第72話 年明けの日
激動の1年が終わり、新しい1年が始まった。
しかし、変わらず、ルナの特別教習は行われる。
正月も盆も無い。
観光準急「大樹」。要するにルナの世界のSL大樹に当たる列車は、正月も盆も変わらず運行されるのだから、当然、観光準急「大樹」に携わる蒸気機関車の機関士、列車の車掌、アテンダントに正月休みも盆休みも、そして、大型連休もあったものでは無い。
「まぁ、公休日や有休もちゃんとあるけどね。でも、曜日間隔狂うよね。」
アイルは苦笑いする。
日光市中央町。NTTや図書館がある辺りは、JRの日光線の今市駅にも、東武の下今市駅にも行きやすい場所で、アイルの家はここにある。
昨夜、つまり大晦日の夜に、どこかのバカが「明日は大雪かもね」と言ったと見え、日光市は本当に予想外の大雪になってしまった。
しかし、それでも観光準急「大樹」に関しては通常通り運行されると言う。
ルナとアイルは仕事が終わったら、輪王寺か二荒山神社へ車で行こうとしたが、大雪が降りダイヤ乱れが発生したらそれどころでは無いだろうと判断したルナは、「無難に下今市駅近くの報徳二宮神社で済ませましょう」と言い、アイルもそれに合意。結局、出勤前にアイルと二人で、報徳二宮神社で初詣を済ませてから出勤した。
元居た世界で幾度もSL大樹に乗るため、日光鬼怒川地区へ来ていたルナだが、元居た世界の日光鬼怒川地区で大雪に遭遇した事は無い。それどころか、雪景色の中を走るSL大樹さえ見た事がない。
ところが、アイルの世界で観光準急「大樹」となったSL大樹にアテンダントとして本当に乗務する前の特別教習中に、ルナも遭遇した事も無い状況に、それも書き入れ時の正月に遭遇することになり、ルナは不安になるが、それでも「楽しそうだ」と思うのは、やはり、ルナの隣に居る紅い着物を着ている奴のせいか。
アイルは「今日も一緒に頑張るよ!」と、ルナに言う。
その姿はまるで太陽。
一方のルナは、出会った時と比べると笑う事は増えたが未だ、アイルと言う太陽に照らされているだけの月で、夜道を照らせる存在にはなれていない。
「不安?」
と、小前田。
今日の勤務は、小前田と石原、それに持田とアイルと言うチームでの勤務になっている。
小前田と石原は、ルナとかなり仲良くしてくれたが、アイルに激昂した後、本気で怒られた相手であり、ルナは少々萎縮する。
それでも、いざ勤務が始まると、ルナの中でもスイッチが入ったのか、屈託のない笑顔で、観光準急「大樹」の旅客を受け入れる。
今日は機関車が325ではなく「身軽な機関車」こと123号機である事以外は、昨日と同じ列車での勤務。
だが、
「皆様!ご乗車ありがとうございます!」
と、東武日光行きの列車で、一発目にアナウンスを流したのはルナだったから、アイルは驚いた。
そして、アイルとは逆。アテンダントの紹介の最後に、
「日光との不思議なご縁は、時に人と人を結びつけてくれます。私もその一人です。実は今日、デビュー2日目であります私と、お付き合いさせていただいている方も、この列車に乗務しております!」
と、アイルを呼ぼうとしたが、アイルが一歩早かった。
なぜなら、アイルはルナの後ろに居たのだ。
「皆様!新年、あけましておめでとうございます!」
アイルは東武日光観光開発のアイドルと言われているが、特にこの観光準急「大樹」のアテンダントをやっている姿は乗客から大人気で、このような登場に、アイルを知る常連の旅客は「おおっ!」と歓声を上げ、拍手する。
チラリと目を合わせると、ルナとアイルはそれぞれ、2号車の車端部へ行き、進行方向側に居る方がアナウンスをし、後方に居る方は車内の確認と検札。そして、互いにアイコンタクトで車内アナウンスを代わる代わる行うが、変わる際も同時にルナとアイルが進行方向側と後方へ歩き、車両中央部で手を打つと、そこでルナとアイルは後ろ向きに歩くようにして車端部へ行き、手を打ったタイミングでアナウンスをしていた側はマイクの電源を切り、アナウンスをする側はマイクの電源を入れる。
その様子は、よく訓練されたダンサーのようだった。
そして、2号車のみならず、列車に乗っている旅客が2人のペースに巻き込まれ過ぎず、そして、2人の世界に付き合わされることも無く、2人の合いの手に合わせて盛り上がっていく。
東武日光行き、鬼怒川温泉行き、そして、最後の下今市行きまで全てその調子だった。
最後の下今市行きでは、先頭を行くC11-123号機が雪で滑って空転する場面があったが、そこでルナはそれを逆手に取って、機関車が空転する理由と、そこかたの立て直しについてアナウンスをしてまたもアイルを驚嘆させた。
(なんやかんやあるけど、この世界でアイルさんとこの仕事するの、楽しい!)
ルナは仕事をしている間、自分が死んでいるという事。
自分が死んで、アイルの世界に転移、吸収され、元居た世界ではルナの存在が希薄になっている事を忘れる程に、充実した時間を過ごしていた。
或いは、ルナはそれを考えないようにしている。
考えた所で、結果は変わらないから。
そして、考えるとルナは、また怖くなってしまう。
だが、仕事が終われば、嫌でも考えてしまう。
(アイルさんの後は、もしかしたら白百合の家の方も―。或いは、霧積博士の娘さんも―。確かに楽しい世界であることは認める。だが、性的搾取されるのは御免被るぞ!)
などと強がっていられるのも、今のうちかもしれないだろう。
勤務が終わって報告書をまとめていたら、
「お疲れぇ。」
と、誰かがアテンダントの事務所を訪ねて来た。
「何よツバサ。今日は上がりでしょう?」
それに答えたのは持田だった。
「いやぁ、新入りの男が入ったと聞いてね。ちょっと借りていいか?」
ツバサと呼ばれたその男はルナに視線を飛ばす。
ルナは一瞬考えたが、報告書も作成し終わって、もう仕事も終わったため、そのツバサという男の後に付いて行くことにしてみた。




