虚像の王様
夕暮れの階段に、若いスタッフが腰を下ろしてスマートフォンを見つめていた。
画面には無数のコメントが泡のように浮かぶ。称賛、励まし、そして明らかに作られた皮肉。
しかしその声は、市民の自然な言葉ではなく、誰かが精密に作った「もどき」に過ぎなかった。
彼の指先は疲れ切っていた。緑色の蛍光灯の下、冷めたコーヒーをすすりながら、言葉を削り、磨き、時には歪めていく。
「市民と直接対話をしている。」
上司の言葉は滑稽な宗教の教義のように響く。
スクリーン越しの“対話”は、台本に従った独白でしかない。
ある夜、疲れ果てた彼は事実を投稿した。
翌朝、その事実はネット上に漂い、拡散され、炎上した。
「応援の声」だと思われていた泡は、計算された嘘であり、ネットはそれを嘲笑う。
ニュースは街を揺らす。テレビも記事も、無感情に「陣営の活動」を伝える。
整いすぎた虚像から発せられる謝罪の言葉は、人々の胸に届かない。
笑顔だけが彫像のように光り、熱も息も感じられない。
スタッフは街を歩く。スマートフォンを握る人々の指先が光り、自分の罪を量る目盛りのようだった。
「嘘も、人を救うためなら…」
かつて信じた言葉は、今や滑稽に見える。
古びた喫茶店で、老人が静かに笑った。
「言葉は靴下みたいなもんだ。ちゃんと履かないと擦れる。血が出ても履き続けるやつがいる」
そして少し間を置き、続ける。
「冷たさは自由だ。でも、温度のある言葉だけが、人を動かす」
翌日、事務所に戻ると封筒の山。叱責、嘲笑、そして少しの励まし。
彼は震える手でそれを読み、台本にない言葉を書き始めた。
コメント欄の泡に、わずかに光が混じる。
「考えさせられた」「本当に伝わった」
人工の波の中で、少しだけ人間の手の跡が残った。
過去の整合性は消せない。だが言葉は塗り替えられる。
ヤラセの泡の中でも、皮肉と真実の痕跡がかすかに光る。
夜は静かに星を落とし、コメントの泡はさざ波となる。
整いすぎた笑顔の像は磨かれ続けるだろう。
だがスタッフの手で紡がれた、温度ある言葉だけが、光の向こうで揺れていた。