第46話 ルナの論文
霧積そら博士は筑波山観測所に戻る常磐線の特急列車の車内で、ルナのオーロラ爆発の観測記録に目を通す。
(ふーむ。太陽フレア及びオーロラ爆発の観測記録は、9月11日の物と一致している。でも、日付が違う。2025年7月20日に太陽フレア。7月23日にオーロラ爆発。)
土浦駅から、筑波鉄道の気動車に乗り換える。
キハ461系気動車に揺られて筑波駅で降り、自分の住まいに帰ると、早速、電話を掛ける。
相手は里緒菜の旦那だ。
「やあエレナ。例の彼のレポートを先に見てしまった。」
霧積博士は切り出す。
「妙な事ね。私とエレナ、それから里緒菜が観測したデータと一致するのに、日付が違うのよ。」
「その日付ですが、何月何日のものか、自分の予想を言っていいでしょうか?」
里緒菜の旦那が言う。
「まだ見て無いのに?」
「里緒菜さんとアイルはまだ、浅草からの特急列車の車中です。」
「私もまだ、オーロラ爆発の観測記録の映像は見ていませんが、エレナはレポートすら見ていない。それなのに、観測した日付がいつか分かるの?」
小馬鹿にしたように言う。
「太陽フレアは2025年7月20日。オーロラ爆発の観測記録は7月23日。」
里緒菜の旦那の答えに、霧積博士は驚愕した。その通りなのだ。
「驚いたわ―。」
「霧積博士。ルナと今日はどちらへ?」
「上野の国立科学博物館へ。でも、筑波山観測所をJAXA筑波宇宙センターと呼称していた。それから、学芸員さんに「月の石は無いのか?」なんて聞いていた。」
「そうでしょうね。」
里緒菜の旦那は鼻を鳴らして言った。
霧積博士の電話が切れた。
栃木市の庄屋の仕事に戻り、17時を回った。そして、17時30分頃に庄屋の看板娘である鉾根と麗姉妹と、店仕舞いをしていたら里緒菜とアイルが帰って来た。
「お父様。頼まれましたルナが観測した太陽フレアとオーロラ爆発のレポートです。それからこちらは―。」
アイルが別の封筒を渡す。中身は論文らしい。
見ると、しっかりと封印シールまで貼られている。
「ルナはお父様以外に見せないで欲しいと―。」
アイルは物欲しそうに言う。
「分かった。」
「エレナ。貴方が何を考えているか分かりますわ。」
里緒菜が口を挟む。
庄屋の看板姉妹も交えて夕食の後、アイルを駅まで送り、里緒菜の旦那は一人、自室でルナの観測記録よりも先に、ルナが書いた別の論文に目を通した。
太陽フレアやオーロラ爆発の観測記録を寄越せと言ったのは建前だ。
もし、里緒菜の旦那が考えている状況にルナが陥っているのならば、ルナは自分に何らかの形で状況を伝えて来ると思ったのだ。
そして、その通りの行動をルナが取った。
ルナの論文に書いてあることも、里緒菜の旦那が考えている事に一致する。
「やはり。太陽フレアを観測した時、既にルナの存在はこちらの世界へ転送され始めたのだ。7月23日のオーロラ爆発。空から降りて来たオーロラに包み込まれたというのは、アイルが大平山天文台で抱いたという行為に当たるものではないかと考えたというのか。そして、最大の謎。2025年9月11日に乗っていたスペーシアX5号が脱線したのに、なぜ自分は何も知らずに東武日光でアイルと会ったかだが―。」
里緒菜の旦那の出した結論。
それは、ルナの世界で糸川教授が出した結論とほとんど同じだ。
「ルナ。君は9月11日に死んだのだ。死んだタイミングで、ルナはこちらの世界へと転移し、認識できるようになったのだよ。そして、ルナの存在は徐々にこちらの世界へ転送され、やがて、ルナはこちらの世界の存在となり、元居た世界からは存在すら消えてしまうだろう。」
里緒菜の旦那はそれを、ルナに伝えるべく、電話に向かう。
だが、それを伝えたらルナはどう思うだろうか?
そんな事を考えているうちに、伝えるのを躊躇ってしまった。
そして、既に夜遅く、こんな時間に電話をするのも迷惑だという理由を無理矢理くっつけて、後日伝える事にしてしまった。




