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第61話 アイルの実家

 蔵の町と呼ばれる栃木は、町の中心を流れる巴波川の舟運によって栄えてきた。

 川沿いには、かつての繁栄を誇るように大きな蔵が並び立っている。


 その中でもひときわ存在感のある庄屋。

 そこが、アイルの実家だった。


「正確に言うと、二世帯住宅の片方。軽井沢家と白百合家の共同経営なんだけどね。最近は、どちらの家も経営権にはあまり関心がなくて。放っておいても回る、というのは楽なものです。」


 それが「楽」なのかどうかは、聞く側が決めることではない。

 ルナは黙って、アイルの半歩後ろを歩いた。

 アイルは苦笑いを浮かべながら、幸来橋を渡って北側の入口から入る。

 その背中は、この場所が自分の庭であることを疑っていない。

 アイルに続いて庄屋に入る。

 庄屋に足を踏み入れた途端、空気が変わる。

 視線は感じないのに、逃げ場がない。そんな感覚だった。

 奥から鉾根が出て来るのが見えた。


「まったく。エレナと来たらいざという時、どこかへ行ってしまうのだから。」


 鉾根に続いて出て来た里緒菜は、溜め息交じりに言いながら、アイルとルナを迎える。


「エレナの苦手な事って―。」

「コチョコチョ攻撃には耐性無し。ただし、望遠鏡を覗いている時にやったら、こっちが殴り倒されて、川に沈められてしまうわ。最も、私の方が力強いから、やれるものならやってみろってのよ。」


 鉾根も、それを止めない。

 むしろ、当然のこととして受け止めている。


(この家、力関係が分かりやすすぎる。)


 女性の方が強い。

 その事実を理解した瞬間、ルナの中で「抵抗」という選択肢は静かに消えた。

 だが、だからと言って、このままヒメオニグモやジョロウグモの蜘蛛の巣にかかった蜂のようにグルグル巻きにされて身体の中から溶かされて食いつくされる気はない。


 廊下を歩きながら、アイルの部屋に通されそこでルナは一旦荷物を置かせてもらう。

 どこへ行くのか、或いは来たついでに栃木の町をウロウロしてみようとも考えて、着替えの入っているスーツケースを置き、その代わりデジタル一眼レフと貴重品を入れたカメラバックだけ持ち、居間に行く。


(動ける範囲は、まだ分からない)


 思いながら居間へ戻ると、里緒菜が待っていた。


「そんなに警戒しないで。取って食ったりしませんから。」


 里緒菜に言われるがその後ろから「どうですかねぇ」と先日の麗が言う。


「あぁ麗さん。先日はどうも。」


 ルナが挨拶すると、


「あら?」


 それを見逃さないアイルがすぐに反応し、アイルが頬を膨らませる。


「麗さんには、ずいぶん早く心を開くんですね。私は、焼き餅を焼いてしまいますわ。」


 ショートカットの髪型に童顔が頬を膨らませる仕草は可愛らしいのだが、やはり微笑みは何処か怖い印象を持ってしまう。


「今日は、婚礼の件もありますが。」


 アイルは一歩前に出る。


「それとは別に、私の実家を見ていただきたかったんです」


 自然な流れで、ここにいる理由を確定させる。


 後半の部分でアイルは困った顔になる。どうやら、アイルが栃木市の実家にルナを連れて来た一番の目的というのは、アイルの父にあるらしいが、肝心のアイルの父がいきなり筑波山観測所というところへ行ってしまい、戻りが明後日になるというので、アイルは困ってしまったらしい。


「まぁ、今夜は大平山天文台での観測は難しそうです。夕方から夜半に掛けて曇り時々雨という予報ですし―。」


 里緒菜の溜め息交じりのセリフから、どうやら天文台で観測助手でもしてもらうつもりだったようだ。そういえば今日はふたご座流星群の極大期だった。


「では―。自分は少々、この町を散策させてもらっても良いでしょうか?」


 ルナが言うと里緒菜は、


「ええ。でしたら、アイルと一緒に、行ってらっしゃい。」


 と微笑み、


「はい。私がご案内しますね」


 アイルは、当然のようにルナの隣に立つ。


(なるほど。見張り役ってことか。)


ルナは思いながら、アイルと散策に出かけた。


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