第65話 下今市での説教
翌日、栃木駅から下今市まで列車で行く。
準急列車と言うが、やって来たのはDE10がSL大樹の客車を繋いだ列車だった。
(DE10と14系2両と展望12系1両と14系ドリームカー。聞いたことねぇぞこんな編成のDL大樹。しかも12系の展望車部分が編成の端だと?)
ルナは思いながら、その12系を見る。
展望デッキの一部分に電話ボックス並みの狭い簡易車掌室がある他、妻面に簡易テールライトが取り付けられていた。
(なるほど。列車によっては、車掌の乗る緩急車にもなれるって事か。どこかに、手ブレーキもあるのかな?)
ルナが納得している横で、
「以前は蒸気機関車も多数走っておりましたが、現在は観光急行列車と一部の貨物列車でしか使われていません。」
と、アイルが言う。
列車の車両ごとに料金が違うらしく、普通車の14系には運賃だけ。展望車とドリームカーには指定席料金250円が追加でかかるらしい。
二人はドリームカーに乗る。
(ドリームカーは、元は北海道の夜行列車で使用していた車で、座席は特急気動車のキハ183系グリーン車のリニューアルで余剰になった物をぶち込んで普通車指定席として使用していたため、夜行列車で現役時代には指定席料金でグリーン車に乗れるって有名だったと聞くが、その車両はあまり量産されていないはずだ。こんなボンボン走っているものか。)
ルナは首を傾げる。
そして、南栗橋車両管区新栃木派出所を通過するとそこには14系客車や12系客車と言ったSL大樹の客車に加え、DE10ディーゼル機関車も多数留置されていた。
「ルナの職場は私の職場と同じ、東武日光観光開発の管轄ですから、先日、私が上役に話を通したら、特別教習を行うということです。」
「聞いてないです!だったら、しっかりスーツを持ってきましたよ!」
また本気で怒った。
「上からの指示です。普段着の姿で、素の貴方を見るというのです。先日、私を泣かせた件は、かなり上役の方々を驚かせたようで―。観光準急列車の観光アテンダントを通じて、上役にまで話が行ってしまったようです。お母様やウララちゃんから、ルナが怒った理由を聞いて、私に過失があったと納得しました。故に、私の方も罪悪感が芽生えました。こんなことで、罪滅ぼしにはなりませんが―。」
アイルの話で、ルナは青ざめる。
あの一件は、とんでもないところまで話が行ってしまったというのだ。
故に、下今市駅に降りてアイルと一緒にアテンダント事務所に行った際は腹が痛くて堪らなかった。
「まず第一に!」
ルナに厳しい声をかけるSL観光アテンダントの石原。
「アイルちゃんが確かに悪い。でもね、駅のホームって言う公共の場で怒鳴る神経が分からないわ!そんなことして、アテンダントなんてなれるわけ無いよ!正直、君を見損ないそうになったわ!だから、正月休みの特別教習で、徹底的に仕込むから覚悟なさい!」
普段のアテンダントの姿を知っているだけに、この厳しい姿にはショックを受ける。
「では!」
バン!っと原稿用紙を机に叩き付けるのは小前田というアテンダント。
「まずは、駅のホームで怒鳴った事について、反省文を書きなさい!」
厳しくしく叱責される。
ショック療法と言う物なのだろうが、これは最早リンチだ。
1日目は説教で終わりそうだ。
「もう怖気づいたの?」
小前田に言われる。
「いえ。私も―。あの後、「SL観光アテンダントさんを始め、SL大樹や東武の方々に迷惑をかけてしまった」と、落ち込んでました。」
「はいそれ!私達の迷惑なんてどうでもいいのよ!私達はどういう存在!?」
「-。SL大樹―。いや、えっと、観光準急「大樹」に乗りに来てくださったお客様に、笑顔になって貰うため、誠心誠意尽くす存在であると考えます。」
「そう!そうだよ!ねぇ、あの現場見た?私達だけじゃないでしょうあの現場に居たの?観光準急に乗られるお客様だっていたのよ?お客様の居る前で、あんなことして、確かに、アイルちゃんも悪いよ?でも、場を弁えないあの月詠君は、アテンダント失格よ。」
何がどうなっているのか不明だが、どうやらこの世界で、ルナは元居た世界のSL観光アテンダントに当たる職業に就くことになっているらしい。
「それで、あの後、スペーシアXに乗ったね。それも6号車。どうだった?」
(スペーシアXはあるのかよこの世界に!)
ルナは思いながら、
「せっかくの上級クラスの列車や座席に座れても、そこに至るまでの気分やそこでの体験によっては、それらの設備が台無しになってしまいました。」
と言う。
「そうだよね。君の行動一つで、お客様の気分を害することになるのよ?それが観光地のおもてなしであるのよ。分かる?」
言いたい事は分かった。
それよりも、今この状況が分からない。
「それで、こっちは市役所に出す報告書。」
「えっ―。」
「当たり前でしょう!?所属は市役所なんだし、アイルちゃんが説明したとはいえ、上役の方まで話行ったんだから、始末付けるのは当然でしょう!お尻くらい自分で拭きなさい!女の子にそんなことさせて、恥ずかしくないの!?」
(いい加減にしろよ。テメェら全員、パワハラとモラハラで訴えるぞ。)
ルナがそう思ったのを、アイルは見破った。
「小前田さん。あの、私が根本的に悪い事なのですから。上役の方もそこまでは―。」
アイルはまた、今にも泣きそうだった。
それが、ルナの逆ギレを防ぐ防波堤になり、ルナは「そうですね。貰い事故とは言え、事故報告書は提出しなければなりませんね。」と言いながら、報告書の作成を始めた。
結局、説教と報告書の作成で1日が終わった。
(あーあっ)と、ルナは下今市機関区横の広場のベンチに座り、自動販売機で買ったホットのミルクセーキを飲みながら、機関区に帰って来るB1型蒸気機関車を眺める。吐き出す煙の向こうに、月が見えた。
「あそこまで言われるという事は、それだけルナに期待しているという事よ。」
隣でアイルが言う。
「自分の行動は、アテンダントさんに嫌な思いをさせてしまったのでしょうか?私は、遊びで乗る時は、2号車で窓を開ける事が多く、その理由として、風と汽車の音と香りを楽しみたいと―。他の旅客に迷惑かけないよう、最後尾の席に座り、そこで窓を開けるように配慮をしていたのですが―。それも迷惑だったのでしょうか?」
「私はどちらとも言えない。窓が開くのが嫌なら、窓の開かない客車に乗れと言いたい。料金変わらないのだから。まぁ、感じ方は人それぞれよ。」
ゴゴゴっと、エンジンを唸らせながら、機関区からDE10ディーゼル機関車が出て来る横を、スペーシアXが浅草へ向け発車して行った。




