第66話 職場体験実習
アイルに連れてこられた翌日から、ルナは東武日光観光開発・観光準急アテンダント。ルナの世界ではSL観光アテンダントに当たる職業の職場体験実習を受ける。
観光準急「大樹」と言うルナの世界のSL大樹に当たる列車に乗務するらしいが、序盤からいきなり乗務ではなく、1日目は座学だった。
ルナの制服も支給された。
ルナの制服は紺色のスーツに外套と制帽で、紺色の外套の腕と制帽には黄色い2本のラインが入っていた。
一方で、職務上では先輩になるアイルの制服は赤と朱を基調に腕には黄色いラインが2本入っている。尚、制帽は無い。
(JR直通特急253系のカラーリングみたいだ。)
ルナはアイルの制服を見て思った。
そして、制服姿の自分を見る。鏡の中の自分が、昨日までの自分より少し遠く感じた。
来年4月に東武日光観光開発に入社する新入社員はルナ一人であることもあって、ミスマッチを防ぐためにも今回の特別教習期間中に職場説明を改めて受け、勤務内容の確認や就労規則の確認、そして、制服の試着を兼ねた実務体験をすると言うのだが、そうした説明だけで1日目の教習が終わってしまった。
アイルの家に帰宅するとアイルは泊り勤務で留守だった。
代わりに、食卓カバーネットを被せた夕食が居間の炬燵の上に置いてあった。
「泊まり勤務の間は一人になってしまうけど、夕食はしっかり食べること。今夜は肉じゃが。レンジで温めてね。」
保温ジャーには御飯が炊いてあり、味噌汁も作ってあった。
冷蔵庫を見るとお新香もあった。
アイルは基本的に鬼怒川温泉の旅館勤務で、時折、観光準急「大樹」でアテンダントもしているらしく、ルナと結婚した後も家に居ない事もあるようだ。
大晦日から正月3日はルナと一緒に観光準急「大樹」に乗務することになっており、それまでルナはアイルの家に帰ってもルナ一人だ。
夕食を食べ終えて風呂に入り、居間の炬燵でテレビを見るが、元居た世界でもテレビなどロクに見なかったルナはNHKの30分ニュースを見た後は何もせずにいて、歯を磨いてもう寝てしまった。
炬燵布団に潜り込み、外の音を聞きながら目を瞑っているといつの間にか眠ってしまい、翌日は実際に乗務しての研修。しかし、アナウンスをする事は無く、検札や乗客の誘導を行っていた。
そして、12月30日の勤務が終わると、下今市駅でアイルが待っていた。
「前行った居酒屋で肉鍋会よ。」
と、アイル。どうやら、忘年会を兼ねたルナの歓迎会らしい。
ワイワイ言いながら、店に向かう一行の中に居ても、ルナは引っ込んでしまう。
確かに女性しかいない職場であるが、それ以前に、この世界では男が少なく、女の方がずっと強い。
ルナは、その輪の中に立つだけで、理由もなく一歩下がってしまう。。
いざ肉鍋会になっても、ルナは前に出たくとも肩身が狭い。
「本物潰す勢いだったプラレール運転会のルナは何処へ行ったぁ!」
酒を飲んだアイルが絡んで来る。
呑み会が終わると、アイルに引っ張られる格好でアイルの家に帰り、風呂に入るとそのまま寝てしまう。
ルナの布団は無いので、炬燵で寝ようとしたが「風邪引くよ!」と、キムラグモやトタテグモのように、アイルにアイルの布団へ引き摺り込まれてしまった。
(或いは、ベッコウバチに襲われる蜘蛛かもな。)
ルナは布団の中で小さく笑った。
翌日は大晦日。
観光準急「大樹」は、朝から晩まで3編成の客車を用いて運行されるが、使用される客車はルナの世界のSL大樹と同じ物。ただし、編成や機関車が少し違う。
そもそも、ルナの世界にはSL大樹用客車は営業運転用の2編成6両と、予備車1両とドリームカー1両、部品取り車2両しかいないのだが、この世界には少なくとも営業運転用客車が3編成いる事になる上、編成は3両編成~4両編成らしい。
「じゃっ。」
朝の点呼。ルナはアイルとツーマン勤務になっているが、アイルは観光案内放送用のマイクをルナに押し付ける。
「えっ?」
「今日のアナウンス担当はルナと私よ?」
「聞いてない。」
「うん。今、決めた。」
「-。」
ルナが黙り込むと、
「プラレール運転会で随分生意気言ってくれたらしいじゃん?生意気言うって事は出来るって事よね?」
と、石原に言われる。
生意気言った覚えは無い上、「本物よりうまい」とか言ったのは別の奴なのだが、無自覚の内に自分を過信したかもしれないと言う自覚はある。
「変な事したら、華厳の滝の滝つぼに沈めるからね。」
「その時は私も一緒に。」
石原とアイルが言っている。
ルナが勤務する列車は、下今市駅を出た後、東武日光駅に行き東武日光駅から再度下今市駅に折り返してスイッチバックで鬼怒川温泉駅に行き、そこから下今市駅に戻る運用。ルナの世界で言えばSL大樹ふたら71号~72号~SL大樹6号のいわゆるBダイヤの勤務らしい。
尚、この世界では日光へ行く列車は「観光準急「大樹・日光」」と言う。
「まぁ、いきなり全部やらせないよ。日光行きと日光から下今市に戻るまではアイルちゃん一人、月詠君の出番は下今市から鬼怒川温泉までの列車。ここではアイルちゃんと月詠君の二人三脚。鬼怒川から下今市に戻るのも二人三脚よ。」
同じ列車に勤務する持田が言うのでルナは少し安心した。




