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第81話 帰れぬ故郷と進まぬ未来の狭間

 帰りの常磐線の車内。


 ルナは珍しく、車内でイヤホンを付けて音楽を聴く。

 再生されたのはfripSideの「distant moon(crossroads version)」だった。

 テンポが速く元気の出る曲なのに、身体には遠くへ向かっていく感覚がはっきりと伝わる。


 ところどころにある、貨物列車が発着しなくなった引込線を横目に、「ルナ・パスファインダー」を思い出す。

 自分は今、どこに立っているのだろう。

 東の空に月が見える。

 月齢12.3。満ちかけの月だった。

 ルナは「ルナ・パスファインダー」の目的地である月を見る。あの月に行くことはできない。


 あんな誓いを立てておきながら、その道を塞いだのは自分なのだ。


 気が付くと、北千住を過ぎて隅田川を渡っていた。

 進行方向左側に、JR貨物の隅田川貨物ターミナルが見え、これからどこか遠くへ行く貨物列車が出発の時を待っているのが見えた。


(「ルナ・パスファインダー」も貨物列車も、遠い町、そして遠い月へ向かう。自分も、日光鬼怒川地区のSL観光アテンダントになる。好きな列車のそばにいるはずなのに、どうして心は空っぽなんだろう。)


 酷い虚無感が身体を覆う。


 三河島を過ぎ、日暮里に着く直前、京成線の「京成スカイライナー」とすれ違った。あれに乗れば成田空港に行けて、「ルナ・パスファインダー」を載せて種子島宇宙センターに向かうB747が離陸するのを見られるだろう。


 反対側を見ると、高崎線の普通列車が走っていた。

 ルナはふと過去を思い出す。

 ルナの生まれ故郷は、あの高崎線の普通列車の終点である群馬県前橋市だ。


 高校へ進学したのを機に、ルナは一人で東京へ出て来た。

 そして、それからまもなくして、両親が死んだ。

 車の運転中に口論になって、操作を誤り、路線バスと衝突する大事故だった。事故が事故なだけに、ルナは親戚から嫌煙されてしまった。


 悪い事は続く物で、前橋はアニメによって賑わいを得た。しかし、ルナにはそれが祝福には思えなかった。嫌いなわけではない。ただ、自分の暮らしていた場所が、誰かの舞台装置にされてしまうのが耐えられなかった。それは、前橋が変わったというより、ルナが戻れなくなったという感覚だった。故郷がアニメになった瞬間、故郷が消え、ルナは帰る理由を失ったと、勝手に思ったのだ。


 常磐線の普通列車は上野駅に到着した。

 ずっと、イヤホンを付けたまま。

 淡々と、音楽が流れる。

 それが、上野駅の煩わしい喧噪をかき消してくれる。


 入谷口がルナの住まいのアパートに近い出口だが、なんとなく、ルナは地平ホームへ行ってみたくなり、そちらへ足を運んだ。


 地平ホームへ降りる長いエスカレーターには、誰の気配も無く、エスカレーターの先に、列車の気配も人の声も無い。ただ、空気だけが静かに溜まっている。


 地平ホーム13番線に降りた時、イヤホンの中の音楽が変わった。

 fripsideの「memory of snow」。

 何もいない、空っぽの地平ホームの中に、ゆっくりと音楽が広がっていく。

 曲が終わるまで、ルナは13番線を中央改札口に向かって歩く。

 どこへ向かうのか、何をしているのか、ルナにも分からない。

 虚無感がルナの心を支配していく。


 13番線の車止めでふと振り返ると、ブルートレインが来たように見え、「アイルさん―。」とつぶやくが、直ぐに気付いた。それはプロジェクションマッピングによる偽物だと。


 感情というのは、壊れた部品を抱えたまま動き続けるコンピューターのようなもの。一定の条件が揃った時、処理は止まり、画面は暗くなり、そして、何も残らない。


 ルナはそれを異常だとは思わない。


 結局、ルナは何をしているのかも分からない。そんな自分に腹を立て、逃げ出すように、中央改札口へ向かった。


 自分ではどうすることも出来ない事情で進学が叶わなくなった時、ルナはそれを理由に宇宙飛行士という夢まで手放したと思っている。


 そうすれば、これ以上、何も考えなくて済む。

 理屈は感情より扱いやすい。


 だから、ルナは歩き続けた。それが、ルナがずっと使って来たやり方だった。



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