第63話 電話会談
町を見て歩いて、アイルの実家に戻ると「何か手伝う事はありますか?」と、里緒菜に聞くが「アイルと一緒に居なさい。」と言われ、ルナはアイルの部屋へ押し込まれる形になってしまった。
アイルもアイルで、自分の父が居ないため、実家にルナを連れて来た意味が無くなってしまい、手持ち無沙汰と言った具合だった。
かといって、父の部屋へ勝手に立ち入るのはお互い気が引ける。
「私はお父様のお部屋には、近寄れないです。」
「お父様は天文学者でしたね。研究資料とか引っ掻き回されるのを予防するための措置でしょうか?」
「いいえ。別に資料の閲覧に関しては何とも言っていません。しかし、気味が悪いのです。それは、お母様も同じですが―」
アイルは眼を泳がせた。
ルナのスマホに着信。
見知らぬ番号だった。
しかし、市外局番は茨城の物だった。
なので、一瞬、JAXA筑波宇宙センターからか、或いは国土地理院からかとバカげたことを考えた。そんなところからルナに電話を掛けて来ることは有り得ないのに。
だが、相手はアイルがルナを実家に呼びつけようと考えた人物だった。
「これで二回目かな?」
相手が言う。
「お父様!?」
アイルが驚いた。
「すまぬなアイル。里緒菜さんに伝えてくれないか?霧積博士が太陽望遠鏡で太陽面に黒点が増加した事、それから、太陽フレアの発生予報を出したと。それで私を筑波に召喚したのだよ。それで、ファックスでそのデータを送ると。」
「ええ。今すぐに伝えます!」
「流石、私の娘だよ。」
アイルがドタバタと里緒菜の元へ向かう。
「ルナ。ところで君のスマホはビデオ通話が可能かね?」
「ええ。」
「では、ビデオ通話にしよう。互いの顔が見えなければ、安心して話も出来ないからな。」
ビデオ通話に切り替える。画面に映ったアイルの父は、やはり年齢不相応な程に幼い。20代前半と言った顔立ちだ。どこか子供のような幼さを持ち、男性ながらも可愛いと言われそうな容姿だ。
「どうも恥ずかしくて、お父様って呼ばれるのはいささか気が引ける。私の事はエレナでいい。」
アイルの父はエレナと名乗った。
「さて、アイルが今日、栃木に君を呼びつけた件だが―。私とふたご座流星群の観測のためだったのだが、肝心の私が急用で筑波山観測所に行ってしまった挙句、栃木市の天候が安定せず、観測不能では―。天候については、大平山天文台より標高の高い筑波山観測所の山頂天文台を用いても厳しいだろう。」
「あの、エレナさんは今、おいくつですか?」
「あっ?あぁ、私は38になる。18の時にアイルが生まれたのでね。ちなみに里緒菜さんは42で、霧積博士も里緒菜さんと同い年だ。君の聞きたい事は、多くの人が年齢不相応な程に若く、或いは幼く見えるという事であろう?」
その通りだと、ルナは頷いた。
「アニメのキャラクターを見て見たまえ。基本的に12~24話で終わるアニメだが、その12~24話の間で1年近く時間が経過している物もあるし、2期、3期と作られると、また時間が年単位で進む。それに合わせて、アニメのキャラクターも年を喰うはずだが、容姿に変化が無いだろう?学園物であれば、学年こそ上がっているが、成長期であるにも関わらず、身長体重は最初の設定のまま変わっていないではないか?太ったとか言う描写があっても、それは言及だけで容姿に変化も無いし、悲鳴が上がるだけで具体的な数値化もされない。それと同じく、この世界ではある程度のところで容姿の変化が収まり、後はそのままさ。まぁ、一番良い姿になった後は劣化していくが、その劣化が無いと言うべきかな。」
アニメはあまり見ないが、確かにその世界のキャラクターは、アニメの世界で幾ら時間が流れていても、容姿が変わらない物が殆どだ。
そして、それはテレビドラマでもそうだ。
役者は年齢を重ねるが、登場人物を演じる時、最初の第1話と最新の話の間に2~5年の時間があったとしても、容姿は第1話の時と変わっていない事が殆どである。
「この世界を次元的にどうとらえている?」
「私たちの住む世界は、縦、横、立体、そして時間の四次元世界であると考えております。」
「そうだ。しかしだ、その時間軸が曖昧になればどうだ?時間軸が曖昧な世界。時間は流れているが、人の容姿は変わらない世界。時間軸が人物には効かない世界。それが、アニメやテレビドラマの世界であり、言うならば、この世界であると考えられる。」
「では―。」
「君が死に、この世界へ転移するのに時間がかかっているのも、この世界の時間軸が曖昧だからこそだろう。或いは、パソコンのデータ移行のようなものなのか―。そして、太陽フレアを目撃した時、アイルと出会い、オーロラ爆発を観測した時にアイルに抱かれた時、この世界に転移していたにも関わらず、アイルの世界を認識したのは9月11日。1ヵ月以上後の事になった原因であろう。そして、君の世界とこの世界の間の時間軸のずれだが、君の世界は太陽暦になのに対して、こちらの世界は暦こそ太陽暦ではあるものの、時間の流れに太陰暦程のズレが生じているのではないかと思うのだよ。」
「根拠は?」
「単純な計算なのだが、君が7月20日に太陽フレアを目撃してこの世界に転移した。その後9月11日にこの世界を認識したが、その間は約50日。正確に言うと53日だが、太陽暦である9月11日は、太陰暦の7月20日に当たる。」
「あっ―。」
「太陽暦と太陰暦の差はおよそ50日であり、ピタリと合致する。」
ルナは長考した。
ルナが転移した世界の時間軸の事は分かった。
しかし、ルナが死んだという実感が無い。
仮に9月11日に乗っていた「スペーシアX」の車内で死んだにも関わらず、世界の間を行き来しているのはどういうことなのか?
そもそも、その列車は踏切事故による脱線事故に遭遇したため、東武日光駅に着けていない。
では、ルナは「スペーシアX」の車内であれ、太陽フレアを目撃した時であれ、死んだとするならば、それはこの世界に飲み込まれる事であろう。その時、ルナはどうなるのか?
「この世界に飲み込まれた時、どうなるか考えているのかね?」
エレナが言うのに頷いた。
「簡単な事さ。計算式なんか必要ない。この世界で生きることになるだけさ。そして、元居た世界は消える。ハードディスクを叩き壊したら何も残らないだろう?人間の脳を「部品が壊れて機能を止めるコンピューター」と考えると、壊れたコンピューターにとって天国も死後の世界も無いからな。君は死んだが、死んではおらず、この世界へ転移した。つまり、君は元の世界では死んだが、その時、既にこの世界へ飲み込まれ始めていたために、君の死を認識できぬまま、この世界へ転移してしまったのだよ。だから、アイルであれ里緒菜さんであれ、現実を受け入れろと言っただろう。考えたところで無駄さ。どのタイミングであろうとも、元の世界では既に君は死んだという事実は変わらないからね。」
その時、アイルが部屋に戻って来るのが気配で分かり、エレナの方も誰かが来るのが分かった。
「もう少し話していたいが、この先はまたにしよう。では、次に会うのはアイルと君の結婚式だろう。私は出席する事は無いだろうが、君はその時、私と会うだろうから、君と会えることを楽しみにしているよ。」
「待ってください。結婚式の日って―。」
だが、その時、もうエレナは電話を切ってしまっていた。
戻って来たアイルに、「結婚式の日はいつなのですか?」と聞く。
アイルは微笑みを返すだけだった。
「言ったら、ルナは逃げちゃうよ。」
アイルは微笑みつつもやはり、その笑みを浮かべる唇と目は、ナイフのように鋭い物だった。




