ゼロスキルの無能貴族、異世界で名探偵になる~やり込んだ神ゲーの『完全攻略本』が頭の中にあるので、事件が起きる前に犯人もトリックも全部分かってしまう件~
「……信じられん。代々優秀な魔法剣士を輩出してきたこのバスカヴィル家の血を引いておきながら、授かったスキルが『なし』だと?この恥晒しめがッ!」
大理石が敷き詰められた豪奢なホールに、父親である辺境伯の怒声が響き渡った。
その隣では、優秀な長男である兄レオンが、まるで汚物でも見るかのような冷ややかな視線を俺に向けている。
「父上。もはやこいつは我が家の汚点です。魔力も無い、剣の才能も皆無、おまけに15歳の『スキル鑑定の儀』でゼロスキル……。これ以上、バスカヴィル家に置いておくのは外聞が悪すぎます。ただ飯を食わせる価値すらありませんよ」
「ええい、分かっておる!……おいシリウス!貴様は今日から離れのボロ小屋で生活しろ!本邸への立ち入りは一切禁ずる!そしていずれほとぼりが冷めたら、平民として追放してくれるわ!」
「……はぁ。分かりましたよ」
俺、シリウス・フォン・バスカヴィル(15歳)は、特に反論することもなく、適当に頭を下げてその場を後にした。
(……やれやれ。異世界転生モノのテンプレとはいえ、胸糞悪いスタートだな)
俺はため息をつきながら、屋敷の長い廊下を歩く。すれ違うメイドや使用人たちも、俺を見るとあからさまにヒソヒソと嘲笑い、避けるように道を空けていく。昨日まで「シリウス坊ちゃま」と媚びへつらっていた連中が、見事な手のひら返しだ。
現代日本で、徹夜のゲーム明けにコンビニへ向かう途中、居眠り運転のトラックに撥ねられて死んだ……ところまでは記憶にある。そして目を覚ませば、このファンタジー世界で「無能な貴族の次男」として生まれ変わっていたというわけだ。
チートスキル?伝説の魔法?
そんなものは一切ない。正真正銘、ステータスは村人Aにも劣る底辺。魔力もなければ、腕力もない。スライムにすら苦戦するだろう。
だが、俺は絶望していなかった。なぜなら、この世界に見覚えがありすぎたからだ。
(……この世界、どう見ても俺が死ぬほどやり込んだオープンワールドRPG『アルカディア・クロニクル』の世界そのものなんだよな)
マップの隅から隅まで歩き回り、全NPCのセリフを記憶し、隠しイベントからバグ技、アイテムのドロップ率まで網羅した、プレイ時間5000時間超えの神ゲー。俺はあのゲームのRTAの世界記録保持者だ。
つまり、俺の頭の中には、この世界の『完全攻略本』が入っている。
「……とはいえ、魔法も剣も使えないんじゃ、魔王討伐なんて無理だしな。主人公の邪魔をしないように、大人しく領地でスローライフでも送るか……」
俺が今後の身の振り方を考えていた、その日の夜だった。
◆
「誰か!誰か来てくれェェェッ!!」
深夜のバスカヴィル邸に、悲痛な叫び声が響き渡った。
俺はボロ小屋の硬いベッドから身を起こし、窓の外を見た。本邸の三階、貴賓室の窓から黒い煙が上がり、使用人たちが松明を持って慌ただしく走り回っている。
(……あー。始まったか)
俺はあくびを噛み殺しながら、羽織ものを引っ掛けて本邸へと向かった。
貴賓室の前は、既に騒然としていた。
扉は破壊され、部屋の中は荒らされている。そして部屋の奥のベッドでは、今日この屋敷に滞在していた王都からの客人――公爵令嬢であるクロエ・ヴァン・ローゼンベルクが、顔面蒼白で気を失って倒れていた。
「何事だッ!クロエ様に何があった!」
父親である辺境伯と、兄のレオンが護衛の騎士を引き連れて駆けつけてくる。
「も、申し訳ございません!クロエ様の悲鳴を聞いて駆けつけた時には、既に部屋は荒らされ……クロエ様がお持ちだった国宝級のアーティファクト『月光の魔石』が、跡形もなく消え失せておりました!」
護衛の騎士が、青ざめた顔で報告する。
「な、なんだと!?『月光の魔石』だと!?あれは明日、王家へ献上するための至宝ではないか!それが我が屋敷で盗まれたとなれば、バスカヴィル家は取り潰しだぞ!!」
父親が頭を抱えて絶叫する。
「落ち着いてください、父上!犯人はまだ遠くへは行けていないはずです!窓には鍵がかかっておりました。扉の前には護衛がいた。つまり、これは内部の者の犯行……!」
兄のレオンが、鋭い視線で周囲を見回す。
そして、騒ぎを聞きつけて野次馬に来ていた俺を見つけると、その顔に醜悪な笑みを浮かべた。
「……おい、シリウス。貴様だな?」
「は?」
「とぼけるな!昼間に無能の烙印を押され、家を追い出された腹いせに、我が家を破滅させるために盗みを働いたのだろう!底辺のクズが考えそうなことだ!」
レオンがズカズカと歩み寄り、俺の胸ぐらを掴み上げた。
「おい待て、レオン様!いくらなんでも証拠が……」
「証拠ならある!この部屋の扉には、微弱な魔力感知の結界が張られていた。だが、反応はなかった!つまり、魔力を持たない『ゼロスキル』の貴様なら、結界に引っかからずに侵入できたはずだ!」
こじつけもいいところだ。周囲のメイドや執事たちも「やはり無能のシリウス様が……」「なんて卑しい……」とヒソヒソと囁き合っている。
(……おいおい。いくらなんでも短絡的すぎないか?)
だが、俺の脳内データベースが、ある一つの『初期イベント(サブクエスト)』を検索していた。
クエスト名:『月夜の怪盗と消えた魔石』。
発生条件:ゲーム開始直後、辺境伯邸の貴賓室。
(……あー、序盤の推理イベントなんだよなぁ。犯人もトリックも、隠し場所も、とっくに知ってるんだよな)
俺は胸ぐらを掴まれたまま、深くため息をついた。
「……離せよ、兄上。俺は盗んでない」
「嘘をつけ!貴様以外に誰がいる!衛兵を呼べ!こいつを地下牢へぶち込め!」
「衛兵を呼ぶのは賛成だが、牢に入れる相手が違うな」
俺は冷ややかな目で、周囲を取り囲む使用人たち――その中で、最も悲痛な顔をして父親の横に控えている『初老の執事長』を真っ直ぐに指差した。
「犯人はお前だ、執事長のセバス」
「……え?」
指名された執事長が、ビクッと肩を震わせた。
レオンが眉をひそめる。
「何をでたらめを!セバスは我が家で30年も仕えている忠臣だぞ!お前が生まれる前からこの家を支えている男だ!貴様のような無能と一緒にすな!」
「忠臣ねぇ。……おいセバス、お前、最近王都の裏カジノで作った借金、金貨500枚に膨れ上がってるらしいな?取り立て屋の『金喰い虫』に『今週中に払わないと娘を売り飛ばす』って脅されてるそうじゃないか」
「なっ……!?」
執事長の顔から、サァーッと血の気が引いた。
レオンや周囲のメイドたちが、驚愕の目で執事長を見る。
「ど、どうしてそれを……!?いえ、違います!私は何も!それに、この部屋は密室でした!鍵は内側からかかっており、扉は騒ぎを聞きつけ壊して入ったのですよ!私がどうやって侵入したと言うのですか!」
執事長が必死に反論する。
密室トリック。確かに、窓には内側から鍵がかかり、扉の前には護衛がいた。
「密室?笑わせるな」
俺は乱暴にレオンの手を振り払い、部屋の奥にある重厚な『本棚』へと歩み寄った。
「この屋敷を建てたのは初代辺境伯だ。彼は疑り深い性格で、貴賓室には万が一の脱出用の『隠し通路』を作っていた。……その仕掛けを知っているのは、古株の人間だけだ」
俺は本棚の三段目にある、赤い背表紙の本を引っ張った。
ゴゴゴゴ……ッ!
重い音を立てて、本棚がスライドし、その後ろから真っ暗な隠し通路が姿を現した。
「な……っ!?」「隠し通路だと!?」
「ああ。お前はここから部屋に侵入してクロエ様に睡眠薬を嗅がせ、魔石を奪った後、再びこの隠し通路を通って逃げた。だから扉の結界は反応しなかった。そして何食わぬ顔で、騒ぎを聞きつけて駆けつけたフリをしたんだ」
シーン……。
部屋の中に、静寂が落ちる。
「……証拠は?通路があったからといって、私が犯人だという証拠にはならん!それにシリウス、お前が知っているということはお前がやったんだろ!」
執事長が脂汗を流しながら吠える。
「証拠?あるに決まってんだろ」
俺は隠し通路の中に一歩足を踏み入れ、すぐ足元に落ちていた『銀の懐中時計』を拾い上げた。
「これ、セバスがいつも大事に持ち歩いてる懐中時計だよな?よっぽど慌てたんだな?逃げた時に落としたんだろ。裏に『セバスチャンへ』って刻印があるぜ」
「あ……あぁ……!」
懐中時計を見た瞬間、執事長は完全に腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。
「お、お許しください……!娘が……娘が借金のカタに取られそうで……魔石を売れば、借金が返せると魔が差して……!」
ガックリと項垂れる真犯人。
その光景に、レオンも、父親も、メイドたちも、全員がポカンと口を開けて絶句していた。
(当然だ。こいつの借金設定も、隠し通路のギミックも、懐中時計のドロップ位置も、全部攻略Wikiに載ってる基本情報だからな)
「……き、貴様ぁぁぁっ!!」
窮地に追い詰められた執事長が、突如として懐から短剣を抜き放ち、狂乱して俺へと飛びかかってきた。
「だが、死ねば証拠は隠滅できる!お前さえいなければァァッ!」
「セバスッ!貴様ァァァァ!」
父親が叫ぶが、護衛の騎士は間に合わない。
ゼロスキルの無能である俺のステータスでは、老齢とはいえ刃物を持った大人の突進を躱すことは不可能だ。
――だが、俺は一歩も動かなかった。
「……3、2、1」
俺が小さくカウントダウンを呟いた瞬間。
バキィッ!!
「ぐあぁぁぁっ!?」
俺の目の前まで迫っていた執事長の足元が、唐突に抜け落ちた。
隠し通路の入り口に設置されていた『防犯用の落とし穴トラップ』。俺が本棚を操作した際に、ついでにこっそりと起動スイッチを踏んでおいたのだ。
執事長は無様に悲鳴を上げながら、地下深くへと落ちていった。
「……やれやれ。自分の屋敷のトラップの配置くらい覚えておけよな」
俺は落とし穴の縁から下を見下ろし、冷ややかに鼻で笑った。
◆
事件は解決した。
意識を取り戻したクロエ公爵令嬢から、涙ながらの絶大な感謝を受けた。
「シリウス様!貴方のような素晴らしい知恵と観察眼を持った方が、この屋敷で冷遇されているなんて信じられません!王都に戻りましたら、必ずや貴方の名誉を回復するよう父に申し伝えますわ!」
彼女の言葉に、父親と兄レオンは顔面を蒼白にさせて震え上がった。公爵家に睨まれれば、辺境伯など一溜まりもない。
「お、おお!シリウスよ!お前にはそんな特別な才能が隠されていたとは!やはりお前は私の自慢の息子だ!明日にでも本邸の部屋に戻ってきなさい!」
「そうだ!ゼロスキルなど関係ない!お前のその頭脳があれば、我がバスカヴィル家はさらに安泰だ!」
すり寄ってくる父親と兄。その醜悪な手のひら返しを見て、俺は心の底から呆れ果てた。
「……今更すり寄ってきても遅ぇよ」
俺は父親の手を払い除け、冷たく見据えた。
「俺は、俺の価値を『スキル』という記号でしか測れなかったあんたらのことが、死ぬほど嫌いなんだ。……今日限りで、バスカヴィル家とは縁を切らせてもらう」
「な、なんだと!?公爵家の後ろ盾を得られるかもしれないのに、家を出るというのか!?」
「無能は無能らしく、自分の得意なことで生きていくさ」
俺は不敵に口角を吊り上げ、高らかに宣言した。
「王都で『探偵』でも始めるよ。……せいぜい、無能な弟が名を上げるのを指をくわえて見ていてくれ」
剣も魔法も使えない、最弱の無能貴族。だが、世界の全ての陰謀、トリック、そして裏設定を知り尽くした『名探偵』の伝説が、ここから幕を開ける。
「行くぞ。……俺の頭の中にある『完全攻略本』が、次の事件を呼んでるんでな」
俺は屋敷の者たちの制止を振り切り、夜明け前の街道へと一人、歩き出した。




