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雑草娘の婚約~呪われたと追放寸前でしたが、元英雄に見いだされました~  作者: 莉沙子
三章

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14二カ月後

──七珠那が宮水家にやってきて、二月が経った。


「おはようございます! 圭章様」

「おはよう……」

「今日の朝餉は、しじみ汁ですよ!」


 その頃には圭章を起こし、部屋に日の光と風を取り込むのが、七珠那の仕事になっていた。


「あぁ……」


 のそのそと体を起こした圭章は、まだ目が開ききっていない様子だった。

 無理もない。昨日は、守代や祝具師、それを取りまとめる上役達との会合があり夜が遅かった。酒も出たようで、しかめっ面で帰って来たのだ。

 圭章は飲めぬわけではないが、強くないらしい。

 だというのに、最近は会合が頻繁にあり、圭章はよく外出していた。


(私の加護の話もあるのかもしれない)


 圭章は、どんな話が出たのか、七珠那には言わない。

 だが、言われずとも想像がついた。だからこそ、七珠那は懸命に圭章を支えようとしていた。


「二日酔いに効きますから」

「助かる……」


 圭章が、着替えに手を付けたのをみて、七珠那は部屋を出ようとする。

 その背を、圭章が呼び止めた。


「昨日の会合で、七珠那の加護の祝石の話になった」

「はい」


 力は明らかになっても、どの神かもわからぬ、そして、新しい加護だ。

 歓迎されることばかりではないと身をもって知っているからこそ、七珠那は身構えてしまう。

 淡く笑い、圭章は続けた。


「祈祷を頼むことが増えると思う」

「そう、ですか──」


 そこまで悪い結論に至ったわけではないらしい。

 七珠那は、ほっと肩の力を抜いた。


「お待ちしていますね。私はいつでも、いくつでも大丈夫です」

「無理はしなくていい。清子から、家事も女主人としての役割も熱心だと聞いている。手は余っているのだから好きにすればいい」


 圭章は、その言葉がかつて七珠那を傷つけたことを思い出したのだろう。気まずい顔をする。

 だが、七珠那は、笑って流した。


「働きたいので働きますね!」

「あぁ、そうか……。お前はそういう娘だったな」


 圭章の苦笑を背に、七珠那は今度こそ部屋を辞して、朝食を用意するために台所へ向かった。


「あら、七珠那様」


 台所では、清子がすでに配膳の準備をしていた。

 とはいっても、しじみ汁は七珠那が作ったものだし、香の物も切ってあった。清子の役目は膳を整えるだけになっていた。


「七珠那様がなんでもこなしてしまうから、私のお役目がなくなってしまいそうです」 

「そんな……清子さんに教えていただかなければ、私は何もわかりませんから。──昼は八杯豆腐にしようと思うんですが、いかがでしょうか?」

「七珠那様はすっかり、旦那様のことがお分かりですね。私、お伝えしたわけではないんですが」


 酒を飲んだ翌日、圭章は食欲が落ちる。朝は汁物と米と香の物で軽く済ませ、昼は軽いものしか口にしない。


「見ていて、なんとなく、です」

「本当に、私は気兼ねなく楽させていただけます」


 清子の冗談めかした大げさな言葉に、七珠那は笑った。

 頼られることも、役に立つことも嬉しい。

 七珠那は、自分から役目や仕事を探しに行くようになった。

 掃除を積極的に手伝い、台所に入った。始めのうちは、扱いに困っていた使用人たちは、新しい女主人が、働きたがりなのだと知るとあっさり受け入れてくれた。

 通常、家のことは女主人が仕切ることなのだ。

 圭章の母親が別邸に去って以降、女主人の不在が長く続いた家だ。この家の使用人は自分達で動くことに慣れているが、新しい女主人の気持ちを知ると、七珠那を頼ってくれるようになった。

 この家の誰もが、すっかり七珠那のいる生活を受け入れてくれていた。 


「そういえば、旦那様に聞きました。お手柄ですね。七珠那様」

「え?」

「七珠那様の加護の話です。祝具の検証を拡大するとか」

「そう、みたいです。新しく祈祷をお願いされたので」

「首都に、厄介な小物の妖魔が出てしばらく経つんですが、数が多い分、対処が難しくて」

「小物の妖魔が群れで出るのは、首都では多いことなんですか? 村では大きな妖魔しかでなかったから、私、数の多さに驚いたんです」

「数年前まで、首都にも大型の妖魔が多かったんですよ。特に厄介だったのが、地震を起こす妖魔で」


 清子は、お湯を急須に注ぎつつ、続けた。香しい匂いが湯気と共に立ち上ってくる。


「今、あちこちに新しい建物が沢山建てられているでしょう? その妖魔のせいで工事が止まったり、せっかく建てたものが壊れたり、難儀していたんです──それを討伐したのが旦那様」


 清子は誇らしげに胸を張った。


「そこから一気に工事が進むようになって、旦那様が英雄と呼ばれるようになったんです」


 なるほど、と七珠那は納得した。


(だから、圭章様は、時期に恵まれたと仰ったのね)


 自分のおかげで首都が栄えたのだと誇ることもできただろうに、そうしない姿勢に、七珠那は尊敬の念を抱いた。 


「でも、その後、急に妖魔が小型化してしまって、群れで出る様になったんです。建物がいっぱい建てられて、人が増えた後だから、逃げ場がなくって……。どうして、妖魔ってのは、あの手この手と狙い撃ちで人を困らせに来るんでしょうか」


 妖魔とは、そういうものなのだ。

 人を脅かすために、最も効果的な方法をとると言われている。

 対策を取れば、次第にその対策が効かない妖魔が現れる。人と妖魔はいたちごっこを続けているのだ。


 清子は僅かに表情を曇らせたが、切り替えるように笑った。


「これで、皆がまた安心して過ごせるでしょうね。本当によかった」

「いいえ。私だけじゃないです。石を拾ってくる女の子がいて、刀を作る男の里の方がいる。その結果です」


 守代だけではない。石拾いだけではない。平和であれと願う人が、成したことなのだ。

 七珠那は、そこに関わる誰かを蔑ろにしたくなかった。


(でも……屑石ばかり回ってくるのが、少し心配……)


 この二月の間、何度か圭章に言われるまま無垢石に祈祷をしたが、屑石や小さな無垢石ばかりだった。 


(他の場所には、ちゃんと大きな無垢石が回っているのかしら……。かえでは、橘花は大丈夫なの?)


 七珠那は、加護の里に残してきた後輩二人に思いを馳せた。


「それに、旦那様も一層やりがいがあるでしょうし。もともと刀を持っていた方なんでですから、前線を退くことになって無念もありますでしょうし」


 その言葉に、思考が中断される。


「え?」


 七珠那は清子を見た。清子は、おしゃべりをしながら手を止めるのをやめない。まるで、何気ないことのようだった。


「圭章様が、そう仰っていたんですか?」

「いいえ。どこかでその気持ちがあるのでは、と清子は思っているのです。守代の中には、刀を持ってこそと思う方も多いですから」


(そう、なの……?) 


 清子は七珠那よりも長く圭章と一緒にいる。でこそわかることもあるだろうが、七珠那はどこか納得しきれない気持ちになった。  

 彼が過去を語る際に、時折見せる無念そうな顔は、戦えないからなのだろうか。

 七珠那から見れば、圭章は常に自分が出来ることを探して、見つけて、前へ進んでいる。

 出来なくなったことをいつまでも悔やむものだろうか。


「七珠那、今日、昼から構わないか」


 朝餉の膳を待たず、圭章が台所へ顔を出した。七珠那は手を止め、圭章の元へ歩み寄った。


「はい。時間はありますが……」

「来客だ。お前に」

「私、ですか?」


 家族もおらず、追放されるように加護の里を出てきた七珠那だ。訪ねてくるような客人など、心当たりがなかった。


「玖遠は覚えているか」

「鷹司玖遠様、ですね」

「奥方が、お前に会いたいらしい」

「え?」


 玖遠の妻は、かつて加護の里の巫女だったのだという。

 嫌な予感がしたが、確証もなく会いたいという相手を拒めず、七珠那はぎこちなく頷いた。

 加護の里での巫女からどんなふうに扱われていたか、圭章も知っているだろう。

 かといって、改めて彼の前で雑草娘と嗤われる姿を見られるのかと思うと、気持ちが塞いだ。


 だが、来訪者は、予想外の人物だった。


「七珠那。本当に七珠那なのね!」

衿禾(えりか)様……!?」  


──七珠那に神気があるなら、巫女になればいいのに。私が明官様に言ってあげる。七珠那なら、きっといい巫女になれるわ──


 そう言ってくれた巫女だった。   

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