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第97話 2年前の旅と一枚の写真

 ルナの心はまた、オーロラの声の余韻に震えていた。

 その様子を見つめながら、エレナはふと麗のことを思い出す。

 普段は内気で臆病な麗が、アイルから電話でこう聞かされた。


「ルナが激昂した。私が怒らせてしまった。」


 その瞬間、麗は居ても立ってもいられなくなり、書き置きだけを残して、一人でルナの乗っている特急列車に飛び乗った。

 浅草までの道中でルナから話を聞き出し、それをもとにアイルを支えたのだ。


(あんな行動が出来るなんて―。)と、その時エレナは心の底から感心していた。


 麗はかつて、誰かに守られるだけの存在だった。

 だが、今は違う。


 ルナと言う存在が、アイルだけでなく麗をも変えた。いや、もっと多くの人を動かしているのだ。


「ルナ。君はこの世界に来て、何か変わったかね?」


 エレナは言いながら、チェス盤の黒の駒を静かに動かした。

 コツリと、乾いた音が響く。


「そうですね―。」


 ルナは少し考え、ゆっくりと答える。


「観光地のおもてなしの意味、場の空気を壊さない大切さ、それから―。」


 白のビショップを指でつまみ、ルナはしばし黙る。

 そして、ナイトに持ち替え、盤上へと進めながら言った。


「アイルさん過ごして、人の温もりを感じました。」


 そのナイトはエレナのキングを追い詰め、更にルークも射程に入れる。

 言葉だけではない。

 駒の動きにもルナの成長と覚悟がはっきりと表れていた。


(ふむ。理解しているな。)


 エレナは小さく頷き、キングを動かす。

 次の瞬間、ルナは迷いなくナイトを進め、黒のルークを打ち取った。


「アイルはね。今でこそ太陽のように明るいが―。」


 エレナは言いながら、大福を口に入れる。


(しまった。大福なら、緑茶を淹れてやればよかったな。)


 そんなことを思いつつ、語り始めた。


「一時期、天岩戸隠れのように、引っ込んでしまったことがあるのだよ。高校では上位10位に入る優秀な娘だった。だが、私も里緒菜さんも天文学者であった事で、周囲から疎まれたり、両親の存在という無言の圧に潰されたりしてな―。」


 エレナは少し目を伏せる。


「何か成果を出さねば、と焦るあまり、自分が何をしたいのか分からなくなった。大学進学にも失敗して―。引きこもりかけた。」


 ルナは思わず、駒を持つ手を止めた。

 あの太陽のようなアイルに、そんな過去があったなど、想像もできなかった。


「そんな時、里緒菜さんも私も同じ事を言ったよ。「研究者の娘だから、成果を出さなければならないって決まりはない」とね。そして、里緒菜さんの計らいで、高校卒業後、東武日光観光開発へ就職した。それが、2023年の4月だった。」

「私と似ています。」


 ルナは静かに言った。


「私も、宇宙飛行士の夢、研究者の夢が、自分ではどうにもできない事情で断たれて―。何となくで東武鉄道への就職を試みたら、東武日光観光開発に横滑りで―。」

「似たような二人だな。」


 エレナは笑った。


「2023年6月3日。初めて観光準急列車「大樹」にアテンダントとして乗ったんだ。その日、アイルは変わったのだ。まるで天岩戸が開いたように。」

「-。」


 ルナは突如黙り込んだ。


「どうした?」

「2023年6月3日は、私が初めてSL大樹に乗った日です。」

「そういえば、アイルの話では、2年前だか3年前だかの忘れられない乗客は、この日に出会ったと言っていたな。その話から推測するとー。その乗客はルナのことになる。」


 エレナは顎に手を当てる。


「だが、それなら、その時点で転移していなければおかしい。」

「そうなのです。」


 ルナは小さく頷く。


「そうなんだよなぁ。それなんだよ。それが分からないのだよ私にも。」


 エレナは肩をすくめた。

 ルナは再び白のナイトを動かし、エレナのビショップを背後から撃ち落とす。

 これで、黒のビショップはすべて盤上から消えた。


「これは、私の世界の事ですが―。」


 そう前置きして、ルナはスマホを取り出す。


「2023年6月3日。時刻は、11時40分頃。場所は下今市駅より新鹿沼方向です。」


 画面に映し出されたのは、一枚の写真だった。

 SL大樹ふたら71号と、特急「スペーシアX」が本線上で並んだ瞬間を捉えたもの。


「ほう。蒸気機関車と新鋭特急が本線上で並んだ鉄道写真か。確かに珍しいな。それで?」

「これと同じ写真を、何度も撮影しようとしました。でも、どうしても撮れないのです。」

「列車の時間が違うのでは?」

「いいえ。この列車と同じ「ふたら」の時も試しました。しかし、いつもSLが先にホームに入り、スペーシアXはその数分後に隣のホームに入るのです。」


 ルナは言葉を選びながら続ける。


「この写真を撮った時、てっきり演出だと思いました。スペーシアXの乗り換え客のため、敢えて入換作業中に上り本線で待たせて、スペーシアXが下今市駅に着いた後、SLを入線させるのだと―。」

「だが、実際には違ったと?」

「はい。確かに2023年6月ではまだ、スペーシアXは試運転中でしたが、そのダイヤは今のダイヤと同じです。」

「理屈では、同じ物が撮れてもおかしくない。だが、撮れない。しかも、その後、二度と無い。」


 エレナの目が細くなる。


「偶然では説明できない。」


 エレナはルナのスマホから写真を自分のノートパソコンに移し、解析を始めた。

 加工の痕跡はない。

 時刻も場所も、矛盾はない。

 だが、ルナの説明からダイヤ上でも有り得ない。


「ただの思い出写真とは思えないな。」


 アイルの過去。

 説明できない2年前の出来事。

 そして、この一枚の写真。


「この写真の意味を調べる必要があるな。」


 エレナの目が、きらりと光った。



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