赤ずきんちゃんの末裔令嬢は婚約破棄されるそうですが、どうも狼の臭いがします。
「今日を持って、俺はグルナ・テールズとの婚約を解消し、新たにここにいるアネット・ルル―と婚約を結ぶことをここに宣言する!」
自身の誕生パーティでそう宣言したのは、この国の王子アルベール。
彼は整った顔に、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
王子の急な宣言に、会場にいる招待客たちは一様にどよめく。
また王子の後方で座っていた王と王妃も、招待客たちと同じように驚きに目を見張っている。ということは、この婚約解消劇は王子の独断かつ暴走とみていいだろう。
今しがた一方的な婚約破棄を告げられた可哀そうな伯爵令嬢グルナ・テールズとは私のことである。
私は周囲の好奇の目が自分へと集まってくるのを感じながら、王子の横で佇む新しい婚約者の顔を注意深く見た。
アーモンド型の切れ長の目元に、美しい銀髪。ふんわりとした形のドレスからは、白い手足がスラリと伸びている。なるほど、その辺の貴族令嬢と比べると圧倒的に美しい。
しかし、私はこのアネット・ルル―の顔に見覚えが無い。この国の年ごろの貴族令嬢の顔なら絶対に見覚えがあるはずなのに。
ルル―家といえば侯爵家のはずだが、果たしてこの令嬢は……?
「アルベール様、あまりにも突然のことで、わたくしとしても急な婚約解消には同意いたしかねます」
私はそう言いながら、なんとか時間を稼ごうとした。
その間に、アルベールの横で不敵な笑みを浮かべる令嬢を素早く観察する。
彼の横にいるこのアネット・ルル―とは何者なのだ? 嫌な予感がする。
「お前が同意しなくても、俺はお前のような田舎者の伯爵令嬢とは結婚したくないのだ! いくら親から決められた婚約相手とはいえ、そこに愛が無ければ辛いだけだろう?」
アルベールはこれ見よがしに溜息をついてみせた。まるでこの世で一番可哀そうなのは自分だと言わんばかりだ。
「おまけに、グルナが赤ずきん伝説の末裔だから何だというのだ。城にいる時でさえいつも野暮ったい赤ずきんを被って、場違いにもほどがある。周りからはチヤホヤされているのかもしれないが、お前は荒っぽい女だし秀でているのも土魔法の能力だけだ。土魔法なんて農民に重宝されるだけの能力じゃないか。それに、アネットのお腹には、もう新しい命が宿っているのだ。お前の付け入る隙などない」
アルベールは鼻で笑うように言い捨て、それでいてアネットの腹には慈しむような目線を向けた。
もう新しいパートナーとの間に赤子もいるのだから、王や王妃も自分の婚約解消に反対はしないだろうという彼の思惑が透けて見えた。
しかし、この私が王子の婚約者に選ばれたのにはちゃんとした理由があるのだ。ただ家柄だけの問題だけじゃない。
それは今から14年前、私が3歳だったころ。貴族の幼い令嬢たちが相次いで行方不明となったのだ。
それも、身分の高い者から順に。
国は総力をあげて彼女たちの捜索にあたったが、行方不明になった令嬢たちはついに見つかることはなかった。
王子の婚約者候補であった家格の高い令嬢たちが軒並み姿を消したため、伯爵令嬢である私に婚約者の椅子が回って来たという訳だ。
おまけに、令嬢たちの行方不明事件には魔獣が関わっているのではないかという噂があった。噂、というよりも、大人たちの間ではもはや確信に近かったのかもしれない。
そこで、代々魔獣狩りを生業としている我がテールズ家に白羽の矢が立ったという訳だ。
我が国には、こんな昔話がある。
【むかしむかし、あるところに、とても強いリュビ―という名の伯爵令嬢がいました。
ある時、リュビ―のおばあさんは屋敷に侵入した狼の魔獣の群れに襲われてしまいました。勇敢かつ優秀な土魔法の使い手であったリュビーは、伯爵家に出入りしていた仕立て屋の息子とともに狼を倒し、おばあさんを救いました。
その後、婿を取って伯爵家を継いだリュビ―。
彼女は敬虔なロズラウク教の信者だったため、[既婚女性は他人に髪を魅せるべきではない]との考えから、いつも真紅の頭巾を愛用していました。領民にも愛された彼女は皆から親しみを込めて“赤ずきん伯爵”と呼ばれ、狼から領地を守りながら、末永く幸せに暮らしました。】
この赤ずきん伯爵の末裔こそが私だ。
我がテールズ家は魔獣全般に強いが、中でも人狼に対してはめっぽう強い。
魔獣を排除するのは貴族の務めだが、テールズ家ほどその務めを真摯に果たしている家は他にないかもしれない。
赤ずきん伯爵の子孫たちは、その高い戦闘力を買われ、いつの時代も護衛騎士として王族に仕えてきた。
私も13年前の令嬢たちの行方不明事件がなければ、今頃王子か姫の護衛騎士として彼らに仕えていたことだろう。
しかし、王家は自分で自分の身を守れる令嬢を王子の婚約者にあてがおうとした。
まあ、私以外にはもっと家格の低い娘しか残っていなかった、というのもある。
ともかく、私はアルベール王子の婚約者に選ばれた以上、誠意をもって彼を支えていこうと思っていた。
厳しい花嫁修業にも耐え、嫌いなダンスの練習も頑張り、本当は屋敷の庭で土いじりをしたい気持ちをぐっと押さえ、自分の立場と向き合ってきた。
それなのに、王子との結婚を来年に控えたいま、私は王子から婚約解消を言い渡されてしまった。
はーあ。やってられないわ。
「お嬢、本音が顔に出てますよ」
私の従者であるシゾが、小声で言いながら私の横っ腹を強めに小突いた。
「痛ッ。……でも、わたくしはもう婚約者じゃないらしいし? 別に表情を取り繕わなくてもいいじゃない」
「そういう訳には……。それに、臭いませんか」
シゾは鼻先をわずかにもちあげ、すうっと小さく息を吸い込んだ。
シゾは伯爵家に仕えているとはいえ平民であるため、魔法の類は使えない。
けれど、とても勘の良い男で、いつも私を助けてくれる。
「お嬢の不出来で婚約解消を言い渡されるなら納得しますが、そうじゃないでしょう? どうみても王子の浮気です。それに……相手のアネットっていう女、何者ですか」
「ルル―って言ってたから、侯爵令嬢……?」
しかし侯爵家に私と同い年くらいの令嬢などいなかったはずだ。
私は「アルベール様、よろしいでしょうか」と言いつつ、彼の返事を待たずに続けた。
「そちらのアネット様、という方はルル―侯爵家のご令嬢でしょうか?」
「ああ、そうだ。病気がちで、ずっと領地の端で静養していたらしい。最近体が丈夫になってきたとのことで、王都に遊びにくるようになったところで、俺と出会ったのだ」
そう言ったアルベールとアネットは、仲睦まじげに目線を交わした。
「お嬢、思い出しました」
シゾがはっとした様子で私に耳打ちをする。
「ルル―侯爵家には元々男子が二人いたでしょう? でも二人とも、昨年の人狼の襲撃事件で命を落としています」
昨年は王立学院の寮に人狼の群れが侵入し、そこで生活していた貴族の令息令嬢たち6名が命を落とした。そのうち2名がルル―侯爵令息たちだったという。
「それで、跡継ぎのいなくなったルル―侯爵は、存在を隠していた愛人の子供たち数名を正式に侯爵家に引き取ったのです。引き取られた子供には娘もいたそうです。おそらく、それがあのアネットです」
「なるほど。だから、わたくしも存在を知らなかったわけね」
侯爵は引き取った美しい娘を、王子の婚約者にあてがおうとして近づいたのか、それとも——などと考えていると、急にパーティ会場の外が騒がしくなった。
警備にあたっていた騎士のひとりが、顔を真っ青にして駆け込んできた。
「た、大変です。城の中に、は、は、腹から血を流し絶命していた下働きの者がおります……その傷を見るに、人間の仕業には見えませんでした……おそらく、魔獣が王城内に侵入したものかと」
「なんだと⁉」
アルベール王子が上ずった声をあげた。
会場の客たちの中にも小さな動揺が広がっていく。
「それをやったのは魔獣で間違いないのか」
「はい。明らかに人間の仕業ではありません。大型の魔獣が腹を狙って食い破ったような……内臓が引きずり出されたような痕跡があります」
会場内に、今度は大きなどよめきが波のように広がっていく。
客たちは「逃げましょう!」「早くここから出せ!」「帰らせて!」と口々に叫ぶ。
しかし、安易に帰す訳にはいかない。
魔獣は帰ろうとして客が一人もしくは少人数になったところを襲うつもりかもしれないからだ。
貴族は基本的に皆魔法が仕えるが、私のように攻撃魔法が仕える者は稀だ。
多くの者は魔道具と呼ばれる便利なアイテムを動かす程度の魔力しかない。もしくは、せいぜい暗いところで手に明かりを灯せるとか、その程度だ。
魔獣に襲われれば圧倒的に不利な人間が大半なのだ。
すぐそばで魔獣が出たと聞いたからには、これ以上パーティに興じる訳にはいかない。
私は背中を覆っていた赤いマントから、おもむろにフードを引っ張り出した。テールズ家のトレードマークである赤ずきんを被り、ここからは仕事モードだ。
私はすうっと息を吸い込むと、王たちのいるところまで進み出た。そして王や王妃、アルベール達、客たちの顔を順番に見渡しながら言う。
「みなさん、落ち着いてください。ここには魔法や剣の使い手である護衛騎士も複数います。バラバラになるよりも、ここで固まっていた方が安全です」
「グルナ! お前はもう俺の婚約者でもなんでもない! 田舎の伯爵令嬢が偉そうにしゃしゃり出てきて指示するんじゃない! 俺の誕生パーティだというのに、野暮ったい赤いずきんまで被って、何様のつもりだ!」
「今はそんなことを言っている場合じゃありません。それにアルベール王子……人間の腸を好んで食べる魔獣に心当たりはありませんか?」
「ハァ? お前は何を言っている?」
王子は全く心当たりがないようだ。
まあ、それくらい無知で浅慮だからこそ、こんな馬鹿な婚約解消劇を思いついたのだろうが。
「アルベール王子、二つ目の質問です。土魔法は農民にしか重宝されない能力だとおっしゃいましたが、土魔法の有効的な使い方について他にはご存じないと?」
「だから、お前はさっきから何を言ってるんだ⁉ 城の中に魔獣が侵入したんだぞ! 偉そうにするなら、とっとと魔獣を駆除してこい!」
「では遠慮なく……ストーンショット!」
私が魔法を唱えると同時に、私の前にふわふわとこぶし大の石が浮かんだ。
それらは私の狙った方向に、矢よりも早いスピードで飛んでいく。
「ギャァッ‼」
「アネット? ああ、アネット‼」
私の放った初級の土魔法は、王子の新しい婚約者の額に見事ヒットした。
アネットは額を抑えながら床にうずくまる。
「グルナ、貴様……! 魔獣が侵入して大変な時に、どうしてアネットのことを襲ったのだ⁉ 自分が捨てられた腹いせにしては悪質すぎるぞ!」
「どうしてその女を襲ったかですって? ソイツが侵入した魔獣だからですよ。ホラ、見てくださいよ。王子の愛するアネット様の美しい銀髪から、獣の耳がのぞいているのが分かりませんか」
アルベールはハッとしてアネットの頭を見て、すぐに後ずさった。
アネットの頭には、三角の獣耳がひょっこりと覗いている。おまけにダラダラと血が流れ続ける額を抑える手には、人間のものとは思えないほどに長く鋭い爪がついている。
おそらく、私の攻撃が当たった衝撃で人間への擬態が一部解けてしまったのだ。
「アルベール様、先ほどの私からの質問の答えです。ひとつめ。人間の腸を好んで食べる魔獣は何か。正解は人狼です。人狼は人間に擬態するのが非常に上手く、人間の食べ物も食べられますが、好物は人間の内臓なんです。特に、身重のメスがそれらを好んで食べると言われていますが」
ここまで言ったところで、さすがにアルベールも気が付いたらしい。
彼の顔色がみるみる青くなっていく。
「アルベール様あなた、新しい婚約者との間に既成事実があれば、王に事前承諾を得ていなくても私との婚約など簡単に解消できる……そう思ったのでしょう? そして孕ませた女がまさか——人狼だとは思わなかった」
広い会場に、私の声だけが響く。
私が「人狼」と口にした瞬間、婦人たちのうち何人かが「ヒッ」と小さな悲鳴を漏らしたのが聞こえた。
また、アネットはぐるると低く唸りながら、涎を垂らして私を睨んでいる。
もう取り繕う気もないらしい。
「アルベール様、ふたつめの質問の答えです。土魔法の有効な利用方法について。これは今しがたお見せした通り、攻撃魔法として非常に有効なのです。我が伯爵家が代々優秀な騎士を排出していることからも明白ですね。そして我が伯爵家が魔獣の中でも特に人狼狩りを生業としているのは、奴らは火魔法や水魔法、風魔法には強いものの、土魔法にはめっぽう弱いからなのです」
「ううう、うるさい、うるさい! 偉そうにするな! お、お前の力など借りなくても、ここにいる護衛騎士たちの力を持ってすれば人狼を捉えることなど容易いのだ! お前達、アネットを捕えろ!」
それまで顔面蒼白でアワアワしていたアルベールは、急に元気を取り戻したように騎士たちに命じた。
アルベールが騎士の後ろにサッと引くと、騎士たちは銀色に光る武器を構え、勇ましくいっせいにアネットへと飛び掛かった。
しかし。
アネットが腕を一振りするだけで、屈強な騎士たちはあっという間に吹っ飛ばされてしまった。飛ばされた騎士のうち何人かは壁に激突し動かなくなり、また別の何人かは客たちを巻き込んで床へと沈んだ。
護衛騎士たちが赤子同然のように跳ね除けられているのを見て、客たちは大きな悲鳴をあげた。
「そんな、そんな……! 王族の護衛騎士といえば、この国の最高クラスの強さなのだぞ⁉」
「アルベール様、人狼に通常の武器は利きませんよ。赤ずきん伯爵の昔話をご存じありませんか? 人狼に対抗できる武器といえば、ハサミですよ、ハサミ」
ガキン!
私が言い終わらないうちに、アネットを双剣が襲う。
双剣を操るのは私の従者、シゾだ。
シゾは我が伯爵家に出入りする仕立て屋の末裔にして、対人狼専用武器であるシザーブレイドの名手だ。シゾは平民なので魔法は使えないが、武器の扱いであれば右に出る者はいない。
人狼アネットは素早い動きで身を翻すと、鋭い爪でシゾの双剣を弾いた。
シゾは軽やかに後ろに跳ぶと、双剣をハサミの形へと変形させた。
「アルベール様、どうして赤ずきん伯爵の昔話のラストで、伯爵はハサミで切った人狼の腹に石を詰め込んだのだと思いますか? その辺に石があったから? 違います。人狼は土魔法に弱いんです。だから、ハサミで切った傷に、トドメとして土魔法で石の散弾を打ち込んだんですよ。お腹に石を詰め込んで池に沈めた、というのはただの脚色ですね。おっと、石の散弾をご覧になりたいですか? ストーンブラスト!」
私の前に、先ほどよりも大きな石の塊が浮かぶ。
それらはアネットめがけて、勢いよく飛んでいく。中級の攻撃魔法なので、威力も先ほどよりずっと強い。
アネットは石の塊を避けきれなかったようで、攻撃をくらった右腕をダラリ、と下げた。そして恨みがましい顔で私を睨んだ。
「クソッ、赤ずきんめ! どうして私が人狼だと気づいた⁉ もう少しで我が人狼族が王族を乗っ取れるはずだったのに!」
「身重だと公表しておいて、城内で人間の腸を引きずり出していれば、それは自分が人狼だと言ってるも同然よ——テールズ伯爵家の者にとっては、ね」
「忌々しい一族め!」
アネットの感情が高ぶるにつれて、彼女は狼のような姿へと変わっていく。
ふんわりとしたドレスからのぞいていた白い手足は、あっという間にふさふさとした銀色の毛におおわれていく。
その様子を見ていた婦人たちが細い悲鳴をあげた。
夫人たちの悲鳴に混じって、アルベールが「アネット……アネット……」と呟く声が聞こえる。この期に及んで、まだ人狼への未練を捨てきれないのか。
それを見たアネットは、ほとんど灰色の毛で覆われた顔でニコリと不気味に微笑むと、アルベールへとすり寄っていった。
「アルベール様、私達の赤子が間もなく生まれます。この子は半分人狼ですが、半分は王族の血を引くのですよ。それなのに、あのテールズ家の女は私を害する気でいます。ねえ、アルベール様。あの女を排除して、2人で幸せに暮らしましょうよ?」
「よ、寄るな……寄るな……!」
アルベールは恐れと思慕が入り混じったような表情でアネットを見た。
つい先ほどまでは、アルベールは自分が選んだ女との幸せな結婚生活を夢見ていたのだろう。
それが、蓋を開けてみれば相手は世にも恐ろしい魔獣で、しかも城の者を食い殺しているときた。
アルベールがその絶望の中で、明日からの自分の立場まで考えているのかは、はた目からは分からない。人狼に王族の血を分け与えたと判明した今、国家をおびやかしたアルベールの処遇が厳しいものになることは明白だ。
「で、お嬢。いつまで王子と人狼の最終幕を観劇するおつもりで?」
シゾが再び私の脇腹を小突いた。
「だから痛いわよ! そろそろ片をつける頃合いかしらね」
私は情けなく眉を下げるアルベールに向き合う。
「アルベール王子、その人狼から離れてください。駆除します。その者はアルベール王子をたぶらかしただけではなく、13年前の貴族令嬢たちの連続行方不明事件にも関わっているかもしれません。ルル―侯爵のご子息たちが亡くなり、アネットが侯爵家に入り込んだのも、こうやって王子に近づくために何年も前から計画されていたことでしょう。だからこそ、今すぐに人狼の企みは潰さねばなりません。これ以上被害を出さないためにも」
「お、俺を助けてくれ……! 知らなかったんだ、アネットが人狼だなんて……!」
アルベールは目に涙を浮かべて私を見た。哀れな元婚約者。
あなたの命は救えても、あなたの立場までは救えない。
私がアネットにトドメを刺そうと攻撃魔法を放つため手をかざすと同時に、アネットはアルベールの背後にまわった。王子を盾にする気だ。
「私を攻撃すれば、王子に当たるわよ⁉ アンタも貴族でしょ。そんなことして、明日から生きていけるとでも思ってんの⁉」
「貴族じゃない従者がいるから大丈夫です。シゾ!」
「あいよ!」
私の声掛けと同時に、シザーブレイドを構えたシゾがアネットに斬りかかる。ジャキン! という硬い音と同時に、アネットとアルベールの間にわずかな隙間ができた。
今だ!
「ストーンジェイル!」
アネットの足元から頭にかけて、目にも止まらぬスピードで一人用の石の牢獄が組み上がる。
牢獄はあっという間にアネットを包み込んだ。中からは牙を剥き出しにしたアネットがこちらを睨んでいる。
私は会場に響き渡るような声で王へと話しかけた。
「通常であれば、この場でこのまま人狼を駆除します。けれど……アネットの腹にはアルチュール王子との赤子がいるとのこと。王家の血を引くものを、私が勝手にどうにかすることはできません。あとは王様にお任せいたします」
すると、王は少し上ずった声で答えた。
「赤子……と言っても、まだ妊娠が判明したばかりであろう? 本当に王子の子かも分からぬ。このまま駆除してはくれぬか」
「狼の妊娠期間はおよそふた月とされています。人間の妊娠期間よりずっと短いのです。おまけに、ふんわりと腹を覆い隠すようなドレスを着ているアネットは、もう出産間近だと思われます。人間の腸を食べていたのも、出産直前に精をつけるためでしょうし……ほら、アネット、産気づいてますよ」
石の牢獄の中で、アネットが腹を押さえながら肩で息をしている。
「生まれた子を王族と認めず駆除するのであれば、テールズ家の方で引き取って駆除いたします。あとは王家の皆様にお任せいたします。それから」
私はアネットの牢獄の横で失禁しているアルベールに歩みより、目を合わせた。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします」
「ま、待て! グルナ・テールズ! 此度は我が息子の愚行により、そなたに大変な思いをさせたこと、父としても王としても謝罪する! だから、婚約破棄の件は一旦保留にはしてもらえまいか?」
アルベールの代わりに口を開いたのは王だった。
公の場で謝罪してくれたことは評価するが、ここまでバカな男に嫁ぐ気はさらさらない。
ここで私が婚約を継続すると言えば、アルベールの明日からの地位はそれなりに保証されるかもしれない。
私は王族を救った婚約者として、今後は今までよりもっと待遇も良くなるだろう。
けれど、私にだって選択権がある。
私を裏切り、王族に魔獣の血を混ぜた馬鹿な王子は、それ相応の罰を受けるべきだ。
私は被っていた赤ずきんを脱ぐと、ニコリと笑って言った。
「わたくし、グルナ・テールズはこれからも国家の剣となり、魔獣狩りに邁進いたしますわ。王子の婚約者は謹んで辞退いたします」
◇
「なぁにが、『貴族じゃない従者がいるから大丈夫』なんですか⁉ 意味が分かりませんよ。王家から不敬で捕えられたら僕なんて一瞬で首をはねられますよ!」
シゾはアネットを拘束する直前、王子のすぐ近くで武器を振り回した時のことを、何回もネチネチと繰り返し文句を垂れた。もうあれから一週間も経つというのに、しつこい男だ。
「でも、人狼をあのままにしておく選択肢なんてないでしょう?」
「そりゃあ、そうですけど。……ところで、あの双子、どうするおつもりで?」
シゾの目線の先には、双子の赤子が寝かせられた籠がある。
アネットとアルベールの子供たちだ。
結局、あの後アネットは双子の赤子を産み落とし、そのまま絶命した。
私の攻撃も効いていたのだろうが、それ以上に人狼と人間という違う種族同士での出産は相当体に負担がかかったらしい。
双子を生んで、半刻もしないうちに彼女は息絶えた。
「この子たちは完全な人狼じゃないからね。土魔法の印紋を体に刻み込めば、人狼としての力は発現せず、人間として生きていけるわ」
「テールズ家で引き取って育てると?」
「ええ。下働きでもさせておくわ。王家には駆除したと伝えるけれど……正直、この赤子には罪はないもの」
「バレたら大ごとですよ」
シゾは深い溜息をついたが、それ以上は何も言わなかった。
あれから、私とアルベール王子は正式に婚約を解消した。
アルベールは王位継承権剥奪の後、心の病による療養ということで離宮へと追いやられた。厳重な警備がついているらしく、おそらく死ぬまで出て来れないだろうと思う。
アルベールの下にはデビュタント前の姫がおり、おそらく将来的には彼女が女王となってこの国を率いていくのだろう。
くれぐれも魔獣には惑わされないでほしい。
「そういえば、お嬢の今回の活躍は貴族の間で尾ひれがついて噂が広がり、平民にも大評判だそうで、今度演劇になるらしいですよ! 王子の愚行にも文句を言わず、勇ましく王家を救った令嬢として。 ……それで、それが伯爵様の耳に入ったとのことです」
「ひいぃ!」
テールズ伯爵とは、私の母だ。
我が家は代々女性が継ぐことになっており、母の跡は私の姉が継ぐことになっている。
家を継がない私は気楽なもので、今までも自由にしすぎてはよく母に怒られてきた。
「さすがに人狼が出たとはいえ、城の一室を土魔法でムチャクチャにした上、勝手に婚約も解消してきたということで、伯爵様はえらくご立腹なようでして……」
怖い。怖すぎる。
その辺の魔獣なんざ怖くないが、母は怖い。これは逃げるに限る!
「よぉし、シゾ! さっさと人狼狩りに行くわよ! また王家や貴族が狙われたらたまらないものね。あの後アネットの実家を捜索したら、ルル―侯爵以外全員逃げてたって話じゃない。まだ人間のフリをした人狼はたくさんいるってことよ。さっさと仕事しに行くわよ!」
呆れ顔のシゾを連れ、私は急いで屋敷を出る。
私は赤ずきんちゃんの末裔。
今日も元気に人狼と戦います!




