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第64話 巴波川の畔

 夕食の支度が始まろうとした頃、再びルナのスマホが鳴った。

 表示された名前は糸川教授。

 今日は別部門の研究で外に出ているはずだったが。


「宇宙天気予報からの情報だ。太陽フレアが発生した。」

「そうですか。」

「規模はかなりデカいぞ。北関東でも低緯度オーロラが観測されるだろう。」


 そのような連絡を受けたところで、この世界では意味も無いだろう。

 そもそも天候は曇りでオーロラ観測も何もあったものではない。


 それでもルナは通話を切った後、エレナに連絡を入れた。

 エレナを介して霧積博士にも伝わったのだが、「えっ?そのような記録は出て無いよ?兆しはあるけど。」と霧積博士は首を傾げながら答えただけだ。


 糸川教授は元居た世界に居るのだろう。

 つまり、ルナが元居た世界にはまだ、ルナは存在しているという事だ。

 しかし、エレナの仮説が正しければ、元居た世界にあるルナの存在はまもなく消えるだろう。

 そして、消えた後、ルナはアイルの世界へ完全に転移することになる。


(で、あるなら、奨学金制度の改悪と、その後とんとん拍子で日光鬼怒川地区への就職が決まったのも納得できる。元居た世界で進学しようにも、俺の存在が無ければ進学もあった物でないからな。)


 ルナはふと笑った。

 夕食は寿司の出前を取ると言う。


(どうせなら、栃木市の名物を食べたい)と思ったルナだが、御邪魔している手前、それは口に出さない。最も、半ば誘拐されたようなものだが。


「エレナは今頃、そらの手料理か、筑波うどんでも食べている事でしょう。」


 夕食の席で里緒菜は微笑む。

 里緒菜はエレナが霧積博士のところへ行く事に不快感は持っていないようだ。

 恐らく、エレナが精子提供して生まれた霧積博士の娘の事もあるのだろう。


「食事時に生々しい話は―」


 ルナが軽く肩をすくめる。


「あぁ、私も別に構いませんよ。度が過ぎなければ。ただし、既婚者の場合、配偶者の同意を得る必要がありますし、無作為に襲う事は強姦罪ですからね。」


 ルナが言うのにアイルが釘を刺すように言った。


「まぁ、私が良いと言う相手は、麗さんと、霧積博士と、その娘のネルラだけですから。」

「えっ?」


 麗が驚いた。

 ルナは茶碗蒸しにかぶり付いた。


「いいの?アイル。」

「えぇ構いません。麗さんならば。」


 ルナは(バカか)と一蹴する。

 麗は顔を赤らめたが、場の空気はそれ以上膨らまなかった。


 夕食後、ルナはせめてもの礼として風呂を掃除し、湯を張った。

 洗い場は1つに対し、浴槽は2~3人は入れるくらいの大きさの風呂で、窓の外には巴波川が見えた。


「ルナがお風呂を洗って沸かしたのだから、一番風呂はルナね。」


 アイルに言われ、ルナは自分で掃除して自分で沸かした風呂の一番風呂に入る。

 風呂に入りながらルナは窓を開けて、巴波川の流れを見ていた。夜空は曇ってしまい星も見えないが、ランタンに照らされた巴波川が幻想的に見えた。

 時折、石畳のようなタイルで舗装された道を車が走っているのも見える。


「失礼します。」


 と、風呂に誰かが入って来る。


「ご一緒しても良いでしょうか?」


 麗だった。(どうせ乱入してくるバカがいるだろう)と思っていたのだが、それがアイルだと思っていたルナは呆気にとられる。


 物静かに身体を洗って、麗も湯船に入る。


「アイル様が惚れたのも分かります。」


 そう言う麗の表情は、アイルとは違う。

 どこか寂しげで、感情の起伏が薄い

 アイルが太陽ならば、麗は月と言うべきか。


 そう考えると、ルナの相手は麗の方が良いようにも思えるが。


「今回はお試しですが、アイル様とのお子さんが生まれたならば、その後、お願いしますね。」


 と、微笑みを浮かべながら言う麗は、やはりアイルのそれとは違って、微笑みこそあったが、獲物を捕らえる捕食者のような姿ではなかった。



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