九重春葛
夕暮れ。体育館。部活は終わったようで、今ここにいるのは、自主練習に励む女子生徒数人だけである。
(あー、やはり女バレの先輩は素晴らしい…)
…だけである?
どうもみなさん初めまして。九重春葛です。覚えているでしょうか。前回、体育館の天井へ飛翔し忘れ去られたとある人物を。そう、それが僕、陸上部兼写真部の高校一年生、九重春葛です。
という訳でまだ、体育館の天井から降りられていません。
「どうしよ…」
春葛は涙目でしみじみと呟いた。
「ヒマリーー!」
体育館に声が響いた。ヒマリが振り向くと、そこには、頭に白い髪飾りと金の簪をつけた紫髪の女子生徒がいた。手を振ってヒマリを呼んでいる。
「あ、こと―」
「美琴先輩!お疲れ様です!」
元気良く挨拶をする。その声の主はハ―。
バゴンッ…
「美琴ーーー!」
ヒマリが琴音に駆け寄る。
「大丈夫?ケガはない?」
ヒマリに真正面から見つめられ、呆然としていた美琴が目覚める。
「…え…!あ、うん。ケガは無いよ」
「良かったぁ」
安堵したヒマリは胸を撫で下ろした。
「なんか落ちてきたから、思わずサーブ打っちゃって…」
そう言うと、ヒマリは物体が吹き飛んだ方を見る。
「…よくも…やってくれましたね…」
ひっくり返ったバレーボールのボールカゴの中から苦しそうな声が聞こえた。
「不審者!?」
ヒマリがボールを高く上げる。助走をつけ、床を強く蹴る。ボールに向かって手を伸ばし、もう片方は大きく引く。その手が描くは"弧"。それが表すは、完全なる循環。帰結する圧倒的膂力。そして、数刻先に垣間見える…破壊―ジャンプサーブ―サーキュラーアームスイング!!!
「待ってヒマリ!あれハルカく―」
ピーン、ゴゴゴゴゴ
サーブらしからぬ音を立てて、その「ボールだった何か」、圧倒的質量を纏った物体がボールカゴに迫る。
「よいしょ…」
ガタン…カゴの中からハルカが立ち上がる。そして、流れるように腰を落とし、腕を前に出し、手を組んだ。―万物を受容する型、万象を無に帰す器…サーブレシーブ!!!
ギュウウウウウウ!!!
「かはッ…!」
ハルカの前腕中央に浴びせられる衝撃。それを受け止めんとする相反する力がぶつかり合う。
「はああああああああああ!!!!」
ハルカが叫ぶ。腕がミシミシと悲鳴をあげはじめた。
バキッ…
「はっ!」
パン!…ガゴン!
バレーボールが高く打ち上がり、天井に引っかかった。
「はぁ…はぁ…」
「頑張りましたね…ハルカくん」
そこに立っていたのは、大桃自由だ。
「大丈夫か?ハルカ」
心配しているのはナギサだ。
「...うん、大丈夫じゃなさそうだな」
「どうして、ここに?部長、ミユ」
ボーとして言ったハルカの質問にナギサが平然と答えた。
「え?そりぁお前を迎えにだよ」
「………」
(いや、遅ぇよ!2時間くらい待ってたぞ!?てか、最初から置いていくなよ!え?待って、これ一種のハラスメントじゃね?労働施策総合推進ナントカに引っかかるんじゃね?てことは、この部長、将来、権力にかまけて色々やっちゃうのでは?女性社員に向かって、茶!とか言い出すのでは?年下社員にグヘヘとかするのでは?育休とった人の家に数年後忍び込むのでは?…ダメだ…今!!ここで!!ヤるんだ!!!)
「大丈夫?」
ハルカが振り向くと、そこには美琴、桜宮美琴がしゃがんで、心配そうにしていた。ハルカの肩に手を乗せている。
「み…!美琴先輩!」
ハルカの顔が少し赤くなる。ミコトはハルカの腕に目を移すと、息を呑んだ。
「ハルカ君、これ…」
ハルカの腕はボールの形に凹んでしまっていた。
「うーむ。これ折れてるね。とりあえずこれ塗ったきな」
と言ったのはミユ。なぜか白衣をつけ、髭を生やし、聴診器をハルカの腕にくっつけている。差し出されたのは、レッドブール。エナジードリンクだ。
「いや、見ればわかるわ。てかエナジードリンク?何で塗んなきゃいけないんだよ、飛ぶぞ?」
ハルカがツッコむ。ヒンヤリ。ハルカの腕に何かが触れた。
「凹んでる…」
美琴はそう言うと、凹んでる部分を撫でた。
「……!あ!ごめん!こんな、折れてるのに、凹んでるなんて、不謹慎だよね!」
と、慌てて謝る美琴。顔を少し紅潮させ、恥ずかしく、気まずそうな様子で顔を俯かせながら、ハルカを見つめる。
きゅーーー。ハルカの腕が光る…
光が収まるとハルカが美琴に向かってグットサインを出した。
「大丈夫です。治りました」
ハルカの腕は元通りになっていた。
「え?な…何で?嘘…!」
美琴は驚きを隠せない様子。だが、ナギサとミユは一切驚かず、少し感心した様子だった。
「あれ?なんか大丈夫そうだね。良かった良かった」
ヒマリが飄々と言う。
「良かったじゃないですよ!折れたんですよ!僕の腕!」
「まぁまぁ良かったじゃん。ギャグパートで」
「そういう問題じゃないし!そういう事いわないで!」
薊香菊鞠。彼女はバレーボール部に所属する二年生。美琴の幼馴染である。
「でも、天井から落ちてきたのがまさかハルカだなんて思わないよ。不審者すぎるって!まー、とりあえず、ごめんね♡」
ナギサが春葛の肩に手を置いた。
「ハルカ、いくら美琴を懸けた、となってもな。あいつには勝てない。色んな意味でな。最悪、この世にいられなくなる」
ヒマリはネットの片付けを始めている。バレーボールネットの2本のポールを両手に軽々と持っていた。
「……それでも!諦めて死ぬくらいなら、僕は、挑んで死にます!」
「諦めると死ぬんだ…」
「てか、部長!遅いですよ。僕2時間くらい天井居たんですけど」
ナギサは一瞬キョトンとしたが、すぐに思い出したようだ。
「あー!そうだったそうだった。でもね、俺もすぐ思い出したんだよ?それで戻ろうとしたんだけど…カッコつけた手前、恥ずかしいじゃん。で、ごねてたらバレー部帰ってきちゃってー…」
「まぁ、ごめんね♡」
「キッショ…」
ハルカが呟いた。
「とりあえずお前はあれだな。」
「ちょっ、それは!」
「美琴ー!かーえろ?」
いつの間にか片付けを済ましたヒマリが美琴に声をかける。周りを見渡すと、体育館には、もう自分たち以外誰もいないようだった。
「うん。じゃ、またね、ミユちゃん。」
美琴は、ミユの頭を撫でる。そして、ハルカに尋ねた。
「ハルカ君、足、大丈夫?」
心配そうな美琴。ハルカは平然と答える。
「はい!来週には復帰できると思います!」
「そうなの!?良かった!そんなひどくなかったんだね」
美琴がハルカに笑いかける。ハルカから、ものすごい幸せの輝きが放たれていた。
「眩しい…!」
ナギサが呟く。
「じゃ…ハルカ君と…」
美琴はナギサを見ると、イタズラっぽく笑った。
「...ナギ助も、じゃあね」
「おい、それ…母さんの俺の呼び方だから!」
美琴は、あははと笑うと、手を振って背を向ける。
じゃね、と言うと、ヒマリも一緒に体育館を後にした。
「俺たちも帰ろうぜ…用務員さん、そろそろ来るし」
「そうですね。ナギ助部長…」
ぬるりとハルカが立ち上がった。
「お前…またすねんなよ。だから、俺は美琴と幼馴染なの!で、お前が思うような関係でもないの」
「わかってます!わかってるけど!羨ましい!」
と、ハルカが走り出しそうになる。
「おっと!走るな走るな」
ナギサがハルカの肩を掴んで止める。すると、ミユがハルカの目の前に何かを突き出した。
「そうですよ。ハルカさん。君の怪我が悪化したらどうするんですか」
「はい。すみません。ありがとうございます…。うっ!ミユ…やめて!それ、スースーするから!」
ミユの手にはフェルビナク軟膏がフタ無しで握られていた。
「ふっ!怪我…治った?」
ミユが誇らしげにキメる。
「いや…治ってない…」
「よし!帰ろう!」
ナギサがそう言い、3人も体育館を後にした。
「はぁ...」
校門の前、ポケットに手を突っ込み、ハルカが佇んでいた。腕時計を見る。時計は18:52を指していた。
「塾、行くか…」
ギリギリ、夕焼けの橙が残るかという空の下。ハルカは駅へと歩きだした。
本日のアフターフォト①
ズズッ!ラーメンを啜る音。
ナギサ:今回、オチも盛り上がりも無かったよね?
…もぐもぐ…
ハルカ:まぁ、僕の死闘があったってことで。
ヒマリ:私と美琴の登場回なのに!こんな仕打ちないよ!
ハルカ:仕打ちとか言うなよ!
ぷはぁ!
ミユ:お黙り!モブカス!
ハルカ:ひどい!言い過ぎ!モブじゃねーし!
ナギサ:まぁでも、やっと一話から日が変わりそうで良かったよ。
ミユ:ですね。ハルカさん、あなたのせいですよ。
ハルカ:それは…まぁ、そうか?ん?なんか、僕が悪いみたいになってない?
ナギサ:ふぅ、ごちそうさまでした。




