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第70話 エレナの手紙

 ルナとアイルは、アテンダントの詰所に戻り、今日1日の仕事の報告書を作成した後、エレナの手紙を読む。

 封筒も安物だったが、中に入っている便箋も同じくB4程度の大きさの物が1枚だけだった。


「アイル。仕事お疲れ様。来年も頑張って。良いお年を。」

「ルナへ。アイルと幸せに、そして、楽しく過ごすことが出来るのならば、それが君の幸せだろう。良いお年を。」


 本当に短い物だった。


(なんだい、こりゃあ?)


 ルナはまた呆気にとられた。


「まったく。乗っているのならどうして声をかけなかったのでしょう?確かに、担当となる2号車以外には気を配れなかったのは、私達の落ち度ですけど―。」


 アイルは溜め息交じりに言った。


「まぁ、この程度の手紙で驚いているルナもルナですけど―。」

「あのぉー。」


 持田が話に割って入る。


「そのお手紙を置いて行った方でしょうか、1号車のお客様からこのような物を―。」


 言いながら、持田は紙袋を机の上に置く。


「娘と、その夫となる人によろしく言ってくださいと言われ、これは私達へ差し入れだそうで―。」


 紙袋の中には鹿沼そばの生細切り麺が入っていた。

 見ると、小分けに出来る小袋に分けた麺つゆまで入っている。


 要するに年越しそばの差し入れだったのだ。


 勤務後、アイル達は課長と運行管理者に報告に向かったが、ルナは一人残り(どうせ必要になるだろう。でも、自分が引き受けたのだから、これは自分の分だ。)と、始末書を書いていた。


 今日のアイルの婚約アナウンス事件は、どこからどう見ても就業規則に抵触する行為だと考えられる。故に、始末書の提出や何かしらの処分を喰らうだろう。


 始末書を書き終えたルナは、アイル達に遅れて、課長と運行管理者の元へ向かう。

 東武日光観光開発観光準急課課長という肩書を持つ五十里と、運行管理部長の川治は、ルナの面接官でもあった人で、東武からの横滑りで入社が決まった際に世話になった人物だ。


 ルナは二人に対し、何があったのかを事細かく報告する。

 しかし、二人はけんもほろろだ。

 なので、ルナは首を傾げた。


「随分君は、アイルちゃん相手に暴れたようだね。」


 五十里課長はプラレール運転会の帰りに、ルナがアイルに怒鳴り倒した一件を挙げた。


「あぁ、その時は―その―。」

「種明かしをするとだ。」


 川治が口を開く。


「全てを仕組んだ、というわけでは無いが―。君が止めるか、壊すか、その選択が君に返って来るようにはしていたよ。」

「はっ?」


 ルナは呆気にとられる。

 言われてすぐには、意味が飲み込めなかった。しかし、車内で自分が何をしなかったかは、覚えている。


「アイルちゃんから、あの日、なぜ怒鳴られたのか聞いたよ。うん。アイルちゃんに非があるのは認めよう。問題は、怒鳴った件だよ。それもお客様も居るような場所でだ。君はずっと前から、「大樹」に乗って遊んでいたな。でもな、仕事と遊びは違うのだよ。遊びの感覚で仕事をされては困るのだよ。」

「-。」

「あの一件で、君はもしや場を弁える事が出来ない男ではないかと疑った。そんな奴は緊急時に公共の場で感情より安全と役割を優先できるのか?ってね。だから、試してみようって事で、アイルちゃん達に仕組んだのさ。それで、君は、止めようとした。しかし、場所は満員の観光列車で、雰囲気は祝祭的。止めるなら正論が通じる状況だが、止め方を間違えれば即アウト。その状況で君には選択肢が3つあった。怒鳴る。正論と力で止める。そして、空気を壊さず役割に戻る。怒鳴ったらあの時の再来でアウト。正論と力で止めたら職権逸脱でアウト。そこで君が取ったのは最後の空気を壊さず役割に戻る、だった。」

「-。」

「そして君は、正しい事より、その場が無事に終わる事を選んだ。」

「-。」

「観光準急のような観光列車は役に立つか立たないか、二択で聞かれたらどっちと言う?」


 五十里課長の問いにルナは一瞬考える。


 観光列車、殊にSL列車は速くも無いし、金ばかりかかって効率的でない。

 そして、日常利用の役にも立たない。


 寝台特急のようにビジネス利用もギリギリ可能な存在でさえ、ルナはプラレール運転会でその複雑な扱いに苦戦して、五稜郭駅で寝台特急同士を衝突させたり、本来の線路以外の場所へ突入させたり、その割に儲けは皆無。五稜郭駅を扱ったその運転会で、ルナはこう言った。「俺は機関車が牽引する客車列車は好きだし、ブルートレインも好きだが、今回のプラレール運転会で現場を再現して思った。「こんなのとっとと無くせ!」」と。


 それを思い出したルナ。


「役に立たない列車です。しかし―。無くしていいかと聞かれたら、無くしていいとは思いません。」


 と、答えた。


「でも、なぜ走らせるのだ?日光鬼怒川地区の活性化のため?それがどうして観光準急でなければならない?」


 川治の問いに、ルナはまた一瞬考えた。

 スペーシアXの事。元居た世界のSL大樹に乗って楽しかった事。

 アイルの世界に行ってしまうのが怖くても、ワールドスクウェアのプラレール運転会に行ったのはなぜ?

 アイルの世界が怖くても、この地に来たのはなぜ?

 好きならなぜ好きなのか?


「この世界でも少なくなっている、SLが牽引する観光列車に乗る事態に価値があるから。」

「そうだ。観光列車最大の特徴は、途中で降りなくてもいいという点で、乗っている時間こそが価値だ。その大切な時間を、君は守ったのだよ。」

「-。」

「この始末書は、成長の証明として受け取っておくよ。」


 五十里と川治に見送られ、オフィスを後にすると、アイルが待っていて、ルナはアイルと家路に着いた。

 川治はその背中を見ながら、


「我々はオフィスに籠り現場にあれこれ言うだけだが、月詠君は現場唯一の男性となる。肩身の狭い思いをするかもしれないな。」


 と、五十里課長に言う。


「どうだろうね。合いの手アナウンスがすごく良かったって声が、今日の旅客から早速寄せられているよ。」


 五十里課長は笑いながら言う。


「持田と三奈美機関士の時は大騒動になりましたが、確かに、後の縁結び列車の運行開始にも繋がりましたからね。」

「一番凄いのは、月詠君は惚気話をしないで、一瞬、アイルちゃんに乗ったけどすぐにその乗りのまま、本来の職務に戻れた事だ。これなら、肩身の狭い思いもしないし、乗ってるお客様も、合いの手アナウンスに乗って楽しめるよ。」


 五十里課長は言いながら、今年最後の仕事を終え、缶コーヒーを飲んだ。

 勤務を終えたルナとアイルは、アイルの家へ帰る。


「ルナは、私と居たいですか?」


 唐突に、アイルが聞く。

 ルナは夜空を見上げる。


「そうですね。これまでがこれまでですから、なんとも―。ただ―。」

「ただ?」

「アイルさんが私にとってどんな存在になったかと言う問いには、答えられます。」

「なんて?」

「今日、一緒にアテンダントの仕事をして感じました。この世界で、アイルさんは私の灯台、或いは、夜の闇を照らす月明りのような存在だと。いや、アイルさんと一緒に居たいかと言う最初の問いの答えにはなっておりませんね。」


 ルナは首を横に振った。



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