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第88話 浅草駅

 地下鉄は浅草駅に着いた。

 銀座線の改札を抜けて、地上に出る。

 冬の太陽は、夏のそれと違って暑い日差しをぶつけて来ない。

 その代わり、冷たいからっ風やビル風で切られてしまうような冷気を弱めてくれる温かさを与えてくれる。


 ネット中継では、既にH3ロケットは発射台で待機をしている。

 それなのに、自分は何をしているのだと、勇んで出てきたは良いが、2時間以上も前に浅草駅に出て来たところで、乗る列車はまだ来ても居ない。


 ルナが乗る「スペーシアX11号」は、浅草駅に14時45分に着く「スペーシアX6号」の折り返しとなる列車なのだが、その列車は、始発駅の東武日光駅に入線すらしていない時間だ。


(畜生。泡食って出て来たって―。あぁ寒い。)


 いくら冬の太陽でも、冷たいからっ風やビル風を遮る力までは無い。

 このままガタガタ凍えて野外で待っていては、風邪をひいてしまう。

 かと言って、駅の中で待つのもいささか気が引ける。


 とにかく、腹が空いては、戦は出来ぬと、駅前の牛丼チェーン店に入り、昼食にする。ここは、プラレール運転会の後の激昂事件の後、「スペーシアX10号」に飛び乗って事情聴取に来た白百合麗と入った店だ。


 あの時は、時間の都合で雷門しか見せられなかったが、お土産を仲見世通りで買ったり、麗の夕食を弁当にしたりすれば、浅草寺の本堂まで見せてやれたかもしれないと、ルナは思い出す。


 いくら、事情聴取のために飛び乗って来たと言え、引っ込み思案だと言う麗が東京まで来たのに、雷門しか見せず、どこにでもあるような牛丼チェーン店で夕食にして栃木に送り返すなんて、今更だが、可哀想な事をしたと思う。


 昼食を食べ終えると、そんなことを思い出しながら、浅草寺の二天門に向かい、浅草寺の本堂にお参りする。

 しかし奇妙だ。

 普段なら、インバウンド客だらけである場所なのに、今日は妙に静かなのだ。


(最近の国際情勢の件もあってかな?今日は妙に静かだけど、この方が落ち着ける。)


 ルナは思いながら、本堂に上がってお参りする。

 願い事は特にないと言えば嘘だ。

(「ルナ・パスファインダー」打ち上げ成功祈願)を祈りながら、その裏では別の事を思っていた。

 それを言うのが怖くて、言葉には出来ない。

 ただ、もうこれ以上、何も失いたくない。

 それだけを思った。

「ゴッ!」と、いきなり突風が吹いた。


「ひぃ!寒い!日光の方がまだ温かかった。」


 あまりに強烈な冷たい風に身体を切り裂かれるように感じられ、ルナは一目散に、浅草駅へ飛び込んだ。

 まだ2時間もあるのに、駅に飛び込んでどうするのだと思うが、ビルの中にある浅草駅は、下今市駅や鬼怒川温泉駅のように吹きさらしのホームではないので、暖房は無いけれど、外の冷たい風に身体を切り刻まれる事は無い。


(2時間、列車が来るまで、温かいミルクセーキでも飲みながら、ホームで列車を眺めるのも悪くない。)


 ルナは頷いた。


 スマホを開くと、ニュースアプリの通知。

 JR直通の東武特急車両の253系の塗色変更のニュースで、赤を基調とした現在の塗色から、順次、紺色に黄色いラインが入った塗色になるという。

 それは、アイルの世界でルナが観光準急のアテンダントとして体験乗務した時に支給された制服のようなデザインだった。

 ふと、ルナは今、自分が着ている服を見る。

 青色の冬用ジーンズに、紺色のセーター。それから、上着は紺色に腕に黄色いラインが入った物だった。


 ニュースアプリを閉じ、代わりにネット中継を見た。

 今、「ルナ・パスファインダー」を載せたH3ロケットは、打ち上げ前最後の点検を終え、打ち上げ2時間前の最後のビルドインホールドに入った。

 次から次へとGOサインが種子島宇宙センターで上がっているのが、ネット中継の音声から分かる。


「フライト―」


 この時も、種子島宇宙センターではGOサインが出たのに、同時に自動改札機に切符を通したルナは止められた。

 何度かルナは切符を入れ直す。


「係員の居る改札口へお回りください。」


 無機質な自動音声が言う。


(どうして―?)


 ルナは嫌な予感がした。

 恐らく、切符の磁気が狂ったのだろうが、今の心理的に不安になってしまう。


 H3ロケットの打ち上げはGOサインが出ている。それなのに、自分は改札を通れないのは縁起でもない。


 ルナは係員の居る改札口へ向かう。

 切符を見せる。


「えぇっと―。」


 駅員はルナの乗車券と特急券を見る。


「あぁ―。」


 駅員は納得したようにうなずいた。何に納得したのだろう?


「月詠ルナ様ですね。」

「えっ?ええ。」

「お連れ様がお待ちになられております。どうぞ―。」


 駅員は訝しげな顔ではなく、むしろ、その逆でルナを歓迎するような表情を浮かべていた。


「ご案内いたします。」


 別の駅員に言われ、ルナは(どこへ連れて行かれるのだろう?)と思いながら、駅員の後を追って行くと、貴賓室にたどり着いた。ここは、特別な旅客が列車待ちをするために用意された場所で、ルナもその存在は知っていたが、入るのは初めてだ。


 なぜ、ルナはこの部屋に通されたのだろうか?確かにスペーシアXの中でも最高グレードのコックピットスイートに乗るのだが、コックピットスイートに乗る旅客は何度か見たけど貴賓室に通されている様子は見えなかった。


 2時間も早く来たのも偶然だったのに。

 駅員はドアをノックする。


「お連れ様をお通ししてもよろしいでしょうか?」


 と言う。

 連れなんていない。

 ルナは一人孤独に、日光へ向かうはずだった。


 駅員が扉を開ける。

 ルナは貴賓室に入る。

 初めて入る貴賓室に目を奪われるが、窓際の人影に目が留まった。


 紅い着物が、紅い洋服に変わった他は変わりない。

 短い髪に、幼げだが影があるように見える可愛らしい猫顔。


 テーブルの上にお茶を置いて椅子に座って窓の外を、彼女は見ている。

 彼女はルナの方へゆっくりと、顔を向ける。


「-。」


 ルナは何も言葉が出なかった。




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