二、Summary
俺が乗り組んでいるユニバース号は、今では珍しい貨物と乗客を乗せる貨客運搬宇宙船だ。聞こえはいいが、要するに辺境宙域の定期航路を飛ぶスペースシップでの運送業ってとこだな。ブリーフィングで、パーサーがいつもの通りに航海業務内容を説明していたっけ。
「今回のフライト業務はいつもの通り、Χ(カイ)の八十九番星、第三惑星への貨物運搬よ。あの夕陽が綺麗な、言い換えると夕陽ばかりのひなびたリゾート星への生活物資ね」
今回の航海もいつもの通り、ユニバース号は天の川銀河の外れのアウターペルセウスアームからの出発だ。そこから先は、天の川銀河でも星々が希薄になってくる。只でさえ暗い宇宙が一段と暗くなる境目でもある。だが、俺達ユニバース号の乗組員は慣れたものだ。だいたい、それが仕事だもんな。俺は航路なんてどうでもいい。DSエンジンがおとなしく俺の言うことを聞いてさえくれれば。
このユニバース号には、偉そうにもDSエンジンなんかを二基も搭載しているが、最新型より二世代前の中古品で、チャンバー効率は七十八パーセントに過ぎない。最新型の六世代DSエンジンはチャンバー効率九十六パーセントで、ずい分小型化されている。でもまぁ、そのおかげで俺みたいな操機員が必要で、俺も仕事にあぶれないってことかな。
そう、俺はユニバース号のワイパー、要するに操機員だ。DSエンジンのお守り役って訳だ。
だけど、船底の機関室でくすぶっているにはもったいないイケメンらしい。パーサーがバーテンダーの手伝いをしろとしつこく、うるさく命じるので、時々キャビンにあるバーでギャルソンの真似事をしている。
だからと言って、給料が良くなる訳じゃない。俺にとっては長い航海の暇潰しも兼ねている。もっとも、命令に逆らえないってのが一番の理由だけどな。
ギャルソンの話で思い出したよ。今回の航海は珍しく客が乗るって、パーサーが言ってたな。
「今回の航海には久しぶりに乗客があるわよ。それも二名。名前はジョージ・ピアーズさん。 退役軍人さんらしいわ。そして、そのお孫さんのメアリー・ピアーズさん。いつもの通り、最大限の接客で最小限の干渉というわがユニバースカンパニーの社訓を忘れないように」
ふん。何が乗客だよ。このユニバース号にはチンケなホテル設備しかないのに。
スイート(四名分のスペースで二名分使用)が一つとアッパー(四名使用の広い部屋)が一つ、そしてレギュラー(二名分)の二室の、全部で四コンパートメントしかなくて、最大でも十人の乗客を乗せられるだけだ。だけど、辺境へ行く客船なんて有る訳がないから、荷物と一緒に運ぶユニバース号なんかは採算が取れるって勘定な訳だ。
だから、こんな船でも『宇宙船の旅客設備に係る法律』に則って、曲がりなりにも総支配人を始め、料理長やシェフにコック、給仕長にドクター、ハウスキーパーにスチュワーデスも、そして珍しくバーテンダーも乗り組んでいるのだ。
左遷された役人の最後のご旅行って訳だから少しは豪華に箔を付けてという配慮らしいとのことだが、本当かどうかは俺はよく分からない。ぶっちゃけた話、言ってみれば『辺境へ左遷された役人を運ぶ定期便』って訳だ。まぁ、俺にとってはどう転がっても関係のない話なんだが。
しかし、いつもと事情が違ったのは乗客だった。今回の乗客二人。これでも、多い方だぜ。
たいていはおっさんが一人で乗り込んで来るんだ。それがどいつもこいつも偉そうな態度ばっかりしやがってさ。中央でどれだけの地位だったかは知らないが、この船に乗るってこと自体、お前さんの素性はおおよそバレてるってんだよ、俺達にはね。
実情はさっきも話したように、中央でとんでもないヘマをやらかして左遷される奴等ばっかりなんだ。家族に見捨てられ、一人で単身赴任。たぶん、たいていは死ぬまでは帰ってこられないみたいだな。俺は戻ったという話や噂を聞いたことがないからな。
そして、ひどいヤツになると船を降りないらしい。そして女々しく泣いて懇願するという話だ。
「頼む、お願いだ! 私をこのままこの船で連れ帰ってくれ」って。
でもさ、頼むから往生際の悪いことはしないで欲しいのよ。その後のパーサーの不機嫌といったら敵わないから。あのお高く留まった堅物女史をなだめすかせる俺のことを考えて欲しいもんだ。
さて、今回の乗客は、年老いた男とまだ二十歳前の女だった。
表向きにパーサーは退役軍人とその孫なんて言ってたけど、俺達は当然の如く、スキャンダルで更迭された事務次官クラスの高級官僚とその愛人だと思っていた。
あぁ、そうさ。
俺達の船は、辺境行きだぜ。マトモなヤツが片道切符で乗る船じゃないんだ。それくらいの「悪い想像」しかしないし、出来ないもんだ。だがら俺達乗組員は、変に気を使うことを強いられたんだ。パーサーの言う『最大限の接客で最小限の干渉というわがユニバースカンパニーの社訓』ってのはそのことなんだな。
要するに『静かに見守れ』ってことだ。奴等のプライベートに踏み込むな、奴等の仕事に踏み込むな、奴等に感情的な情動を差し向けるな、等々ということらしい。
しかしながら、乗客の皆様には行き届いたサービスで十分に満足させろという会社側の業務指示も、社訓から既に読み取れるってもんだ。豪華客船のゴージャスで快適なクルージング旅行を会社はイメージしているのかもしれないが、このユニバース号じゃ絶対に無理だ。
古ぼけたチーク材風の壁紙に、コルク風のスポンジクッションタイル、微妙に黄ばんだように見える生成りのシーツやソファカバー類がどう見たって三流の雰囲気が爆発している。バーには時代遅れのミラーボールが三個も付いているし、ダイニングで提供される料理が載っている皿の金線は消え掛けているしな。
それでも、俺達乗組員が日夜、非番の時は磨きを掛けているから、掃除をやれと命令されているだけだが、せめて一・八流くらいにはなっていないかなぁと思っているがな。
また、話は逸れちまったな。
二人の乗客は、珍しく物静かで荒ぶれることもなく乗船してきた。おっさんのジョージ・ピアーズは、とても軍人とは思えない線の細い男で、どうやら、肉体系の軍事ではないようだった。ダークブラウンのトレンチコートをミッチリと着込んで、ネイビーのウールツマミハットを被り、温和な表情に鋭い眼光を秘めていた。
若い女のメアリー・ピアーズは、英国風だけど華やかなワンピースを着ていた。髪型はバストレングスのレイヤーでボリュームたっぷりの前髪が印象的なシンプルヘアだった。
俺の印象では、どうも愛人とか不倫とかそんな感じがしないんだよな。おっさんと若い女が寄り添う感じは、パーサーの紹介通り、祖父と孫娘の雰囲気なんだ。
だが、俺達は長年ユニバース号に乗り組んで来たせいで、機関長やエンジニア、オイラーはどうしてもいかがわしい関係と思ってしまうんだ。だから、我々の勝手な想像は変な方向へと向っていったのだった。
「おい、今度は不倫かよ」
「不倫じゃないぞ、あれは淫行かもしれんぞ」
「どちらにしろ、危険度は高いですね、これは!」
そんな噂で船底の機関室は持ち切り、寄れば触ればその話で大騒ぎだった。それと言うのも、二十歳前の女の子が、この船に乗った例がないからだ。それに加えて、かなりの美人らしいことを、コックやバーテンダー、セーラー、ドクターまでが口々に囁いていたからだ。そうなると素性や事と次第を聞いてみたくなるのが人情っていうモノらしい。
「誰か、確かめろよ」
休憩中の機関室で誰かがそう叫んだ。するとこだまのように声が返ってきた。
「この中で、それが出来るヤツは一人しかいねぇ」
運行部門機関部の仲間は一斉に俺を見た。俺は堪りかねて言った。
「俺は嫌だよ」
だが、一番下っ端の俺にはそういうだけが精一杯だった。そして、パーサーの命令とは言え、客室に堂々と出入り出来る機関部員は俺だけだったのも確かなことだった。
「ちっ、また俺かよぉ」
しかし、俺は渋々で嫌々だった。俺が時々、客室でコソコソと動いていることについて総支配人に注意を受けたばかりだったからだ。しかし、そんなことを受け入れてくれる男達じゃなかった。宇宙に生きる男達の世界は厳ししい。機関長や操機長にジロリと睨まれたら、一言も言い返せねぇよ。
「分かった、分かったよ。客室に行ったらそれなりに探りを入れるよ」
俺がそう言うと、機関室はまるで何事もなかったように全員が仕事を始め出した。それを見て俺は、思いっ切り溜息をついたのだった。