第68話 見送りと謝罪
女性アテンダントしかいない休憩室の雰囲気に付いて行けず、ルナは一足早く、「仕事してくる」と言って駅のホームへ逃げ出した。
横目に1番線ホームを見る。
ここ、鬼怒川温泉駅を15時21分に出る特急「スペーシアX8号」が停車している。本来の勤務内容ではないが、ルナは1番線ホームへ入り見送りをする。
1番線ホームの先端まで来た時、ちょうど発車メロディーが流れ始めた。
変わらず、「夢のワールドスクエア」の発車メロディーだが、いつもなら、1コーラスだけ鳴る発車メロディーが、今日は3コーラスも鳴った。やはり、今日が大晦日だからだろうか。
6号車のコックピットスイートには、家族連れの姿があり、ソファーを動かしたり、荷物を動かしたり、誰かが何か指図していたりと、何やら落ち着きが無く、ドタバタしている。
6号車のその他の個室も、家族連れやグループ旅行で満室だろう。
「ドアが閉まります」と、ルナのいた世界では当たり前だが、アイルの世界では異質な自動放送の音声が流れ、「パァーン!」と電子警笛を鳴らし、特急「スペーシアX8号」はホームを離れる。
ルナが手を振って見送るが、コックピットスイートの家族連れは発車のタイミングになっても、ドタバタしていて落ち着きがない。
ただのSL大樹の乗客として鬼怒川温泉駅にやって来た時も、ルナは賑わし程度に「スペーシアX」に手を振っていたが、ほとんどのコックピットスイートの旅客は応えてくれたのに、この家族連れと来たら、いつまでたってもドタバタしていて落ち着きがなく、ルナに応えてくれない。或いは、そんな余裕も無いと言うのが正解か。
(あれ、ドタバタしている間に、浅草駅に着いちまうぞ。まったく、バカだなぁ。せっかくいい場所取れたのだから、落ち着けよ。それで、まったく楽しめなかったって文句を言って東武のせいにするってオチだな。)
「スペーシアX8号」がホームから出て行って、本来の仕事場であるSL大樹もとい、「観光準急「大樹」」の客車が居る3番線に歩きながら、ルナは笑う。
しかし、先日はこの1番線ホームでアイルに対して激昂したのは自分だった。
(あぁ、俺も人の事言えねぇや。)
ルナはまた苦笑いを浮かべた。
「何ニヤニヤしてるのですか?」
目を上げると、そこにアイルが微笑んでいた。
「いや、その―。先日、プラレール運転会から帰る時、アイルさんに激怒してしまった時の事を思い出してしまいましてね。あの時は、その―。私も大人気なかったです。」
ルナは恥ずかしさと照れから、周囲をキョロキョロ見回してしまう。
(ここは素直に謝ろう。安全が脅かされると言う恐怖に起因する事であると言え、それは俺の問題であって、アイルさんは関係ない。だからこそ、謝るなら勢いでも理屈でもなく、自分の言葉で言わなければならない。ただ―。)
ルナはまだ、目を泳がせながら、いざ謝ろうとすると、何をどう謝れば良いかと思ってしまい言葉に詰まってしまった。
ところが、アイルはそれを見透かしたように、
「怒ってません。」
と言った。
「あの時の事は、私が謝る事です。私は、ルナの気持ちも分からず、色気で誤魔化してしまえば全て解決すると甘い考えでいました。しかし、ルナは―。私を受け入れようとしつつも、あの時の状態で受け入れる事は危険すぎると考えていたのでしょう。それを色気で誤魔化した私が―。」
アイルは泣きそうだった。
アイルの戦略かもしれない。
しかし、それでもルナは、
「アイルさん謝らないでください。」
と、アイルに言う。
待避線にいたC11-325号機が、短い汽笛を鳴らして入換信号機の指示に従いながら、客車へ連結するためホームへと動き出した。
「あの時は、安全が脅かされると言う恐怖に起因する事であると言え、それは私の問題であって、アイルさんは関係ないです。それなのに―。アテンダントさんや上役の方々、それから、「大樹」のお客様にまで迷惑をかけてしまう行動を取ってしまった。にも関わらず、ウララさんから里緒菜さん経由で事情を聴いて、アイルさんはあちらこちらに謝罪に回って―。謝るのは私の方です。申し訳ございません。」
ルナは深々と頭を下げた。
アイルはそれを見て狼狽する。
「こらっ!」
と、ルナとアイルは1発ずつ、叩かれた。
持田と石原がそこに居た。
「ケンカの仲直り?それは大切な事。でも、ここでは笑顔よ!」
石原はその言葉通り、笑顔で言った。
「ほら!二人とも笑って!」
アイルは照れ笑いを浮かべるが、ルナはやはり恥ずかしくなり、アイルの後ろに隠れてしまった。
「まったくもう。天岩戸を開くには、また少し時間がかかるかな?」
アイルは微笑みながら、そっとルナの頭を撫でる。
出会った頃は、その行為でさえルナは嫌がっていた。
しかし、今のルナはもう嫌がらない。
ルナから見たアイルの姿は、まさに太陽。
そしてルナは、アイルに照らされる月。
それはまるで、天照大神と月読命のようだった。




