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DSWB  作者: 檀敬
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五、Emergency

 俺は、その場でパーサーに自室での謹慎を言い渡され、大人しく自分のベッドに横になって二時間ほどが経過した時だった。突然、船体が軋み、振るえて、振動が止むまでにかなりの時間を要した。

≪エマージンシー・アラート。非常ブレーキ発動。船体は緊急停止しました。応急措置を発令≫

 俺は船が停まったことを理解した。これはただ事ではないと直感した。

 すぐに機関室へと走った。機関室は上へ下への大騒ぎだった。何しろ、急にDSエンジンが止まったのだ。チャンバーで発生させたエネルギーウェーブのセーブに、機器類はオーバーヒートし掛けていたのだ。

「テオ、手伝ってくれ! 冷却関係を全てフルオープンにしてくれ!」

「アイアイサー!」

 俺は、返事もそこそこに補機類の操作パネルへと走った。そして、ラジエターバルブを全開にし、ラジエータパネルの船体外展開をブリッジに連絡した。

「ブリッジの機関長、ラジエターパネルの展開を許可してください。船内の余熱を排除します」

 俺の声に反応したのは、チョッサーだった。

「テオ、いいところに連絡をくれた。ラジエターの件は機関長に任せておけ。ちょっと訊きたいのだが、君はEVAの経験があったよな?」

 俺はキツネにつままれた質問に、素直に答えた。

「えぇ、昨年、デブリ衝突での船外修理を行いましたが、それが何か?」

 チョッサーの、誇らしげな含み笑いが聞こえた。

「テオ、機関室のことは甲板部のクォーターマスターやセーラーに応援に行かせる。だから大至急、ボートハッチまで来てくれ。今すぐだ、いいな」

 そう言い切るとブリッジとの連絡が途切れた。俺は仕方なくボートハッチまで急いだのだった。


 ボートハッチには、キャプテンを始め、チョッサー、機関長、パーサー、コンシェルジュ、そしてマネージャーも同席していた。

 キャプテンが俺に向ってゆっくりと話し始めた。

「テオ君、実はな、乗客のメアリーさんが簡易宇宙服で船外に飛び出したらしいんだ」

 俺は、キャプテンのその言葉に頭が真っ白になった。

「それで、アラートが鳴って船が緊急停止したという訳なんだ」

 チョッサーは静かに説明した後、コンシェルジュが更に説明した。

「アラート発生の前に、ピアーズさんが私のデスクにおいでになって『メアリーが見当たらない』と言い出されて、ハウスキーパーとスチュワーデスと一緒に探していた最中だったの」

 再び、チョッサーが付け加えた。

「船体計測等を行った結果、第二ブリッジ後方の左舷側のエアロックが非常時解放になっていて、船体重量も丁度メアリーさんと簡易宇宙服の分だけが減少しているんだ」

 俺は、どうしてここに呼ばれたのかが、はっきり分かってきた。

 その時に妙に感情的な言葉が差し挟まれた。

「あなたのせいよ。責任を取りなさい!」

 自分は一切関知していないような口ぶりで、パーサーは俺に詰め寄った。

「俺が何をしたっていうんだよ!」

 俺はパーサーに言い返した。

「あなたのせいよ、こんな事態を招いたのは!」

 パーサーはそれでも俺に詰め寄った。

 詰め寄ろうとするパーサーを、チョッサーとコンシェルジュが止めた。

「そんなことを言い争っている場合じゃないだろう」

「そうよ、パーサーも冷静になって」

 落ち着き払ったキャプテンが静かに言い切った。

「どちらにせよ、レスキューが必要だ。それもEVAに慣れた者でなければ」

 そう言ってキャプテンは、俺を見た。

「テオ君、重要な任務だ。頼むぞ」

 俺はもう言い返せなくなった。キャプテンにそうまで言われれば、それに従う他はない。

「分かりました」

 俺はそう言って、チョッサーと打ち合わせに入った。


「エマージンシーレスキューの装備だ」

 そう言ってチョッサーが見せてくれた装備品は、一Gで計測すると総量三百キログラムの装備だった。

 コズミックレイを避けるため、更に外銀河の高エネルギー放射線を避けるための宇宙服は完全シールド型のハードメタルタイプだ。それだけで百二十キログラムを越えている。それにMMUが百キログラム、救助用の予備生命維持装置や牽引装置などが八十キログラムと恐ろしいほどの重量だ。

 だが、宇宙空間ではそれがゼロになる。宇宙服以外をどこで装着するかというと船外なのだ。

 まず、ハードメタルタイプの宇宙服は気圧の変更なしに着用可能だが、それでも装置の確認と装着だけで一時間以上を要した。そして船外へ出て、MMUを装備するのに一時間、エマージェンシーの類を装備するのに一時間。

 いい加減に嫌になるぜ。

「こんなに時間を掛けて大丈夫なのか? メアリーは簡易宇宙服なんだろ?」

 俺はチョッサーに素朴な疑問をぶつけてみた。

「たぶん、おそらく大丈夫なはずだ、僕の予想では。心配するな。恋人のために頑張れ!」

 チョッサーが変な励ましをするので、俺は顔を赤くしてしまった。

「では、必ず発見して帰ってくれ」

 無常なキャプテンの言葉が、俺のヘルメットの中に響いた。

「既にメアリーの位置は本船の甲板部で特定している。そこに向ってMMUが自動運行プログラムで連れて行ってくれるから、大丈夫だ。心配するな」とチョッサー。

「MMUは自動で動作する。連れ戻してこればいいんだぜ」とボースンは、やや冷ややかな笑いを含んだ通信を俺に投げ掛けてきた。

「イエッサー」

 俺は、極めて冷静に抑揚のない返事をした。

 そして、スルスルとエマージェンシー装備をテンコ盛りにした俺のハードメタルタイプの宇宙服は、静かにユニバース号を離れた。

 あのボースン、どんなプログラムをMMUに施しやがったんだ。見る見るうちに、白い機体のユニバース号が小さくなっていくぞぉ。かなりメチャクチャに不安になるぜ。

 ユニバース号はあっという間に点になって、そしてどこにあったか分からなくなってしまった。

 俺は、漆黒の闇に包まれた。

 MMUが放つアポジモーターの噴射を除いて。

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