第98話 クロスロード
「偶然が必然か―。ルナ。今君から聞いたことを基に推測すると、鉄道ダイヤ上、あり得ない事だな。試運転ダイヤと実際のダイヤは差異もあるとはいえ、この写真が撮影された時刻と同じ時間、同じ場所、同じ方向を君が撮影した写真を少々拝借して、照らし合わせてみたところ―。」
「見つからない。」
ルナが白い駒を動かす。
エレナも反応し、黒い駒を置いた。
「ああ。ただ一つ考えられることは、君の世界のSL大樹に何があったか分からぬが、偶然に次元が交わり、ルナとアイルが出会ったということだ。」
エレナは通信机の引き出しを開く。
そこには、古い黒電話が収められていた。
アイルの世界でもスマホは使えるし、ネット回線も存在している。
しかし、ルナの世界と比べると貧弱だ。
「黒電話?」
ルナはそれを見ても驚きもしない。
あるだろうと思っていたからだ。
「あぁ。里緒菜さんをはじめ、白百合姉妹はネット回線を使っているし、庄屋の仕事もそうだ。しかし、太陽フレアや磁気嵐が起きれば、衛星通信やネット回線は真っ先に沈黙する。だから、筑波山観測所や大平山天文台、そして、庄屋の取引先へ安定的に通信できるよう、独自にメタル回線を引いたのさ。」
エレナは黒電話の受話器を取ると、ダイヤルを回す。
「どこに問い合わせを?」
「筑波山観測所だよ。あっ―。こちらは、栃木市巴波川簡易観測室の横川エレナです。そちらに、2023年6月3日午前11時40分頃の太陽フレアのデータについて問い合わせたいのですが―。」
用件を伝えると、エレナは一旦電話を切る。
「2年前だからなぁ。ファイルをひっくり返してとなるか。」
エレナは溜め息交じりに言ったが、予想に反して直ぐに黒電話が鳴った。
「はい。あぁ―。えぇ―。」
エレナは相槌を打ち、パソコンに何か打ち込む。
「繰り返しになりますが、それは、間違いなく、2023年6月3日の午前11時40分頃ですね?ありがとうございます。」
電話を切る。
「見たとおりだ。君がこの写真を撮った日、撮った時間に、太陽フレアが発生していた。思った通りだ。」
エレナは白の駒をまた一つ撃ち落とした。
ルナは、どう答えるべきか考える。
「なぜ、この日、スペーシアXとSL大樹ふたら71号が並んだ写真が撮れたのか、私の考えを言ってもよろしいでしょうか?」
ルナは白い駒を動かしながら言う。
「ああ。」
エレナは頷く。
「この日、実はSL大樹ふたら71号の車両、あるいは入線する2番線で何かトラブルが起きた。人が線路に落ちたとか、物が落ちたとかで、救出活動を行っていた。そのため、SL大樹ふたら71号は、上り本線で本来よりも長く間待機していた。そこへ、本来ならSL大樹ふたら71号よりも後に、1番線へ入線するスペーシアXが、隣の下り本線を走行して来た。それを私は捉えた。だから、この日以来、撮影出来ないのではないかと。」
「-。確かに、一理ある。あれっ?」
エレナはパソコンに視線を戻す。
「これ、本当に並んでいるのでは?」
「えっ?」
エレナは再度、写真を解析にかける。
「-。凄いな。寸分の狂いも無いぞ。完全に横並びになった一瞬だ。」
エレナはパソコンの画面を見せる。
そこには、俯瞰図のような解析図が出ていた。
それは、SL大樹ふたら71号とスペーシアXが、寸分の狂いもなく、完全に横並びになった瞬間、ルナがシャッターを切った可能性が極めて高いことを示していた。
「写真を撮った瞬間、こちらの世界で太陽フレアが発生。その瞬間、二つの世界の同じ時刻が重なって―。アイルと君は出会ったのだ。」
「だから、この並びが写った―。」
「そう。普段は交わらない二つの世界。でもこの日、この瞬間、一瞬だけ交差した。交わった原因が、こちらの世界の太陽フレアか、君がシャッターを切った瞬間か―。いや、両方だ。こちらの世界の太陽フレアが発生した瞬間と、君の世界では過去の存在である蒸気機関車と未来へ向かう新鋭特急が時空を超えて出会った瞬間を切り取った時、扉が開いた。」
ルナは息を詰めた。
「では―。」
「偶然ではない。この日は、次元が交差した日だったのだよ。本来、二つの世界は並行していて、交わらない。この線路のように、同じ方向へ伸びているけれど、決して交差しない。」
その言葉に、ルナは「はっ」とした。
線路。
新鋭特急スペーシアXと過去の存在である蒸気機関車。
それらが時を超えて出会う。
「太陽フレアと君のシャッターによって、その境界が、一瞬だけ揺らいで、アイルからその時、君の姿が見えた。そして、君からもアイルが見えた。」
エレナの声は静かだった。
「その後も、アイルからは君が見えた。でも、君からはアイルが見えなくなってしまった。恐らく、君の世界の位相が、少しだけずれていたのだろう。だが―。」
ルナはその後の事。
2025年7月20日の太陽フレアと、7月23日のオーロラ爆発を思い出す。
「オーロラに包まれた時―。」
ルナの声は震える。
「私は―。」
「そう。この世界へ転移した。だが、君の世界とこの世界の間には、太陽暦と太陰暦の時差があり、君がこの世界へ転移したと認識するには時間を要したのだ。」
ルナはスマホに表示される、スペーシアXとSL大樹ふたら71号が並ぶ写真に目を落とす。
「奇跡、だったのですね。私とアイルの出会いは―。」
「そう。優しくて、でも、理由のある奇跡だ。」
写真の中で、スペーシアXとSLは今も並んで走っている。
もう二度と再現できない、ルナのアイルのファーストコンタクトの瞬間。
ほんの一瞬だけ、世界が交わった証として。




