九、Return
ユニバース号の機影が微かに見え始めてしばらくすると、やがてユニバース号の横にそれよりも数倍大きな軍艦が停泊しているのが見えた。
「軍艦だ。かなりデカイぞ。あれがメアリーのいう"お迎え"ってヤツなのか」
俺は、動かないセルリアンブルーの宇宙服に語り掛けた。
<えぇ、そう。あたしを迎えに来たのよ。博士は逮捕されちゃうけどね>
メアリーは淡々と喋った。
「テオ、間もなくボートハッチからレーザー誘導する。全ての装置を開放して誘導に備えてくれ」
「了解」
ボースンの指示を受けて、俺は全ての装置をフルオートにした。すると軽いショックの後、姿勢制御が抜群に安定し、スルスルと軍艦とユニバース号の狭い船の間をすり抜けてボートハッチへと入っていった。
ハッチには黒尽くめの宇宙服を着た男達数名が待機していて、ロボットアームに捕らえられてるセルリアンブルーの宇宙服を着たメアリーを解放して、もう一度メアリーを船外へと連れ戻していった。
「おい! ちょっと待てよっ! メアリーをどこへ連れて行く気だ!」
俺は宇宙服を動かそうとしたが、フルオートが解除できずにその場で、固定フックにつながれてしまった。
<テオ、あたしは大丈夫だから。もう逢えないかも知れないけど、心はつながってるから心配しないで>
メアリーからの言葉は、俺には空しく響いていた。
ボートハッチのドアが閉まり、ハッチ内が与圧されるまでの時間、俺は宇宙服の中でうな垂れ、憔悴し切っていた。
よたよたと歩きながらユニバース号の船内に戻ると、チョッサーやボースン、そしてコンシェルジュが迎えてくれた。
「良くやった」
「頑張ったな」
「お疲れ様」
しかし、俺の心は晴れなかった。
「腑に落ちない点は沢山あるだろうから、僕と一緒に船長室に来たまえ。全てはそこで分かるだろう」
チョッサーはニヤリと笑って、俺を船長室へと案内した。
キャプテンは、俺を来客用のソファに座らせてくれた。
「テオ君、ご苦労様だった。君の功績は大きいよ。わがユニバースカンパニーの誇りだよ」
キャプテンにそう言われても、俺は納得出来ていなかった。
「あの爺さん、ジョージ・ピアーズの本名は"セルゲイ・フォッサム"で、GSFの兵器開発部門、人造兵士開発課のプロフェッサーだったんだ。要するに、バイオロイド開発の最先端で働く第一人者だ」
チョッサーは静かに説明を始めた。
「そして、メアリー・ピアーズは彼の孫なんかじゃなくて、彼が極秘裏に制作した『パーフェクトバイオロジカルヒューマノイド』だ。もっとも彼の言葉では『ホムンクルス』と呼んでいたそうだが。完全なる人造人間なんだそうだ。現代の医学検査装置でも、彼女をバイオロイドだと判定することが難しいほど、精巧に出来ているらしい」
聞きかじりの知識を精一杯説明してくれたチョッサーだった。
「つまり、セルゲイは『人間』だということを言いたかったのだ」
キャプテンがボソリと付け加えた後、チョッサーが説明を続けた。
「セルゲイは、それを自慢したかった。そして、自分の造った娘と共に余生を暮らすつもりだったようだ」
キャプテンは身につまされる想いで言葉を搾り出していた。
「そんな訳だから、残念だがメアリーにはもう逢えない可能性が高い。しかし、君には残ったものがある。この経験だ。この経験を生かしてくれることを、私は希望しているよ」
そう言ってキャプテンは立ち上がり、俺に歩み寄って肩に手を掛けた。
俺は船長室を出て、自室へと戻った。
釈然としない思い。
ポッカリ空いた心のすき間。
そして、急に冷まされた恋。
俺は、気が抜けたショックでベッドに横たわった途端に、深い眠りに落ちたようだった。