第60話 栃木路
定刻通り、特急「スペーシアX5号」は浅草駅を出発した。
東京スカイツリーを見上げ、ルナは今日の天候観測を行う。しかし最近では、天候そのものよりも、スカイツリーの見え方の変化を観測するようになっていた。
なにしろ、東京スカイツリーの上部が傘雲のようなものに覆われ、見えにくくなり、ついには展望台部分までもがぼやけて見えるようになっているのだ。
東京スカイツリーだけではない。大手町タワーJXビルや東京タワー、虎ノ門ヒルズ、六本木ヒルズといった高層ビルやタワーでも同じ現象が起き、ブルートレインが現れ始めてからは、建物自体が見えなくなってしまった。
それでも、アイルの住む町と東京都内を結ぶ東武線の車両は、ルナの住む現実世界の車両だったり、昔の車両だったりと、二種類の世界の車両が混在している。
「さぁて。」
と、アイルはニヤリと笑う。
「車内で下品な真似したらぶん殴りますよ。」
ルナが吐き捨てる。
「ルナも私もお世話になってる東武鉄道で、そのような事はしませんよ。1号車のカフェで何か買って来ようかと思いまして。何かありましたら、一緒に買ってきます。」
「-。で、あるなら、ジェラートを。本日のジェラートで。」
「分かりました。私も同じものにします。」
アイルは言いながら、個室を出ていき、数分して1号車から戻って来た。
「お待たせしました。本日のジェラートの、ミルクジェラートでございます。」
さすが、鬼怒川温泉の旅館に努めているアイルだ。
ルナは旅館でアイルに接客されているような気分になった。
列車は春日部を出た。春日部を出ると次は栃木だ。
JRの上野駅からの東北本線の線路を越える。東北本線の普通列車が見えたが車両はいわゆる「かぼちゃ電車(湘南電車)」こと115系だった。
「今日は実家で一泊して、明日以降は今市で。あぁ、初詣は輪王寺か二荒山神社か東照宮か、どこに行きましょう?」
そんなことをアイルが言った直後、またもルナのスマホに着信が入る。例によって、里緒菜からアイル宛の電話だ。
「里緒菜さん。アイルさんも携帯を持っているのですから、私のではなく、アイルさんの方にかけてください」
ルナは不満をぶつける。
「アイルとルナが一緒に居るかの確認の意味もありますのよ。先日、アイルに怒鳴り倒したのですから。」
「あれは、自分の不安を色気で誤魔化す皆さんの態度が頭に来たのです。」
「そうやって自分の非を認めないのですか?」
「ですから―。自分は不安と分からない事を何とかしたいのです。」
「アイルと変わってください。」
「また誤魔化すのですか?いい加減にしてください。」
不意にアイルがルナの横に回る。
「お母様。お父様と何かありましたか?」
「あぁ、エレナは霧積博士の居る筑波山観測所に行ってしまいました。」
「-。またですか。」
「えぇ。ルナに会いたいと言いながら、会おうとしないのは―。」
「何と言って出て行ったのですか?」
「ルナの観測したオーロラの件だそうです。それから、筑波山のガマの油の取引先との件で、戻りは明後日だそうです。まぁ、ちゃんと仕事するか、或いはそらの娘の件ならいいですけど仕事しないで、そらと遊んでいるだけなら、エレナの顔を私の胸合間に挟み込んで潰しますわ。」
列車は利根川を渡った。
もうまもなく、栃木だ。
アイルは1号車へジェラートを買いに行った際、それと別に、酒と肴も買っていた。これは酒好きな里緒菜への土産だそうだ。
「スペーシアXのカフェは、酒物が多くて、18の自分は手が出ないです。酒飲めませんし。」
「あぁ―。私は20になりましたから、お酒は飲めますし好きです。お酒が好きなのはお母様譲りですね。もっとも、お母様は時折かなりの甘え癖を出してお父様に絡み、お父様が手を焼くことも多々ありましたが。」
アイルは微笑む。その手に持っているのは、「日光路」の100ml瓶が2本と酒粕と米粉のクラッカービスケットが3袋。
「日光路」は明治13年創業の片山酒造が、当時から変わらぬ「佐瀬式」による酒造りで造った純米吟醸酒。酒粕と米粉のクラッカービスケットは片山酒造の酒粕と栃木県産の米粉を練り込んだおつまみ。
(こいつら、呑む気だよ。)
ルナが思っていると、スペーシアX5号は栃木に着いた。




