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第76話 上野駅13番線

 JR直通特急を大宮で降りた。


 ルナは後から来る宇都宮線の普通列車に乗り換えるが、ATOSの自動放送は「上野東京ライン東海道線直通―。」とアナウンスする。

 アイルの世界に居た時、上野東京ラインはそこに無かった。


 ホームに入って来たE233系に乗り込む。

 車内は、無機質なセミクロスシートに目が痛くなるような明るさのLED照明。

 座席に座ると硬い。


 何度もスマホを確認するが、そこにはもう、アイルの連絡先も、アイルの実家の連絡先も無い。


 大宮を出た普通列車は、さいたま新都心駅に停まる。

 横目にはさいたまスーパーアリーナがあった。そして、大宮操車場にはアイルの世界には居ないだろうが、ルナの世界では主力として活躍しているEH500型電気機関車に牽引される高速コンテナ貨物列車が停車していた。

 浦和、赤羽と過ぎると、東京のネオンが近付いてくる。

 それらはルナの見慣れた物だった。


(良かった。帰って来た。)


 見慣れた世界に、ルナは安堵する。

 だが、同時に喪失感も湧き上がって来る。


 尾久車両センターが見えて来た。

 アイルの世界ならば、夜行列車の客車や機関車が屯しているであろう場所は空っぽで、草ぼうぼう。

 奥の方を見ると、黄色い事業用気動車が数編成申し訳程度に停まっているだけ。そして、機関車が停まっていた区画には何も居なかった。


「居ない―。何も居ない―。」


 そう。

 何も居ない。

 それが正常な世界なのだ。


 ふと、SNSを見ると、先日、長野総合車両センターへ持って行かれた最後の寝台特急客車だったE26系「カシオペア」の解体作業が年明け早々に始まったと知る。

 上越線ではカッター運用に就くEF64が最後の活躍を見せているが、死神機関車と呼ばれた彼らは、春を迎える事は無い。


「そうだ。これが正常なんだよな。」


 いつしか、ルナの目には涙が流れていた。

 安心したのか、或いは悲しいのか、ルナには分からなかった。


 上野駅に着いた。

 ルナは、上野駅の地平ホーム。13番線~17番線に向かってみる。

 そこには、「あけぼの」や「はくつる」と言ったブルートレインの姿も無いし、EF80やEF81電気機関車のブロアー音も、電源車のディーゼルエンジンの音も聞こえなかった。


 その瞬間、失意に襲われた。

 元の世界に戻って来て、安心するはずなのに。

 ここが、本来のルナの世界なのに。

 俯きながら、14番線のベンチに座る。


「アイルさん―。」


 この時、ルナは初めて、真正面から、アイルの事を思った。


 あれほどまでに否定した、アイルの世界を。

 アイルの世界には、人間の温もりと、笑顔と、皆で楽しむ幸せがあったのだ。


 だが、ルナの世界には便利さはある。だけど、そこには機械で作られた無機質な世界しかない。


 14番線に停車していたE231系の回送列車が発車する。すると、隣の13番線の壁面が一瞬、青白く光った。


「あっ!」


 13番線にブルートレインが停車しているのだ。


 ルナはベンチから飛び上がって、13番線に駆け抜ける。

 しかし、13番線の線路に24系客車のブルートレインも、14系客車のブルートレインの姿も無かった。

 あったのは、壁面を使ったプロジェクションマッピングによる、ブルートレインの再現だったのだ。


「-。」


 ルナは唇を噛んだ。

 同時に、喪失感を超えた悲しみと怒りが、火山の噴火のように噴き出した。


「ふざけるな!紛らわしい事するな馬鹿野郎!こっちの気持ち考えろ!」


 喚き散らして、後に残ったのは何も居ない上野駅の地平ホームの空っぽの空間。


 そして、ルナの涙だった。


「アイルさん―。」


 ルナは13番線の車止めに寄りかかり、そのまま泣き崩れたのだった。

 帰って来るべき、ルナの世界に帰って来られたのにも関わらず。

 ルナは、アイルの事が好きになっていたのだと気付いた。しかし、もう出遅れだった。もう、あの世界に行けない。そう思うと、ルナは悲しく、寂しい、空っぽの姿になってしまった。


「コツン」と何かが落ちた。

 ルナのスマホだった。

 ルナはそれを拾い上げると、写真が表示された。

 そこには、アイルの世界で撮った写真があった。

 そして、ポケットから定期入れを引っ張り出すと、東京に来たアイルと浅草仲見世通りを歩いているのを里緒菜に撮られた写真が入っていた。




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