第69話 本年最後の観光準急「大樹」
「さぁ、行くよ!」
アイルのルナへの掛け声と共に、観光準急「大樹6号」が発車する。
この列車は、ルナの世界におけるSL大樹6号にあたる列車で、先頭のC11-325号機が、年内最後の汽笛を鳴らし、鬼怒川温泉駅を後にした。
車掌のアナウンスの後、アイルが観光アナウンスを始める。
「この列車を担当いたしますアテンダントは、持田、石原、私、車内アナウンス担当の軽井沢に加えて、本年最後の観光準急「大樹」ですが―。本日、デビュー戦を迎える方もいらっしゃいます!それは、私の婚約者さんです!」
行きの72号と同様、ルナは2号車の後方からアイルの居る前方へ歩き、アイルのところまで歩くとそこでクルリと車内の方へ身体の向きを変え、
「軽井沢アイルさんと―。お付き合いさせていただいております、私、月詠ルナが、皆様を下今市までご案内いたします!皆様、よろしくお願いいたします!」
とお辞儀をすると、行きと同じく歓声と拍手が起こる。
アイルとルナの二人、合いの手を打つように観光アナウンスをする。
「新高徳駅では対向列車とのすれ違いのため停車いたします。進行方向、左側を特急列車が―。」
「違うでしょうルナ!?右でしょう?」
本当に右左を間違えたルナだが、それをアイルが笑いに変えてカバーする。
すれ違いとなる特急「スペーシアX9号」を見送りながら、ルナはSL大樹6号と錯覚し、後ろにDE10ディーゼル機関車が付いて来ているとアナウンスをしそうになり、急いでそれを止めた。
この列車にはDE10が居ないのだ。
(なら!)
ルナの世界ではDE10が付いて来ているのに、アイルの世界には居ない。
以前は、それにも怯えていたルナだったが、今は違う。
「えーっでは改めて、進行方向左側をご覧ください!新高徳駅の駅舎から駅員さんが手を振っております!」
「さぁ、ルナと一緒に私も手を振ってお答えします!皆様もルナと一緒に、「行ってきまぁす!」」
観光準急「大樹」も、ルナの世界のSL大樹と同じ。
乗っていて楽しい列車だった。
それが、ルナの中にあった「未知への恐怖」「知らない事への恐怖」「自らが死んだという事実と向き合う恐怖」を和らげて行く。
ルナは終始笑顔のまま、観光準急「大樹」は年内最後の運転を無事に終え、下今市駅に帰って来た。
2番線ホームに到着し、最後の車内点検を行う。
ルナは担当する2号車の座席の下まで覗き込むと、そこには封筒があった。
「業務連絡!2号車に落とし物!」
ルナはトランシーバーを用いて叫ぶように連絡する。
だが、その途中で(おやっ?)と思った。
それは、ルナに当てた手紙だったのだ。差出人は不明。
見ると封筒には封がされておらず、中身がむき出しになっていた。
それでもルナは、反射的に「落とし物!」と叫んでいた。
中身が札束や切符である可能性が、一瞬頭をよぎったからだ。
「何!?何の落とし物!?」
アイルが飛び込んで来た。
「それが―。」
ルナは首を傾げながら、アイルに封筒を見せる。
「妙な事に、私宛の手紙のようなのです。最初、札束入りの封筒か、切符入りの封筒等、物騒な物かと疑ったのですが―。」
その時、観光準急「大樹6号」と接続となる浅草方面行き特急列車が4番線にやって来た。特急けごん42号と特急会津142号。
この列車は、ルナの世界で「リバティー」の名前が付き、東武500系で運行されているが、アイルの世界では「リバティー」の名前は無く、旧世代の5700系電車で運行されている。
アイルの世界では、リバティーは5700系に化けているのだ。
「お父様!?」
封筒に書かれていたのは、アイルの父、エレナの字だったのだ。
アイルは客車から飛び降り、2番線ホームを必死になって誰かを探し始めた。
呆気にとられたルナは「なんだぁ?」と言いながら2番線に降り、「業務連絡!2号車、車内確認終了です!」と無線連絡しながら、車掌に「降車終了!」と合図を送る。
観光準急「大樹」の編成は下今市機関区へ引き上げていく。
それを横目に、アテンダントは詰所へ帰るのだが、アイルはルナの腕を掴み、半ば引きずるようにして4番線へ向かって駆け出した。
「アイルさん!まだ仕事中!」
「緊急事態なのよ!」
「何がですか!?一旦落ち着いて!危ねっ!」
勢いよく引っ張られたルナは体勢を崩し、跨線橋から4番線ホームへ降りる階段の、最後の一段で足を踏み外して転んだ。
「あっ!」
その時、浅草方面行き特急「けごん・会津」となったルナの世界の特急「リバティーけごん・会津」にあたる5700系の特急列車は4番線から発車してしまった。
「一体何なのですか?」
「お父様からよその手紙!」
「はぁっ?」
「乗ってたのよ!観光準急「大樹」に!」




