薬を取り、薬の説明書を読んだ後、夜の分を出して手渡してくれた。
「ありがと。」
薬を飲んでしばらくすると、強烈な眠気が襲ってきた。
「啓ちゃん、眠いよ。」
「そばに居るから。」
耳元で、ぶっきらぼうな声が聞こえた。
「寝るまででいいの。手、握っててくれる?」
啓ちゃんは黙って私の手を取ると、唇に押しあてた。「ゆっくり休め。」
そして私は深い眠りについたのだった。
「気分爽快〜!!ん〜っ!!」
伸びをしようと両手を上げると、私の右手に何かぶらさがっていた。
「あれ?啓司来てくれたの?」
ぶらさがっていたのは啓司の左手だった。
ベッドにもたれた啓司のまぶたが、スーッと開いた。そして頭を上げ、私の視線を捉える。
「夕べのお前は誰だ。」
質問の意味が分からなくて、私は首をかしげた。
『お前』って事は、私だよね。私は誰?
「私でしょ。意味がわかんないんだけど。ちょっと。手、離してよ。熱下がったみたいだから、シャワー浴びてくる。汗臭いわ。」
ところが啓司は掴んでいた反対の手まで捕らえ、ベッドに押し倒し、私の動きを封じ込めた。
「やめて。」
「煽ったお前が悪い。一晩我慢したんだ、これくらい許せよ。体温、計ってやるよ。」
言い終わるより早く、唇を重ねてきた。
角度を変え、深く。
舌をねじ込み、熱さを探るように。何度も何度も。
夕べの熱がぶり返しそうなったとき、唇に距離を感じた。
「ここから先はお預け。」
「啓司のバカ!」
熱に応えようとした瞬間手のひらを返され、内に疼く炎が消える事もなく、私を駆け巡る。
「シャワー浴びて来いよ」
解放され、体は自由になる。
でも心は、さっきまでの炎に捉われたままだった。
シャワーを浴びて少しスッキリ。
考えてみたら病み上がり。激しい運動はダメだよね。パジャマに袖を通し、キッチンに通じるドアを開けると、ピンクのフリフリエプロンをつけた啓司の背中にぶつかった。
この背中…。
昨日の夜、私を勇気づけてくれた、愛しい背中。
熱で全てを忘れていたけど、一晩中支えてくれてたんだ。
エプロンをツンツンとひっぱり、
「啓司ごめん。夕べのこと全部忘れてた。今思いだしたよ。そのエプロン、可愛い。」
「だから、可愛いって言うな。」クルリと振り向き、そっと抱き寄せられた。
普段のぶっきらぼうからは想像もできないほど、優しく。
「昨日、俺が来たときから、お前、おかしかった。『啓ちゃん』って呼ばれた」
「うん。呼んだね。」
チラリと睨まれる。
「スイッチ入ったのに、お前熱高くて。」
「うん。」
何のスイッチかは聞かない。ある種のヤル気スイッチ。
「お前、誘ってるみたいにエロ顔で。」
「ナニ!?」
「目が潤んでて、頬が上気してて、すがり着くように甘えてきて、壊したくなる程可愛かった。」
「無性に甘えたかったなぁ、っていうの、覚えてる。甘えさせてくれてありがとう。」
そして啓司は、ギュッと強く抱き締めると、私の肩に顔をうずめた。
「早く治せよ。続き、しようぜ」
耳に触れるほどの至近距離で、熱く囁いた。
もっとそばに居てね。
もっともっとそばに来てね。
その熱に溺れるほど近くに。
読んでいただきまして、ありがとうございました。
二人はお預け状態がしばらく続くでしょう。
だって、絶対にうつってるもん。