第73話 下今市機関区
「君は「大樹」に乗りに遊びに来ていた時から知っているけど、まさかアテンダントの仲間入りとはなぁ。」
石炭の煤で汚れたナッパ服。
腕には機関士の腕章。
この男は蒸気機関車の機関士らしい。
「あの―。」
「あぁ、俺の事は三奈美で良いよ。三奈美つばさ。よろしく。」
三奈美と言う機関士に連れられて来たのは下今市機関区の扇形車庫の一角だった。
そこでは、三奈美と同世代らしい数人の機関士や車掌と思える人達が集まっていた。同世代らしいが、あるタイミングで容姿が固定されるこの世界において、容姿と実年齢など分からないのだが。
「おっ。新入りか。機関区の同期生集まって、雑煮会やってんさ。まぁ、食って行きなよ。」
丼ぶりに餅が3つ程入った雑煮をよそって、機関士がルナに押し付けるように渡した。
「いただきます―。」
一口食べてみるとなかなか旨い。
「へへっ。遠慮するな。今日は新年会みてぇな物さ。女の子だらけの現場じゃ、息が疲れるだろう?えぇ?」
三奈美はゲラゲラ笑いながら言う。
ルナも釣られて笑ってしまう。
「この雑煮会、本来は毎週金曜日の夜、有志が集まってカレーを食べる会なんだよ。ほら、俺達の仕事って、土日休みじゃないだろう?だから、曜日の感覚が分からなくなってしまわないよう、金曜日の夜はカレーを食べるのさ。まぁ、これは、海上自衛隊の海軍カレーに習った物なんだけどね。正月とかお盆とか、或いは気まぐれでこうして集まる事もあるんだよ。」
三奈美は変わらず、ゲラゲラ笑っている。
「よっと。」
ペール缶に座布団を敷いて椅子にして、ルナはそれに腰掛ける。
「七輪持って来たよ。」
三奈美とは別の男が言いながら七輪に、蒸気機関車の釜に投げ込まれた石炭の燃えカスを入れて持って来た。彼の名前は美佐島と言うらしい。
機関助手の腕章を付けているから、機関助手だろう。
「それから、これ―。」
「出たぁ!機関車飯盒飯!」
「今日は炊き込みご飯だ。もっとも、レトルトぶち込んだだけなんだけどねぇ。」
美佐島が持っていたのは飯盒だった。
鬼怒川温泉駅の待機中、美佐島は飯盒に米とレトルトの炊き込みご飯の素を入れて、機関車の釜焚き口に掛けて置いておいたと言い、飯盒の蓋を開けると、ちゃんと炊き込みご飯が出来ているではないか。
「蒸気機関車の釜の焚口に飯盒ぶら下げておけば、御飯が炊けるって噂、本当だったんだ―。」
ルナは感心する。
「そっ。いかに、機関車の中が熱くて大変かってのさ。」
飯盒を持って来た美佐島も笑う。
「ふぅ。DE10の点検、これで終了っと。おぉっ、飯盒釜めしだ!いやぁ、こりゃたまらんだろ。俺にもくれぇ!」
タンターンと軽やかにDE10から飛び降りてきた機関士は、にっこり笑いながら言った。
彼の名前は小岩剣。
ここにいる機関士の中では、一番若々しい顔をしている。
「こいつは群馬からの転属だ。群馬の倉賀野貨物でディーゼル機関車に乗ってたが、レーシングドライバーでもあって、レースのスポンサー企業に東武日光観光開発や東武鉄道が付いて、こっちに来たんさ。」
三奈美が紹介する。
「まぁ、向こうじゃ風が強ぇからな。石炭より先に、人間が冷えっちまうんさ。」
ルナは、群馬弁に少し懐かしさを覚えた。
小岩剣はAE86という車に乗っているというが、ルナにはそれが何か分からない。「ハチロク」と言われても、脳裏に浮かぶのは8620型蒸気機関車の姿だった。
「実は私、免許持ってないので―。まぁ1月はちょっとだけ高校行った後は休みになるので、その間に合宿で免許を取得することになってます。」
「よし。免許取ったら、いろは坂登って遊ぼうぜ。つるぎと同じハチロクなら、解体屋でゴミになって積まれているから、安く買えるぞ。」
美佐島が笑う。
車の話は分からないが、ルナにはそれでも安心した。
同じ現場で、同じ釜の飯を食う同年代らしき男が居る事が分かったからだ。




