第82話 登校日
2月に入った。
しかし、ルナの中にはまだ、虚無感が溢れていた。
それを紛らわすために、バイトを増やして滅茶苦茶に働いた。
今日は登校日。
にも関わらず、ルナは朝の新聞配達のバイトをし、朝食もロクに食べず、地下鉄に乗って浅草駅に行くと、吾妻橋を渡って高校へ向かう。
空を見上げると、東京スカイツリーが朝日に照らされ、東武日光へ向かう特急「スペーシアX1号」が白い車体を輝かせながら隅田川を渡っていた。
高校に着いた。
今日の登校日は、単に卒業式についての話を学年集会と言う形で聞くだけ。
(こんな話のために呼び出すな。時間の無駄だ。くだらない。早く終われ。)
ルナは舌打ちしながら話を聞く。
しかし、その苛立ちの奥には、アイルの世界を失った喪失感と、帰る場所のない孤独が渦巻いていた。
午前中で用事は済み、3年は卒業試験を受かっていない者は追試を受けるが、それ以外の者は帰る。
だが、ルナに帰る場所は無い。
だから、昼食も食べずにこのままの足でバイトに向かう。
日雇いの現金手渡しで給料が支払われるタイプのクーリエのバイトだ。
原付免許は元から持っているが、先日普通自動車免許も取得したので仕事の幅が増え、今日は軽トラ便の運転手を任され、4往復程の仕事を熟して日給2万5千円の給料を受け取った。
(妙に高い額だな。)
ルナは首を傾げる。
新聞配達のバイト代も同様に、妙に高い額の給料だった。
現実逃避にバカみたいに働いているが、いずれにしても、自分で働いて得た給料なのだ。いくら稼いでも、文句を言われる筋合いはない。
これらの給料は、引越しの費用にもなるだろう。しかし、いくら高い給料を貰って、ルナの懐が温かくなっても、心の中は満たされない。
むしろ、どんどん冷えて行く。
吾妻橋を渡ると、普段とは違う時間に「スペーシアX」が浅草駅に到着するのが見えた。スマホで運行状況を確認すると、姫宮駅付近で発生した線路内人立ち入りの影響で、一部列車が15分程度の遅れでの運行となっているようだ。
今、浅草駅に到着したのは鬼怒川温泉16時40分発の特急「スペーシアX10号」。アイルに激昂した時にも乗った列車だった。
「アイルさん―。いや、違う。これが、この世界が自分の世界。」
ルナは自分に言い聞かせる。
しかし、何をしても心が満たされないのはなぜなのだ。
全ては時計のように規則的に回る、時計仕掛けの世界。
その世界で安心して生活していたのに、アイルの世界を見てしまった今、満たされない。
何をしても、満たされない。
吾妻橋からスカイツリーを見上げる。
やはりしっかり、上まで見える。
なのに、安心出来ないのはなぜなのか。
スカイツリーの上を、小さな点が動いているのが見えた。
飛行機かと思ったがかなり高いところを飛んでいる。
飛行機なら、標識灯が点滅するのに、点滅していない。
一点の星が、一定の速度で、一定の方向へ向かって動いている。
(ISS。国際宇宙ステーション。)
高度400Kmを周回する巨大な施設である国際宇宙ステーションは、太陽光を反射してかなり明るく輝くので、条件さえ揃えば、東京23区のような夜でも明るい場所でも見られる場合があるのだ。
地上から見ると、小さな点に過ぎない。
しかし、そこには宇宙飛行士がいる。
人類は、宇宙へ行くための術を手に入れた。
その道のりは長く険しい物だった。
だが、人類の飽くなき探究心は、尽きる事が無かった。
(自分はここで何をしている。宇宙の夢諦めても、SL大樹のアテンダントと言う、大好きなSL大樹に関わる仕事に就けることになったのに―。あの世界とは違っても、SL大樹に関わる仕事が出来るなら、そして、それをしっかり熟しながら、歩き続ければ―。)
ルナは東武浅草駅に向かう。
(「ルナ・パスファインダー」が月へ行く。思いを載せて。ならば、今の自分に出来る事は、「ルナ・パスファインダー」の成功を祈る事だけ。今の自分がこれでは、「ルナ・パスファインダー」まで落ちてしまう。)
ルナの足取りは重い。
この先に何があるのだろうか。
しかし、何もしないでいる事は出来なかった。




