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雑草娘の婚約~呪われたと追放寸前でしたが、元英雄に見いだされました~  作者: 莉沙子
二章

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8首都

「あの……助けてくださって、ありがとうございました」


 加護の里を出る馬車で、七珠那は婚約者となった男に言った。


「英雄の名誉を持つ方に、目をかけていただき……こ、光栄です」


 実際のところ、思いがけない事態で、よく知りもしない相手の婚約者になった事実に困惑はしても、光栄だとまでは思えない。

 ただ、追放される寸前で差し伸べられた手に、感謝しているのは間違いない。

 だから、相手のことを知りたいと思った。少しでも、話をするきっかけがあればと考えてのことだった。

 七珠那は、婚約者となった男のことを、噂話程度しか知らない。元英雄と呼ばれていても、具体的に何を成したのかも。

 まず、彼が持つ栄光についての話であれば、気分を害することは無いだろうと思ったのだ。


「──時期に恵まれただけだ」 


 圭章は短くそう返事をしただけだった。

 長い前髪が影を落とす表情に変化はない。口調も誇るようでも謙遜しているようでもない。淡々とした様子に、七珠那はそれ以上会話を続けられなくなってしまった。

 旅路の間、七珠那と圭章の間には、会話らしい会話は生まれないままだった。

 七珠那が知れたことと言えば、宮水圭章は、基本的には愛想がなく、口数も少ない男なのだということだけ。


 そして、宿場町で一泊し、翌日の昼過ぎには首都へ到着したのだった。 


「ここが……首都」  


 七珠那は初めての首都の様子を、馬車の窓から目を丸くして眺めていた。

 広い道路は整備されており、馬車が通る道と人が通る道が分けて作られている。道行く人の服装は色とりどりで、洋装の者もいた。西洋風の建築物は、里でも生まれた村でも見たことがない。

 何を見ても、目が眩むほどまぶしい。 


「私の家がある地域は、もっと下町だ」


 そうは言うものの、宮水家は古くからの家が立ち並ぶ一角にあった。

 大きな和風屋敷だった。門は立派で、年季の入った木の色をしている。門を潜れば質素でありながら丁寧に整えられた庭が見えた。塀に囲まれた敷地には蔵もあり、渡り廊下は隠されるように佇む木造の平屋につながっている。あれが、作業場だろうか。 


「戻った」


 玄関を入ると、つやつやとした板の廊下が伸びていた。小汚い足袋で歩くのが申し訳ないぐらいだった。


「おかえりなさいませ」


 迎えてくれたのは初老の女だった。灰色になった髪は、小さな玉飾りがついた簪で上品にまとめている。

 彼女は、七珠那を見て、あらまあと上品な声を上げた。

 七珠那は恥じ入って俯く。

 外出着など持っていなかったから普段着の濃紺の小袖だった。それも、着古してところどころ自分で繕ってある。

 新しい下働きか、あるいは、慈悲を施された物乞いにでも見えたに違いない。


「清子きよこ。家の者だ。長く勤めてくれている」


 圭章は、まず七珠那に使用人として清子を紹介してくれるものだから、七珠那は気まずくなった。

 服装からすれば、明らかに逆だ。


「住み込みで家政婦をしております。清子、とお呼びください。」

「彼女は、七珠那。私の妻になる予定だ。巫女──」


 圭章は言いよどんだ。正確には、七珠那は巫女になれなかった立場なのだ。


「の力がある」


 結局、圭章はそう無難にまとめた。


「あらまぁ、加護の里でお嫁さんを見つけていらしたんですね! なら、今日から旦那様とお呼びしないといけませんね」


 巫女にしては見すぼらしすぎる七珠那を嫁だと紹介されても、清子はただ喜ぶばかりだった。


「家のことは清子に任せてある。なんでも聞くといい」

「は、はい。あの、私はこれからこちらで何を……。申し訳ないですが、花嫁修業もしておりません」

「無垢石を取り寄せる。まずは、加護を頼みたい」

「無垢石なら、里にあったはずでは……」

「慌ただしくて持ち出す時間がなかった」 


 七珠那はあっと口を覆った。

 持ち出す時間がなかったのは、七珠那を伴って急いで里を出たからだ。

 同時に、いたたまれない気持ちになる。

 巫女が嫁に行く際、嫁入り道具として立派な無垢石を与えられる。

 そのしきたりのために、七珠那は、晶瑚のための石を探していた。

 七珠那は、無垢石を持って里を出れなかった。巫女ではないからだ。


「急ぐよう伝えるが、少し時間がかかる」

「も、勿論です。無垢石が手に入ればすぐに」 

「それ以外は……」

「なんでも、お申し付けください! 炊事でも洗濯でも、庭掃除でも!」  


 七珠那は前のめりになる。

 何せ、七珠那の手足はよく働く。挽回してみせると意気込んだのだったが──。


「好きにしていい」


 その返答に、拍子抜けしてしまう。


「欲しいものがあれば買えばいい。清子に財布は預けてある」

「え……?」 

「外に出たければ、清子を連れていけ」

「あの……?」 


 この広い屋敷で、知らぬ土地で、今までの役目から離れて好きにしろと言われても、どうすればいいのかわからなかった。

 七珠那は戸惑うが、圭章はそれ以上何かを言うつもりはなさそうだった。

 沈黙を理解と取ったのか、圭章はそのまま七珠那を残して中へ進もうとする。

 七珠那は、慌てて圭章を引き留めた。 


「圭章様は……」

「仕事がある」

「そう、ですか……」 


 取り付く島もない。

 明らかに途方に暮れている七珠那を見て、圭章は少し考えて言う。


「そうだな……。食事の時間ぐらいは顔を合わせよう。いずれ、夫婦になるのだからな」

「えぇっと……ありがとうございます?」 

「あぁ」 


 再びの沈黙が、気まずかった。

 かといって、これ以上、七珠那から何を言えばいいのかさっぱりわからないのだ。


「さあさあ、えぇっと……七珠那様ですね」


 嚙み合わない二人を見ていられないとでも思ったのか、清子が殊更明るくちゃきちゃきとした声を上げた。


「可愛らしいお名前ですこと」

「いえ、あの……そんな、とんでもないです」 


 名前をもじって雑草娘と呼ばれていた七珠那なのだ。ひたすら謙遜してしまう。


「まずは、荷物を片付けて……、お荷物はそれだけかしら?」

「はい」


 七珠那は風呂敷を抱きしめた。


「なら、お衣服もそろえないと。ねぇ旦那様、選んで差し上げてはいかがかしら。これこそ男の楽しみというものですよ」

「清子に任せる」


 圭章の返事は、相変わらず不愛想だった。


「着物は女の道楽だろう。私に女の衣装のことなどわかるはずもない。金のことは気にしなくていい」

「そうでしょうとも」


 清子が、おかしそうに頷くのを見て、圭章は用が済んだとばかりに家の中へ引っ込んでしまった。

 玄関に取り残された七珠那は、清子に促されて、ようやく宮水家に足を踏み入れたのだった。


「ごめんなさいね。坊ちゃん──いえ、旦那様ったら」


 清子は、七珠那を客間だという部屋に案内してくれた。


「急いでお部屋を設えましょうね。それまではこの客間で辛抱くださいな」

「すいません、でも、十分です。ありがとうございます」


 襖と障子を閉じた部屋は、外が見えないから狭く思える。その狭さに、七珠那はようやく一息つけたのだった。


「あの、この家で暮らしているのは圭章様だけ、なんですか? あんまりにも静かなので……」

「ええ、大旦那様と大奥様は北山の別邸に。お役目を旦那様にお譲りして、ひとまず肩の荷が下りたと仰せで」


 清子は、あかるく笑った。


「この上、奥様をお迎えされるなんて話になったら、ますます足が遠のいてしまいますわね。安心して」

「使用人の方は……?」  

「住み込みは私だけ。あとは通いの者が必要な時に。私はもともと宮水の大奥様にお仕えしていたんですけど、同じ時期に娘が生まれまして。旦那様にお乳を差し上げたこともあって、今もお仕えさせていただいているんですよ」

「そう、ですか……」


 なら、この広い家で、七珠那は圭章と清子の三人で暮らすことになるのだ。


(少し……息が詰まりそう……)


 出会って間もない相手だ。仕方がないのだが、七珠那はあの圭章の突き放すような態度が気になっていた。


(嫁と言っても、お金で買った巫女もどきだから、なのかな……)


「愛想は悪いんですが、いやな人じゃないんですよ」


 まるで七珠那の考えを読んだかのように、清子は言う。

 自分の主を庇う物言いには、必死さが滲んでいた。

 清子は、彼の前の婚約が駄目になったのを、その目で見てきたのだろう。 


「……優しくしていただいて、ありがたいと思っています。気を使ってくれているのもわかります」


 夫となる相手について、わからないことの方が多い。

 だが、それらは短い間の中で、間違いなく七珠那が自分で見て感じたことだった。

 七珠那は、彼の行動を、一つ一つ注意深く思い返しながら続ける。


「ご自身の名誉も自慢されるわけでもなくて、謙虚な人柄なのだと、思いました」


 時期が良かったと受け流すのも、好ましいと思った。 


「あらまあ」


 清子は、心から嬉しそうに微笑んだ。


「まずは、着物を用意しましょうか。いつかあつらえて差し上げればいんですが、とりあえず、すぐに着られるものが必要ですね」         


 そうして、戸惑い一杯の新生活が始まったのだった。

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