第84話 変わらぬ日常・変わらぬ世界
卒業試験も終え、大学受験も無いルナは、さっさと塾を辞めてしまった。
その分の時間をも、バイトに当てていた。
アイルの世界とルナの世界を行き来していた時もバイトはしていたが、アイルの世界が見えなくなった今、最早バイトはルナの生活費を稼ぐためと言うより、現実逃避の意味合いが強くなっていた。
今日は上野駅で日雇いの仕事。
地平ホームでの仕事だった。
E26系寝台特急「カシオペア」のモックアップを撤去するという仕事。
ルナには嫌な仕事だった。
その仕事の後は、プラレール運転会のメンバーとカラオケオフ会。
カラオケなんて、行く事も無いが、少しでも刺激になればと思って参加することにしていた。
E26系のモックアップの撤去はあっという間に終わった。
後は、解体処理して産廃業者へスクラップとして売却するだけ。
アクリル板とプラスチックで作られたモックアップであっても、ルナは心が痛む。そして、その仕事を終えた時、本物のE26系「カシオペア」も長野総合車両センターでの解体処理が終わった。
そして、予備電源車のカヤ26も秋田で解体された。
この瞬間、JR東日本の線路の上に載っている客車は、大宮で保存されるスロネフE26だけになった。
「もう、終わったのだ」と、ルナは思い、更に心の中が空っぽになってしまった。
バイトを終えて、山手線で秋葉原のメイドカフェのカラオケに向かい、プラレール運転会のメンバーと合流するも、やはりルナは虚無感に襲われる。
そもそも、メイドカフェやカラオケに行ったことの無いルナには、居場所が無いのだ。
音と光と笑顔の中に、自分が場違いだと、嫌と言うほど分かるから。
「ルナ。今週、またも日光に行くのか?」
メンバーのヤスに聞かれ、ルナは頷いた。
そして、「スペーシアXのコックピットスイートが取れた」と暗く低い声で言った。言ってしまってから「余計な事を言った。」と首を横に振った。音と光の世界の中であれば、誰にも聞こえないだろうと思ったのだ。
「なんだよ。せっかくのコックピットスイートなのに。傷心旅行か?」
「-。」
「なぁ、何があったのか知らねえけど、普段のプラレール運転会のお前は何処へ行ったんだ?」
「-。」
「おい。「夢のワールドスクエア」」
ヤスが勝手に曲を入れると、ルナにマイクを押し付ける。
流れ始めたのは、鬼怒川温泉駅の発車メロディーの原曲で、東武ワールドスクウェアのテーマ曲だった。
歌う気になれないルナ。
アイルの世界とルナの世界を行き来していた時の事、そして、今の自分は何者なのだろう?
そんな事を思ってしまうから。
結局、何も歌えず、オフ会が終わった。
「敢えて言うけど―。」
ヤスが暗い声で言う。
「ルナ。お前は来るな。少なくとも、お前が元気になるまで、出禁だ!」
「出禁」
こんな事を言われるとは思わなかった。
だが、言われて当然だ。
「君は、正しい事より、その場が無事に終わる事を選び、観光列車最大の特徴である、途中で降りなくてもいいという、旅客にとって最も価値のある、乗っている時間を、君は守ったのだよ。」
アイルの世界で、アイルが婚約アナウンス事件を起こした時に取ったルナの行動を、上司たちはこう評価した。しかし、先ほどのルナは明らかに、カラオケオフ会の空気を壊す存在だった。
分かっている。
これではいけないと。
しかし、どうやってもルナの気持ちが入らないのだ。
帰り際、またも上野駅に行く。
何も居ない地平ホーム。
13番線は相変わらず、ブルートレインが停車しているように見えた。
(ちっ!)
ルナは舌打ちした。
そして、むしゃくしゃをぶつけてやろうと思い、ずかずかと13番線ホームへ向かっていく。
「えい!いい加減にしろ!」
思い切り何かを殴りつけた。
腕は13番線ホームの線路側にフルスイングしたが、その腕が何かに当たった。




