第51話 東武ワールドスクウェア
鉄道のダイヤグラム、そして、プラレールの線路というものは、ルナにとって数学パズルだ。鉄道のダイヤを組む上でも、平均速度35キロの普通列車に後から来る平均速度60キロの特急列車がどの駅で追い付かれるか、平均速度50キロの貨物列車がA貨物駅からB貨物駅までの区間を走り切るのにどれくらいの所要時間を要し、その間に平均速度35キロの普通列車と何度遭遇し、平均速度60キロの特急列車のダイヤに支障を来さぬようにするにはどのように走らせれば良いかを計算しなければ、列車はまともに走ることは出来ない。
そして、プラレールや鉄道模型の線路も一見適当に組めばジオラマを組めるように見えるが、実際には直線レールの長さやカーブの半径をしっかりと計算しなければジオラマを組むことは出来ない。
それは、ここ東武ワールドスクウェアの中にあるジオラマでも同じだろう。
ルナにとっては、念願の東武ワールドスクウェアだ。
園内を歩きながら、コンペンションハウスへ向かうのだが、精密に作られた世界102の建造物の模型に目を奪われてしまう。
製作年数5年、総工費170億円かけて作られた模型類。
しかし、現代日本ゾーンに東京スカイツリーと東京ソラマチが無く、ルナは首を傾げた。東京スカイツリーの模型はSL大樹からも見える程大きな物なのだが。
また、東京駅の模型から発車する中央線の列車もルナの記憶ではオレンジ色の201系だったのだが、目の前で走っているのは、一世代前の101系で、新幹線車両も0系だった。
そして、新東京国際空港(成田空港)のあるはずのところには、羽田空港が再現されていた。だが、その羽田空港には主にJALが使用する第1ターミナルとANAが使用する第2ターミナル、国際線が発着する第3ターミナルも無く、あるのはルナの知らない羽田空港のターミナルビルでターミナルビルには東京国際空港と書かれており、ルナの記憶では駐機場にはいわゆるジャンボジェットと呼ばれるB747が居るはずなのに、ここに居るのはB727やYS11といった何世代も前の飛行機だった。一応、少数派でB747も居たが。
要するに、今、目の前に広がる東武ワールドスクウェアは、アイルの世界の物であり、再現されている建物の殆どは昔の姿なのだ。
しかし、アジアゾーンには台湾の台北101があり、ルナは余計に首を傾げた。
カンボジアのアンコールワットやヨーロッパゾーンのイギリスのドーバー城等にアイルは目を奪われている横で、ルナはプラレール運転会のメンバーを探す。あまり一人で見とれていては悪いという思いもあったし、見過ぎて時間を忘れて遅刻で済まず、無断欠席なんてことをしたら後で殴り倒されるだろう。
だが、ルナはそれでも、アメリカゾーンにある模型の一つはしっかりと見る。
ニューヨークの世界貿易センタービル。通称「ワールドトレードセンター」だ。
2001年9月11日。
アメリカ同時多発テロで、ハイジャックされた旅客機が突入した上、崩壊した超高層ビルだ。
ルナはまだ生まれていない。
ルナにとって9月11日と言えば、隣に居る紅い着物の女の子と出会い、奇妙な出来事が始まった日だ。
(アメリカ同時多発テロの日なんかに旅するなんて事をしたから、こうなったのだろうか?)
ルナは溜め息を吐いた。
アメリカ同時多発テロの記憶は徐々に世界から忘れ去られて行くように感じられ、近年では9月11日のNHKニュースで1分程度触れられて終わりという扱いになっている有様だ。
世界は変わりゆく。
重大事件だって毎日のように起きる。
だが、大勢の人々が無差別に殺されるようなテロ事件が起きた時、その背景にあった物とは何なのか、或いはテロや戦争を起こさせないようにするにはどうすればよいのか、そうした事を考える日という意味でも、アメリカ同時多発テロの日と言う物を後世に伝えていくべきでは無いだろうか。
ルナにとって、衝撃を受けた世界のニュースというのは、2022年に勃発したロシア・ウクライナ紛争だ。
突如、ロシアがウクライナへの侵攻を始めたと思えば、あっという間にウクライナ中が戦火に飲み込まれてしまい、挙句の果てには核ミサイルの使用をも示唆するロシアの在り方に、世界は衝撃を受けた。
だが、それでさえも最近では世間から忘れ去られそうになっている。
そして今、中国は台湾有事に際して中国に不利な発言をした国を暴力で黙らせようとし、台湾近辺で軍事演習をする等、今にも台湾へ侵攻しそうな状態である。
アイルはニューヨークの摩天楼に目を奪われ、巨大なワールドトレードセンタービルを見上げて歓声を上げている。しかし、ルナには、ワールドトレードセンタービルの模型は、世界平和にとは何かと問いかけるように見えるのだった。
東武ワールドスクウェアにある世界102の建造物の模型には、訪れた人々が世界旅行をした気分になり、実際にその場所に行ってみたいという気持ちにさせる物でもあるが、同時に、自然災害やテロ、戦災で無くなってしまった物には、世界の現実を伝えるという意味もあるだろう。
(アイルさんのような方と世界旅行が出来るなら、どれだけ幸せな事か。しかし、自分に気に入らない事があればいきなり暴力や軍事力で殴り込んで、黙らせるよぅな国がある限り、世界旅行なんて夢のまた夢だ。そんな国、行きたくねえ。話せばわかるなんて、所詮嘘だ。そして、反戦デモやってる連中も、日本の自衛隊に対してではなく、実際にそう言う事やってる国に対してやれよ。日本の自衛隊はいつそんなことをしたんだ?)
ルナは、ワールドトレードセンターを見上げながら溜め息交じりに思う。
だが、ルナのように考える者は、ルナの周りには居なかった。




