八、Darkness Talking
<テオ、聞こえる?>
不意に、メアリーの声が聞こえてきた。
「あぁ、聞こえるよ」
俺は、ユニバース号に戻る道中を監視しながらメアリーに応えた。
<あのね、テオ。あなたに話があるの>
静かに語り掛けてくる、目の前のセルリアンブルーの宇宙服を俺は見つめた。
「どんな話?」
俺が答えてからしばらくの時間が過ぎてから、メアリーが口を開いた。
<あのお爺様はあたしの祖父じゃないし、あたしはお爺様の孫娘でもないの。ちなみにあたしは「博士」って呼ぶ方が自然なの>
俺は鼻で笑った。
「そのことは薄々気が付いていたよ」
俺の言葉にメアリーは冷静だった。
<そう。でも、あたしが人間じゃないって言ったら驚くわよね?>
メアリーの言葉に、俺はまた鼻で笑った。
「そんなこと、あるはずないじゃないか。どう見たって人間だろ?」
メアリーは俺の言葉を無視して喋った。
<あたしは人間じゃないの。テオは『バイオロイド』を知ってる?>
俺はピーンときた。
「ま、まさか。君がバイオロイドっていうのかい? それは違うぜ。俺の知っているバイオロイドは、人間の細胞を持ったロボットだ。メアリー、君のような受け応えが出来る代物じゃない」
メアリーの声が静かに響いた。
<バイオロイドにもいろいろあるのよ。あたしの制式名称は"PBH-〇〇一MARY"で、通称で"メアリー"って呼ばれているの>
「それは嘘だ。嘘に決まっている!」
俺は思ったままを口にした。それ無視してメアリーは喋り続けた。
<あたしは銀河宇宙軍"GSF"で作られたの。ただし、制式にではなく、博士の独断で、しかも極秘裏にね>
俺は黙って聞いていた。
<あたしは、生まれた時からこの姿よ。生まれた時からと言っても、まだ三ヵ月だけど。だから、幼い記憶なんて無いわ>
メアリーの言葉に、俺は背筋が寒くなってきた。
「それはどういうことなんだ?」
俺は恐る恐るメアリーに訊いた。
<あたしはこの"カタチ"で作られたのよ、博士によってね。人間と同じような、人間と違いがない、だけど人間とは違う何か。それがあたしなの>
「それは、ロボットとかアンドロイドとかの機械でもない、バイオロイドとかの生物でもない、ってことか?」
俺は自分が何を言っているのか、自分でも分からなくなっていた。
<そうね。バイオロイドの生物的要素がほとんどだけど、一部を化学的要素に置き換えている部分もあるわ。『ケミカロイド』と言ってもいいわね。博士は『ホムンクルス』とあたしのことを呼んでいたけど>
メアリーの言葉は、既に俺の知識の限界を超えていた。
<だから、あたしは『無』から生まれたのと同じ。『闇』からと言い換えてもいいわ。そう、漆黒の暗闇。まるで今、突き進んでいる暗黒宇宙からあたしは生まれたのよ>
「俺は、漆黒の宇宙空間をメアリーの居るところまでぶっ飛んできた。あの真っ黒な世界が、メアリーの故郷なのか?」
<うふふ。そうね、そうかもしれない。テオもあたしに同期したのかしら。それが理解できるなんて>
メアリーの弾んだ声が、俺には嬉しかった。
<間もなくユニバース号とC・F・バーリントンに到着するわ>
メアリーが沈着な声で言った。
「ユニバース号は分かるけど、C・F・バーリントンってのは、あの噂の新造軍艦のことか?」
俺は、軍艦がいることにも驚いたが、それが分かったメアリーにも驚いていた。
<えぇ、あたしを迎えにね>
それを聞いて、俺は少し悲しくなった。
「さよなら、か」
俺は言うでもなく呟いてしまった。だが、俺の呟きにメアリーが反応することはなかった。
「テオ、聞こえるか? こちら、ユニバース号だ。間もなく君の有視界に入ってくるだろう。確認してくれ」
チョッサーからの連絡で、俺はやっと現実に戻ったような気がした。