私立建ノ宮学園高等学校の写真部
トン、トン…。小気味の良い音が部屋に響く。教室…の一つではあるのだろうが、そこには長い応接ソファ、その隣には長テーブルが置かれるなど、教室とは似合わないものが多く存在していた。だが、どこかまとまりのあるこの部屋の教卓に座っているのは、神座司渚。私立建ノ宮高等学校、略してタケコー写真部の部長である。
はじめまして、俺は神座司渚、写真部の部長だ。部長、と言っても特に大きな仕事があるわけでもない。面倒な仕事を任せられるだけである。今押しているハンコは生徒会に提出する書類。今年の予算は4544円らしい。…危なかった。こんな部活に、予算を出してくれるのはありがたいのだが…。なんでこんなに刻むんだ。刻みすぎて大惨事になるところだった。
「…ふぅ」
天気の良い放課後、外からは部活に勤しむ生徒の声が聞こえる。
タッタッ…。陸上部だろうか。
ドッドッ…。まぁ、陸上部だろう。
パンッ…。スターターピストルか、本格的だな。
パンッパンッ…。あれってそんな連発するものなのか。
パンパンパン…。ん?
アッ、ハーーン…
「何事だ!?」
勢いよく立ち上がり、窓を開け放つも、ただ陸上部が走っているだけである。
「フッ!ハッ!」
あたりを見回すも、不自然な点はなく、眼前には広い校庭が広がっていた。
「どうしたんですか、部長」
窓の外、ベランダから気だるそうな少年の声が聞こえた。
「何興奮してんすか、目、ギンギンですよ」
そこにいるのは、写真部の一年生、九重春葛。彼は写真部の部室にいる時は基本的にベランダに出ている。
「興奮してねーよ!お、お前こそ美琴見て興奮してんじゃねーか!」
「…んっ……ふぁあぁー…」
不意に、可愛らしい女の子の声が聞こえた。ムクリ、とソファから起き上がる。
「なんですか?事件ですか?」
半分まだ寝ているんじゃないかという彼女は大桃自由。写真部の一年生だ。険しい表情の二人を見て
「わ、私は一人しかいないですよ!」
と、派手に勘違いをしている。
「誰がお前なんか取り合うか。年下好きの部長は知らんが、俺は年上!ひいては美琴先輩一択だからな!」
「俺は年下好きじゃねー!ロリ好きだ!」
「余計キモいんだよ!」
二人が性癖をカミングアウトしたところで、ドアが開く。見てみると、そこにはバスケのユニフォーム姿の生徒が立っていた。
「失礼します。あ、いたいた。神座司先輩、ちょっと来てくれませんか?」
ナギサが真面目な表情になる。
「どうした事件か?」
「いや、事件というほどでは…まぁ、写真部の助けを借りたいって感じっス」
「わかった」
ナギサが青い腕章を腕に通す。
「行くぞ、ハルカ、みゆ」
「はいはい」
「ラジャー!」
説明しよう。彼らはただの写真部ではない。この建ノ宮学園高校におけるこの部活は、いわば何でも屋。助けを求めれば、誰でも、どんな時でも、気分が乗る時は助けてくれる。そう!もはや彼らは写真部ではないのだ!
体育館に着くと、そこではバレー部が部活をしていた。ナギサがあたりを見回す。問題に勘づいたのかもしれない。さすが部長である。
「チッ、やはり今日はテンちゃんはいないな」
「ロリコンきもいです。てかあんたのテンちゃんセンサーを素通りできる訳ないでしょ」
神座司は床に手をつき、絶望している。
「もしかしたら…もしかしたらがあるかもって…!」
「神座司先輩!あれです!」
さっきのバスケ部が天井を指差す。そのにはバスケットボールが挟まっていた。
「今日はバスケ部部活ないんすけど、バレー部が走り込みをするっていうんで、その間だけ練習してたんですよ。そしたら…」
隣にいるバスケ部員を見る。
「焼きおにぎり君のボールが挟まってしまって…」
「My ball…」
焼きおにぎりと呼ばれた、おそらく留学生であろう彼は呆然と天井を見つめていた。
「そうか」
ナギサは短く、悠然と答えた。だがその真面目な表情から放たれるその言葉は、威厳と貫禄に満ち溢れていた。
「テンちゃんが汗水垂らして走っているというわけか」
ハルカが前に出る。
「バレー部のお姉様方が汗だくで必死に走っているというわけですね」
「それは大興奮ものですね。フー、フー!」
と、みゆはどこから持ってきたのか、カメラを手に持ちながら鼻息を荒くしている。
「Sorry Dad...」
焼きおにぎり…ボブが呟いた。
「ん?ダッド?」
ナギサが頭を傾げる。そして、何か理解したような表情で歩き出した。
「なるほどな…」
トン、トン…
ナギサがバスケットボールの真下に立つ。
「あれは君の大切な物なのだな、焼きおにぎりよ」
「Yes...」
ナギサの背中にはただならぬオーラが漂っていた。
「さっきのバスケ部員!」
バスケ部員は突然呼ばれ、気をつけの姿勢になる。
「はい!」
「報酬は、バレー部の走り込みの場所。ということでいいな!」
沈黙。その偉大なる宣言に一瞬、空間が、世界が静寂した。その革命的で、かつ虚無に包まれた混沌を彼が理解するのにそこまで時間はかからなかった。そして、彼は応えた。
「…あ、全然良いです」
もうすでに下がりきっていた彼の写真部への評価は、最底、いやそのさらに下へと沈んだ。
「よし!ハルカ!来い!」
「えー……え、え?」
ナギサがハルカを肩車する。
「どうだ!届くか!」
ナギサが叫ぶ。その結果は…
「無理ですよ!アホなんですか!?」
「何!陸上部のくせに何だその言い草は!」
「陸上関係ないだろ!陸上を何だと思ってるんだ!」
ハルカが困惑していると
「じゃあ、ハルカさん!『あれ』使ったらどうですかー?」
みゆがハルカに声をかけた。
「『あれ』…?」
みゆが叫ぶ。
「クラウチンゲスタート!」
「クラウチングスタートだよ!変態女!」
「喰ラエチンゲフワット?」
「もうやめろ!やめてくれ!」
「あ、そういえば…」
ナギサが思い出したように呟いた。
「美琴が前体育でバレーボール吹っ飛ばしてたな...。あっ、やっぱあった」
指を指した先には、確かにバレーボールが挟まっていた。
キン―――――
瞬間、黄色い閃光が体育館に鳴る。ハルカがナギサの肩を勢いよく蹴り、飛んだのだ。ハルカは天井の鉄骨を掴み、そして、そのバレーボールをゲットした。
「やった!やりました!」
下から部長とみゆが拍手で称えた。
「よくやった!そのままバスケットボールも取ってくれ!」
「いや、無理です!」
ハルカは即答した。
「だって、ここからどうしたらいいのかわかりませんもん」
ハルカはさっきの勢いはどこにいったのか、天井で宙ぶらりんになっていた。
「降りれないよー。助けてー」
「くそ!どうすれば…」
ナギサは悔しそうに手を握りしめる。
(何か…何かないのか)
「しょうがない…」
ナギサが振り向く。そこにはみゆ、そして、その手にはカメラがあった。
「できれば使いたくなかったのですが…」
みゆがカメラの撮影ボタンを押す。
ウィーン―
すると、カメラのレンズ部分が開き、空洞が現れた。そして、その空洞をバスケットボールに向ける。
「化学部の力!食らえ!」
みゆがもう一度撮影ボタンを押す。すると、中から手錠が付いた縄が飛び出す。それは真っ直ぐにバスケットボールを捉え、そして…
「当たった!」
手錠がバスケットボールに当たり、ボールが落ちた。
彼の頭に浮かんでいたのはアメリカの雄大な自然。そして、故郷カリフォルニアー。旅立ちの日、いつも厳しかった父が渡してくれたのは、今頭上に見えるあの、バスケットボール。父が別れの前に初めて見せてくれた優しさ。日本に来てからはあのボールが心の支えだった。
「ball...dad...」
その時、肩が叩かれた。ふと我に返り、視線を下ろすと、そこには桃色の髪の女の人、そして差し出されたものは…バスケットボールだ。
…!?天井を見る。もうそこにバスケットボールは挟まっていなかった。
「はい、もうあんなとこに飛ばしちゃダメだよ?」
みゆはそう言って、ボールを手渡すと、ボブの横を通って、体育館を後にした。
ボブは震えている。ボブの目には涙が滲み、今にも溢れそうだった。
「焼きおにぎり!」
ナギサがボブを呼ぶ。
ナギサがボブの横を通りすぎる時に、小さく呟いた。
「もう…失くすなよ」
…!!ボブの目から涙が溢れる。
「アリガト!コノ恩ハ忘レナイヨ!」
ナギサは背を向けながら、手を挙げて答えた。
「良かったですね!部長」
「ほぼお前のおかげだけどな」
体育館からはバスケットボールが弾む音が聞こえた。
ガゴン!!…
大きな音が響いた。
「OH,Nooooooooooo〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「焼きおにぎり君!何やってんだよ!」
バスケ部員の声が聞こえたが、二人は歩みを止めなかった。
「今週の週刊シャンプーどうなってるかなー」
これが写真部の日常。波瀾万丈、紆余曲折、山あり谷あり、特殊性癖!暖かな春の香りに包まれ、彼ら、写真部の活動は続く。
楽しんで読める作品にしたいと思っています!応援よろしくお願いします。




