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雑草娘の婚約~呪われたと追放寸前でしたが、元英雄に見いだされました~  作者: 莉沙子
四章

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30終幕

 七珠那と圭章を乗せた馬車は、長閑な風景の中を進んでいた。

 七珠那は窓を全開にして、風を取り込む。柔らかな草木の匂い。遠くからは水が流れる音が聞こえてくる。

 馬車が進むのは、土がむき出しの道だったが、整備されているため大きな揺れは無い。

 往来は賑やかで、すれ違う馬車の多くは、七珠那達のように夫婦や家族を乗せている。

 どの家族も裕福層な身なりだった。


 首都から北に進んだ場所にある避暑地──北山である。


 圭章の両親がこの北山の別邸で隠居生活を送っている。

 今回、ようやく七珠那と宮水家の顔合わせが行われるのだった。


「随分待たせてしまった。両親も、七珠那も」


 圭章の言葉の通り、今日にいたるまで様々な出来事があった。

 七珠那が加護を授けた祝石が本格的に実用化され、七珠那には祈祷の依頼がひっきりなしに舞い込んできた。

 毎日毎日、疲れ果てるまで祈祷を続けた。圭章は圭章で、実用化の責任者の立場となりあちこち駆けまわっていた。

 忙しすぎて目が回りそうな日々を乗り越え、ようやく、今日と言う日にこぎつけたのだ。


 一番の目的はもちろん、顔合わせだが、慰労旅行や婚前旅行の意味も込めて、数日ゆっくりするつもりだった。

 首都に戻れば、また慌ただしい毎日が待っているだろうから。


「着物はそれでよかったのか? 新しく誂えてもよかったんだが」


 七珠那が身に着けているのは、臙脂と紅白の市松模様の振袖。義母となる圭章の母から譲り受けたものだった。

 この顔合わせのために新しく振袖をという申し出を断ってまで、七珠那はこの振袖に拘った。


「圭章様が、初めて選んでくださったものですから」


 七珠那ははにかんで、笑った。

 そうか、と相槌を打つ圭章もまた、目元を赤くして視線を彷徨わせていた。


「それを選んでよかった。本当に似合っている」

「あ、ありがとう、ございます」


 忙しさのあまり、同じ家で暮らしながら顔を合わせる機会が少なく、ゆっくりと会話をするのも久しぶりだった。

 だからなのか、初々しい恋人のようにぎこちないものになってしまう。


「これから、もう少し落ち着くだろう。きっとこうして出かける機会も増えてくる」 


 張り詰めるようだった日常が僅かに緩んだのが、一月前だった。


 加護の里で、透明な祝石を生む巫女が現れたのだ。


 天御玉比売が、新しい巫女に加護を授けた。そのことで、七珠那の肩の荷が少し軽くなった。     


(きっと、天御玉比売が必要と判断されたのね)


 天御玉比売の加護は、これから当たり前のようになっていくのだろう。七珠那の加護の特別でも珍しくもなくなる。

 そうなれば、また新しい妖魔の危機がやってくる。対抗するべく、神々が必要な加護を下されるのだろう。

 そうして人々は妖魔と戦ってきたのだ。


(私も出来ることをするの。──かえでも、頑張っているんだから) 


 加護の里からは、再び質のいい無垢石が運ばれてくるようになった。

 あの後、加護の里に残ったかえでは、なんと、御野山に立ち入ることを願い出た。

 その願いは許され、かえでは再び無垢石拾いをしているのだと言う。

 二人きりの馬車で語ったこと。あるいは男たちに刃を突き付けながら知恵を絞り、活路を見出そうとあがいたこと。

 何か彼女にとって糧になり、前を向くきっかけになったのなら、よかったと七珠那は思うのだった。

 

 間違えても、気持ちを正せば神はお許しくださる。


 そのことを確信した出来事でもあった。


(晶瑚様達も、いつかそうなるのかもしれない)


 中屋敷家から炎の神の加護が消え、誰もが語るまでもなく彼らの罪を知ることとなった。

 志紅は、他の加護が宿った祝石を使いながら、辛うじて守代を続けているのだと言う。

 当然、志紅に向けられる目は厳しい。だが、引退も、晶瑚と離縁もしていないそうだ。


 敢えて厳しい道を選んだ理由を、今の七珠那には想像ができなかった。


 長く守代として務めた家の者としての矜持なのか。

 引くに引けないという意地からなのか。

 一度妻と決めた女への、守代となることを決めた自分自身の決断への、そして罪を犯したことへの責任からなのか。


 責任であればと七珠那は思う。真摯に向き合う限り、いつか許される日は来るのだろうから。

 

 やがて馬車が止まる。

 大きな庭を持つ洋館の前だった。ここには西洋料理を出す食堂があって、食事をしながら顔合わせをすることになっている。

 白く塗られた門を潜れば、生垣や四阿が左右対称に置かれていた。

 計算されつくした美しさに七珠那はほう、と息を吐いた。


「素敵です! 圭章様!」


 七珠那は跳ねるように庭に足を踏み入れる。甘く爽やかな匂いがする。薄桃色の薔薇が、見事に咲いているのが見えた。      


「七珠那」


 薔薇に顔を近づけ、甘い匂いを堪能していた七珠那は、圭章の声に顔を上げた。

 真剣な固い声だった。声に負けないぐらい、圭章はただでさえ固い面をさらに強張らせていた。


「私と結婚してくれるか?」


 思わず身構えた七珠那にかけられたのは、


「ど、どうされたんですか……いきなり」


 七珠那は混乱して、どもりながら尋ねた。

 嫁に来いとは、加護の里で言われた。

 七珠那も圭章もそのつもりだったし、お互いわかり切っていたから、敢えてここで言葉にする理由がわからない。


「玖遠に言われた」


 圭章は、重々しい口調をそのままに言う。


「はっきりと結婚の申し込みをしないと、恨まれると。末代まで呪われても仕方がないことだと。だから、きちんと言おうと思った」


 七珠那は笑った。

 嬉しいと思うのに、笑いが止まらなかった。

 黙っていればいいものを、それを口に出してしまう不器用さが、圭章らしかった。

 愚直なほど真面目で、これと決めたら意志は固いのに、妙に柔軟なところがある。

 どの面も素敵で、七珠那はずっと圭章に惹かれていた。


「圭章様。私からもお願いします。私とずっと一緒にいてくださいますか?」


 そして、同じ願いを、七珠那も抱き続けている。


「私はもう、特別ではありません。同じ加護を持つ巫女が、他にもいます。巫女になれなかった石拾いの雑草娘です。それでも──それでも、一緒にいてくださいますか?」



「あぁ──」


 圭章は、ためらいもなく、大きく頷く。


「七珠那がいいんだ。他の誰でもない。私は、七珠那がいい」


 その言葉に、七珠那は駆けだした。

 夫となる人に手を伸ばし、どうか離さないでと願った。

 巫女になれなかった七珠那を。そしてもう、特別でなくなった七珠那を。 

 それでも、どうか、変わらず一緒にいて欲しいと。

 大きな手が、七珠那の手を摑まえる。ごつごつとしていた、ざらつく手。なによりも美しく頼もしい手。

 この手に導かれて、七珠那はここまでやって来た。

 これからも、変わらず歩いていくのだろう。

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