第83話 旅立ちの日
何をしようとしているのか分からない。
だが、ISSを見た時、ルナの中に一つだけはっきりしたことがあった。
「ルナ・パスファインダー」が無事に月まで行って欲しい。
しかし、今のルナがこのままでいれば、その願いでさえ、どこかで壊れてしまう気がしたのだ。
それに対して、今のルナに出来る事は、ただ祈る事だけ。
「ルナ―。」
浅草駅に入った時、耳の奥で、名前を呼ばれた気がした。
ルナは首を横に振る。
改札の向こう、「スペーシアX」が回送列車になってホームから出て行く。
空っぽの客室は、今のルナの心の中にも見えたが、空っぽの客室にも関わらず、その姿は威風堂々たる姿に見えた。
ここでこうして列車を眺めているだけで、何が変わるのだろう。
ルナはウロウロと、改札口付近を彷徨い歩く。
(どうすればいいのだ。ここからどうすればいいのだ―。)
ルナは決断することが出来ない。
何をすればいいのか分からないから。
再び、ホームに目をやる。
線路がずっと、遥か彼方の日光鬼怒川地区などの町へ、まるで宇宙エレベーターのように伸びている。
この線路を辿って行けば、SL大樹も走る日光鬼怒川地区に行ける。
でも、この線路の先にアイルは居ない。
頭の中で、アイルに怒鳴った言葉が跳ね返る。
「これでも自分は科学者崩れの人間です。全てにおいて論理的でなければ、納得できない!色気で誤魔化すな!」
そして、小前田に言われたことも蘇る。
「君の行動一つで、お客様の気分を害することになるのよ?それが観光地のおもてなしであるのよ。」
今の自分は、結局、逃げているだけではないだろうか。
だが、立ち止まったままでは、何も変わらない。
「でも、分からないのです。私は、どうすればいいのですか。」
ルナは線路の彼方に向かって呟いた。
今にも泣きそうだ。
泣いたところで、どうすることもできないのに。
ルナはスマホを引っ張り出し、一枚の写真を見る。
なぜかうまく思い出せない。そして、この後に、これと同じ物が撮れることは未だにない、あの一枚。
SL大樹とスペーシアXが並ぶ様子を正面から捉えた一枚。
スマホに通知が来た。
ネットニュースの通知だった。
「JAXA月探査機「ルナ・パスファインダー」打ち上げ予定日決定!」
という見出し。
奇妙に思った。
「ルナ・パスファインダー」には、ルナの思いを載せた。
糸川教授も野縁もそれを知っている。
なのに、なぜ、ルナに打ち上げ予定日を伝えなかったのだろう?
ルナは糸川教授に「何か悪い事をしたのだろうか?」と思って、連絡をしてみた。
「おかけになった電話番号は―」
自動音声が流れた。
ルナは電話を切る。
そして、線路の彼方に再び目をやり、またあの写真を見る。
SL大樹とスペーシアXが並ぶ、一度きりの瞬間。
あの一枚が、今の自分に向かって囁くようだった。
「動け。行動でしか、心は救えない。」
願いを託したものは、確かに動き出している。
ならば、自分も、自分の意思で、動くしかない。
「行こう。」
それだけ呟くと、ルナは出札窓口に向かった。
アイルの世界と区切りを付けることと、「ルナ・パスファインダー」の成功祈願。そして、何よりも自らを奮い立たせるために。
「2月中の特急「スペーシアX」のコックピットスイートの空席はありますか?出来れば、東武日光まで―。」
いきなり、出札窓口の駅員に言う。
駅員は端末を操作している。
(さすがに唐突か。もう2月入ってるから直近で空きなんて―。)
「この日のこの列車でしたらご案内出来ます。」
何も考えなかった。
ルナは、さっき稼いできたばかりのバイト代を突っ込んでしまった。
そして、買った切符の列車の出発日と出発時刻。
それは、「ルナ・パスファインダー」の打ち上げ予定日の打ち上げ予定時刻と同じだった。




